第9話 後日談
ルシウスらによる『スピーダー』の完全拿捕のニュースは、イシュトゥリア帝国を大きく騒がせた。
ここ最近、若者の違法薬物使用による犯罪率の上昇、反社会勢力の拡大が懸念されていた。
だが今回、麻薬という一番金になる物を失ったことにより、各組織での勢力衰退が予想される。
唯一の懸念点であった、麻薬作成に必要とされた違法性のない植物の確保と規制であったが、作成レシピをカレン中尉が押さえることにより、特殊状況下でのみの閲覧が可能となり、その必要性はなくなった。
他にも、今回の一件により様々な分野において元々発生していた問題が解決の兆しを見せることとなった。
だが、何よりも帝国民の目を引いたのは、別の内容でもあった。
それは、新聞の大見出しにこう書かれていた。
『若き天才戦士、悪しきを滅す』
「……大げさな」
喫茶店『魔女のカンテラ』の端の席にて、俺はお気に入りの『コーンたっぷりピザトースト』と『季節のサラダ盛り』、そして『店長の全力ブレンドコーヒー』という、お気に入りの三点を頼み、新聞を読んでいた。
概ね、予想していた通りだった。
俺のように十五歳くらいの思春期で難しい時期の少年が、薬の誘惑に打ち勝つ。
周りの兵士らと協力し、悪を倒すという勧善懲悪話として扱いたかったのが伺える。
姉のカレンさんの存在もあり、家族の絆をアピールしている点も、報道側の言いたいことが何となく浮かんでくる。
記事を小馬鹿にするように読み進めていると、後ろから声が掛けられた。
「大げさじゃないと思うのだけれど」
「……サツキか。久しぶり」
「えぇ」
凛とした声に、腰まで届く綺麗な黒髪。容姿は勿論、優れている。
トレードマークの刀は、彼女の身長の百五十五センチほどある、かなり大きな物だ。
ダンダリオンと同じくして六氏族の一人、サツキ。サツキ・ロゼッタ。
剣術限定ならダンダリオンより秀でているが、六氏族で総合的に見ると三番目に強い存在。
性格は真面目。かと思えば割と悪女ムーブもする。本人も自覚しているが。
個人的にはカレンさんの次くらいに異性として苦手だが、境遇が似ている部分もあり、憎めない奴ではある。
隣に座ったサツキは、スオーを呼び止めて紅茶のセットを頼んだ。
「……随分な暴れっぷりね。天才クン?」
「俺が望んだ結果じゃないけどな」
実際、俺は持ち上げられたくてこうして努力したわけではない。
ただ、果たしたい目的があってこその鍛錬の日々だったのだ。
「アナタが望むか否かじゃない。……最近、分かりやすい『英雄』が居ないこの国にとって、アナタという存在は民衆に対する格好の餌だもの」
「は、『美少女剣豪』サマが言うと重みが違うね」
サツキはその携えている刀の大きさと剣技、自身の才覚に加え六氏族家の一家の娘であること、そしてその正義感から『美少女剣豪』と呼ばれていたりする。
本人は嫌がっている。注目されるのが苦手な気質だからだ。
「……今、煽られたのかしら」
「いいや?俺に勝てない割に『剣豪』なんて持て囃されてる人なんて煽ってないけど」
つい、からかうのが楽しくなってしまうことがある。
本気の殺し合いになる心配はないし、そもそも負けない。
お互い、それが分かっているので小競り合いにしかならない。
「こんの……」
サツキが鞘から刀を見せ、臨戦態勢を取る。
俺も俺とて喫茶店のテーブルの上にあったナイフを構え、いつでも来いやと目で挑発した。
お互い睨みあうこと数秒、紅茶の香りを漂わせながら、スオーがサツキの注文を運んできた。
「はいはい、喧嘩はよしてよして。やるならせめて店の外でやって」
「……悪い」
お互いナイフを下ろし、鞘に刀を納め、黙って口に飲み物を運ぶ。
殺気を出すまでが早いが、納めるのも早い。これも気軽に喧嘩を売れる理由だ。
急に落ち着いた俺とサツキを眺めつつ、スオーは空いている方の俺の隣に座り、訊ねた。
「なんでそんなに仲が悪いのさ。お互い、せっかく顔がいい同士仲良くすればいいのに」
「その前後の繋がりは分からないけれど……そうね、喧嘩はよくない事だわ」
「あぁ」
俺を挟んでの会話は止めて欲しい。
サツキからは女子特有のいい匂いがするし、スオーからは紅茶とコーヒーの香りがするので、脳がバグる。
そんな俺の胸中を無視し、女子は会話を続けていた。
「そもそも、お互い理性的なのになんで喧嘩に発展するのさ」
「喧嘩ってより小競り合いかしら。そうね……プロレス的な感じよ」
「そう、二人はプロセスをしていると」
「プロレス。なにを加工処理してんのよ」
ガタ、と不意に立ち上がったスオーは思いきり息を吸う。
少し、イヤな予感がした。
そして――。
「みんなー!!聞こえる?!!?サツキ様とルシウス軍曹が日頃からプロレスしてるってさ!!」
他のお客に聞こえるように。聞かせるような大声でとんでもない事を抜かし始めた。
慌ててスオーを羽交い締めにしてしまった。そこに重ねるようにスオーの頭をサツキが思いきりつぶしにかかっていた。
「「何抜かしてんだ馬鹿(野郎)ッ!」」
「ぎゃあああ?!!?早っ!」
周りの客の視線が集まったが、『なんだ、子どもの冗談か』という空気で流された。
羽交い締めを解き、椅子に座らせて軽い説教が始まった。
「いい?!間違ってもそういうことはあんまり言わない!いい!?」
「俺は誰とも結婚もしねぇし、もう誰かとどうこうするつもりもねぇわ!」
俺もサツキも、微妙に論点がおかしいと思うがテンションがおかしくなってしまったので指摘はしないし、されない。
「はい。正義の味方は誰かとイチャコラする暇はないですもんね」
「そういうこった」
スオーが他の客に呼び出されたのをきっかけとして、説教が終わった。
俺は代金と渡す物を手渡した。
「はいこれ。代金」
「ほいほい、いつもご愛顧ありがとねん」
渡したいものは渡したので、さっさと店を出ることにした。
……最後に二人に挨拶をしなかったのは少し感じが悪かっただろうか。
■
ルシウスが退店し、残されたスオーとサツキ。
会話は専らルシウスの話題であった。
「……あれ、大分、支払いが多い」
「彼、なんだかんだ甘いから。多分私の分の代金も一緒に払っていったはずよ」
ルシウスの渡した代金は、それを見越していたとしても多い、頼まれた物の五倍近くの代金が入っていたのだ。
「いや、それ見越しても多い。……む、紙がある」
テーブルに置かれた一枚の紙を発見し、広げて中身を読み上げた。
「『先の一件、情報協力感謝する。たばこ代だ。持って行ってくれ』だって。大した事してないのに」
「仕方ないわよ。彼、そういう性分だもん」
そう言って紅茶を一気に飲み干したサツキの耳が赤くなっているのを、地元ではウザ絡みの達人として知られていたスオーがスルーするわけが無かった。
「え、何?さっちゃんルシウスの事好きなの?」
「……嫌いな理由が無い、とだけ言っておくわ」
ぷいっ!と気恥ずかしさで顔を背け、サツキは席を立った。
「じゃあね、私も帰る。マスターに例の話、伝えておいて頂戴」
「はいはいな!」
まだ顔を赤くしているサツキの背中を無送りながら、スオーはぽつりとつぶやいた。
「……カフェの店員になればこういう漫画みたいな空気が味わえるって考えてたけど、本当だったな……」
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