三人家族

第25話 新生活

 結果から言うと、彼女たちがそう望んだから今回の戸籍移動が始まったらしい。

 双子の名前は、それぞれ杏里・イシュミールと杏子・イシュミールになった。

 かなり混みいった事情があるが元鞘と言えばそうなので、何かしらの特別措置が必要ということもなくあっさりと二人は俺の家に来ることになった。

 礼儀礼節、通す筋の為にウィシュカルテの家に行ったがケイト女史は不在。その弟子のセレンさんに話の伝言を頼み、今までかかったと思しき経費等を置いて即退散した。

 そして、今は――。


「兄さん兄さん!こっちの下着とあっちの下着、どっちがいいですか!?」

「ルシウスさん!このお洋服とあのお洋服、どちらの系統が好みですか?!」


 二人の生活用品を買い出している。

 ……下着に関しての意見を俺に聞くな。


 元々ウィシュカルテでは家の者が買ってきた物だけを着るように言われていたらしく、しかも二人の趣味には合わなかったらしい。

 杏里はボーイッシュ、というより中性的な服装を好むようで、かわいい系やキレイ系の服よりもデニム生地のショートパンツをメインに据えてトップスを合わせる形で服を選んでいた。気合わせによっては帽子も被るようで、おそらく「動きやすい」服装が好きなのだろう。

 対する杏子はなんでも着ようとする。似合いそうな服は全て試着している。

 おそらく「自由」に服装を選んでいるのだろう。

 両者ともに服はほぼ選び終えており、今は買うか迷った服を再度買うかどうか検討している最中だ。

 二人には言っていないが、資金に関しては異常なほど今日は持って来ているので店ごと買うのも恐らく可能だ。

 ……これを言うと、二人が究極的に駄目な人になりそうなので言わないでおく。


 そして、服を選び終えて昼食に移った。

 食事に関してはある程度自由だったようで、俺と杏里はサンドイッチ、杏子はステーキを食べていた。

 杏里に関しては、何事も冒険したくない性格なのか俺と全く同じものを、杏子はどこまでも突き進んでいく性格なようで、俺ですら食べたことのないデカいステーキを食べていた。

 食べきれんのか、それ。

 ……なるほど。ある程度の常識の合わせが終わった。


 これもまた結論から言うと、『平均的な家庭の子供よりも裕福ではあるものの、節制を心がけた』ように育てられたと感じる。

 服に関しては拘りはありそうだが食に関してはそこまで特筆することもないようだ。

 家に帰っても…まぁヒメならこの事を言えばそれに合った生活を用意してくれるだろう。


 だが、問題は杏里たちが寮を引き払っていった、という事らしい。

 ウィシュカルテ本家は居住区的には第四区画に位置するのだが、学院からは中々の距離があるため寮を使っていた。

 が、俺の家は第三区画にあり、彼女らの元実家よりも遠い位置にあるのだ。

 寮を引き払ったのは少しまずいかもしれない。

 いっそのこと学院近くに引っ越してやろうか。カレンさんから貰ったこの家だが思い入れはない。

 いやしかし。仕事もある。悩ましいところだ。


「ふぃいふぁん?ふぉーふぃまふぃふぁ?」

「あ、ちょっとコラあんず!口にものを入れたまま喋らないでください!あー!しかもほっぺにソースが付いています!」


 ……悩むのは後にしよう。


◾️


「…………は?」

「は、じゃなくて。私も特に仕事したわけじゃないのに昇進したから何事かと思ってたのよ。まさかアナタも昇進してるなんて思わなかったのよ」


 まさかの事態だった。

 カレンさんにアドバイスを貰おうと午後、職場に顔を出したところ、カレンさんはいつもの制服ではなく、より偉そうな服装をしていた。

 話を聞けば、カレンさんも中尉から大尉へと昇格を果たしていた。


「………カレンさんのいた椅子に俺が座った形ですかね。これは」

「一概にそうとは言えないのよ。零区画に次ぐ、帝国軍の第二の心臓たる第三区画の支部・駐屯所を預かる人が中尉ってのもおかしい話なのよ」

「それで、大尉なら格好がつくと」

「本当は佐官がいいんでしょうけどね。それこそ椅子が足りないのよ」


 佐官の椅子は数がかなり限られている。

 俺もカレンさんも資格自体はあるはずだが、適年齢になったとしてもすぐに佐官に成るのは難しいだろう。

 何を以て佐官への進出基準になるかは分からないが、俺も二十歳になるまではおそらく無理だ。


「とりあえず、何か取り立て急に変わることもないわ。今はとりあえずアナタの身辺をどうにかしなくちゃ。家はそのままね。建てるのも買うのも違う感じがするし。だから学院に関しては電車を使わせなさい」

「電車か……」


 こうした内容でもしっかりと考えてテキパキと指示を飛ばしてくれるのは非常にありがたい。

 ……電車か。少しためらうな。


「職業柄なんでも疑う思考は褒めるべきだけど、本来はそこまで警戒するべき乗り物でもないのよー……」

「いや、そうじゃなくて利便性が。乗り換えの回数」


 一応、各区画から好きな区画へと移動できるようにレールは敷かれており、毎日各区で相当な数の電車が運行されている。

 電車が原因で起きる事件事故、犯罪等もあるので心配なのは間違いないが乗り換えの回数が増えるのはできれば避けたい。

 というのも、もしものことがあれば俺の介入が遅れてしまう可能性があるからだ。

 それに、遅延や運転見合わせなど不慮の事態も好ましくない。

 乗り換えの回数が増える程、それらのリスクは増えていくことも考えなければならない。


「そんなの尉官になったんだから第零区画の環状鉄道の使用許可取ればいいじゃない。軍曹、曹長だと本人以外利用不可だけど尉官から上になると家族も二親等までは利用許可が降りるでしょ?」

「あ、そっか」


 この国は基本的には職業、性別等に生じかねない問題に対してある程度の策を講じており、帝国民はほぼ平等的な生活を送れている。

 が、あくまでも軍事国家。軍人がある程度優遇されている。

 それも尉官以上からで、いま言った様に軍事関連施設の使用について一部許可が降りる様になる。

 第零区画環状電車の使用許可の他には

・奨学金返済の利子免除(そもそも尉官階級に属する者の家族は奨学金を使う必要がない世帯収入なのだが)

・一部税金の軽減(家、車、土地など。なので人によっては恩恵がない)

・災害時の資産保険(家財保険を始めとした、有形の物に限る)

 等がある。

 普段使いする物が少ないので恩恵は感じにくいが、いざという時には助かる物

が多い。

 今の俺のように、限定的状況では大助かりするわけだが……。


「もしかして本部ってこれを見越して……」

「あり得るわね」


 軍上層部は俺とカレンさん、ウィシュカルテ家の事情をある程度把握している。

 とはいえ、昔起きた事件の結果しか知らず、真相は俺とカレンさんにしか知らない……はずだ。


「ま、なんにせよ大事になさいね。『家族』」

「言われるまでもない」


 分かっている。

 もう二度と、あんな思いをしたくない。

 させたくない。


「あ、そうだカレンさん」

「んー?」

「次の週末……五日後か。あの二人の歓迎会やるつもりなので都合がよかったら来てください」


 歓迎会、といいつつ杏里杏子の友人を家に招きたいという俺の自分勝手な目的もあったりする。

 いざというとき、俺かカレンさん、学院にいるフミカさんを頼って欲しいからだ。

 杏里杏子の二人は勿論、彼女の友人らも大切にしたい。

 彼女二人の十年間の一部を形作ってくれた、大切な子たちなのだから。


「料理担当は?」

「メインは俺が。それ以外はお菓子含め全てヒメに頼むつもりです」

「やった、じゃあ行く!フミカちゃんも連れてくわね」

「はい。大尉としてではなくイシュミール家の者として会ってください」


 きっとそのほうが、彼女たちにとってもいいと思うので。

 家族は…信頼できる人は多いほどいい。

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