第26話 妹の髪の毛を吸うな
季節は春季。
薫風前に吹く春風を浴びながら俺は学院の講師をやりつつ尉官としての任務に明け暮れていた。
自衛術の講義は俺の昇進と杏里、杏子の宣伝(しなくてもよかったのだが)が相まって、歴代最高人数を叩き出した。
人数的問題のため、ほぼ座学のみとなってしまい本格的なこと行う余裕がなくなってしまったのが残念だが、「知っていれば」対処できることも多くある。
シチュエーションとして様々なものを提起し、それについて講義を組む。
身を守れる一般市民が増えるだけで軍人としては大助かりだったりもするのだ。
特尉になってからというもの、やけに細かい任務が増えていた。
前の麻薬組織拿捕のように大掛かりなモノではなくリトルギャングやちょっとした不良らを取り締まるようになった。
理由はイマイチ掴みきれないがおそらく軍上層部でそう言う動きがあったのだろう。
大体の者が思春期特有の思考、言動からくる行為であり、別段犯罪的行為が見られる様子もなかった。
あと、カレンさんを始めとした一部上官らに『下部組織を持て』と言われる様になった。
下部組織というのはその名前の通りの存在だ。
尉官……それも中尉以上の階級であり、尚且つ戦闘に長け、指揮系統に大きな変化をもたらす者のみが所持を許可される非正規の軍人。
カレンさんであれば『リ・ルーラ』と呼ばれる情報収集や情報戦における撹乱班、その他戦闘補助の役割を持つ下部組織がある。
非正規軍人ゆえ、いくつかちょっとした制約はあるがある程度の自由度があり、どんな組織を組むかは本人の自由。
俺から言わせると要らないのだが。
……何事にも於いて自分より能力の低い者をわざわざ組織する必要が感じられないからだ。
カレンさんも俺のこの思考を読んだ上で下部組織を持てと言っているのでおそらく何かしらの意味があることは推測できる。
自衛中の生徒の中で成績の良い者を適当に勧誘する形でいいだろうか。
ということを妹二人に話したのだが……。
「「ダメです!!!」」
と言われた。ユニゾンで言われた。
下部組織は軍学校卒業生または在学生以外なら誰でもいいので、学院に話をつけようとしたのだが……。
「いいですかルシウスさん!ルシウスさんみたいな有名人かつ人気者が『俺の部下になれ』なんて大声で募集しようものなら!」
「兄さん目当てで沢山の人が集まります!そんなことになったら、私たちの枠が無くなってしまいます!」
………なんか心配する部分がおかしい気がする。
というか待て。
「お前ら二人、組織に入るつもりだったのか?!」
戦いから遠ざけようとしたのに、なんでそんなこと言い出すんだ?!
「はい?入るつもりでしたが……何か問題でも?」
きょとん、と首をかしげながら杏里はさも当たり前だと言わんばかりに言い放った。
杏里が俺のことをルシウスさん、と呼ぶのは然るべき公共の場などで兄さん呼びをしないよう、とのこと。
なお杏子はそう言うことを気にせずに兄さん呼びをしている。
「杏里の言う通りです。私たちは兄さんの下でお仕事したいんですよ」
「いや、戦えないだろ二人とも……」
錬金術や魔法をそれぞれ扱えるからと言って、戦闘に直結した物を習得しているとは考えにくい。
初等魔法でも基礎錬金術も使い方次第だが、まだ学院一年生の二人が扱える代物ではない。
やんわり断るか……。
「二人とも気持ちは嬉しいが……」
「じゃあ戦い方を教えてください」
俺の思考を既に読んでいたのか、杏里よ。
戦闘技能がないのは致命的だし、断りたい。
教えると言っても一朝一夕で出来る物でも無いし。
「いや、それにしたって危ないし……」
「じゃあ後方支援をします。私も杏里も怪我人を看ます」
…確かに、後方支援なら比較的安全だし、三年時に向けた実習にもなる可能性があるな……?
いやでも一年生だぞ?ダメだろ。
十三歳の少女二人にお願いする物でも無いだろう。
「あーもう!なんで渋るんですか?!私たちだって兄さんの役に立ちたいんです!」
「杏子の言う通りです!私たちが別れて十年間、ずっと一人で戦ってきたんですよね?!」
「「ずっと、私たち姉妹を戦いから遠ざけてくれてたんですよね?!」」
「……は?」
今、二人ともなんて言った?
まさか俺が昔から考え、実行してきた事に勘づいていたのか?
みんなが、家族がみんな戦わなくていいように。
悲しい、痛い思いをしなくていい様に。と決断した俺の十年前の俺を……今に至るまでを察したのか?
「……どうして分かった……?」
「なんとなくです」
「なんとなくですね」
………そういえばカレンさんもフミカさんも言ってたっけか。
『家族だから、そういうのはわかる』と。
この二人を突き放すべきかいまだに悩んでいたが、ようやく決心がついた。
「…………後方支援なら、いい。戦闘に関してはカレンさんの許可を貰うように。……俺一人の問題じゃないんだ。いいな」
「「はーい!!」」
決心がついた、と言うより折れたと言う方が正しいか。
それにしても、だ。
彼女らと俺はもう家族で。
切ってもきれない縁があるのだ。
……無視する方が無粋という物だろう。
◾️
「……………杏里ちゃんはいいけどあんじーちゃんはダメなのよ」
「えぇ?!なんでですか?!」
妹二人と、二人の友人らを招いて行った歓迎会にて、料理を頬張ったカレンさんによるジャッジは杏里のみ許可が降りた。
意外と言えば意外だが、なんとなく言いたいことはわかる。
「なんでって聞かれても……勘?」
「勘なんて碌なもんじゃないです!あんずは撤回を要求します!」
いや、君はその勘で俺と君らの過去を明かしたわけなんだが。
……おそらく、杏里が良くて杏子がダメな理由として、性格的な点で言えば「危機管理能力」と「思考と行動の速度」による物だろう。
あとは……血の問題か。
でもまぁ、カレンさんならこの辺の事情は伏せるだろうしそれらしい納得のいくことを言ってくれるだろう。
「いい?あんじーちゃんは確かに医学系志望者で、後方支援隊としてかなり欲しい人材なのは認めるのよ」
「じゃあなんでです?」
こういう時、相手を下げずにフォローを入れつつ断れるのはある種の才能だと思う。
俺の場合、ダメならダメでキッパリと理由を言うから大抵相手を傷つける。
……サツキに嫌われがちなのもこの性分のせいだろうな。
「技術の問題ね。まだ後方支援隊としてルシウスみたいな尉官クラスの人間を看るのは荷が重いのよ。ルシウスの主治医をやるだけならともかく、軍という組織的な物に入る以上、そうもいかないのよ」
「カレンさん、じゃあ私がいい理由は?」
自分が良くて杏子がダメ……。
杏里としては嬉しいような…複雑な気分になるだろうな。
喜ぶに喜びきれず、おずおずと手を挙げた。
「それはアナタがれっきとした錬金術師だから。私もさっき知ったけど、アナタ三級錬金術師なんでしょ?」
「えぇ。十三歳になってすぐ取りました」
錬金術師には五つに分かれて区分がされている。
極めて簡単な分け方だが、一から四級に分けられた通常の錬金術師で、その上が特級である。
四級はぶっちゃけ誰でも取れる。単純な筆記試験でしか判断されないからだ。
三級から一まではその級に応じて実技試験が含まれる。
杏里の取った三級であれば、『試験官五人を満足させるに足る物』を作ればいい。
かなりアバウトな内容だが、というのも三級の術師からは日常的な錬金術の使用が許可されるからであり、その試験内にて『どんな者が、どんな要素を含んだ物を作るのか』という人格診断と錬金術の練度を見るためにそういった工夫が為されている。犯罪に手を染めにくいか否か。そう言った目でも判断されるので自由形となった。
その時々の試験官によって結果に差が出がちで、下手すると二級より取るのが難しい。
二級、一級取得時は筆記試験に加えて試験官によるお題の提示がある。こっちはくじ引きによる決定がされるので運だ。
特級は一級保持者の中で目覚ましい研究成果のある者のみが取れる級位だ。
ちなみに俺は一級保持者。特級には至らない。
なお、級位はそれぞれ前提科目のようになっており、一級を取るには二級を、二級を取るには三級が必要。三から四も同じだ。
そして、杏里のように十三歳から試験可能年齢になる。
「その天才性ゆえなの。あとはあんじーちゃんと比べて反射神経もありそうだし、街のチンピラくらいなら処理出来そうだからなの」
確かに、三級であれば一人前だ。
その場しのぎで脅しの武器も作れるだろうし、多分杏里なら発想力的になんでも出来る。
「………私には杏里と違って戦闘に関連する判断要素がないから……?」
しょぼん、と肩を落とす杏子。
気持ちはわか……らない。すまない。
「平たく言ってしまえばそうね。全くダメってわけじゃないけど、アナタ薬学専攻でしょ?どっかの密林を探索する、とかなら全然いい。というか大助かりなんだけど……」
この国にはそう言った大密林は無いけどね。希望自体はあると言ってあげないと可哀想だしな。
「…………変えます」
「ほえ?」
「ん?」
変える?帰るって言ったのか?家ここだぞ?
いや、変える、だよな。
何を何から何に変えるんだ。
「専攻を変えます!!血を見るのが嫌で薬学にしましたが、そんなもん慣れればいいんです!私は外科内科、どっちも看れるスーパー看護兵になります!」
いや、軽く言ってるけどそれの難易度半端じゃ無いからな。
俺も別に内科と外科、どっちも見れるし資格もあるけど試験そのものはめちゃくちゃ難しいからな。
カレンさんも呆れてんな……。
「……そこはお任せするけれど、結局許可出して編成して申請するのはルシウスなのよ。だから、ルシウスが納得するに足る何かを頑張ればいいのよ」
「むん!!分かりました!」
「カレンお姉ちゃん!!」
「?!?!?!?!」
気合いを入れるポーズをして、元気いっぱいにカレンさんをお姉ちゃん呼び。
……うーん。これは……。
「…杏里、こっちおいで」
「へ?分かりました」
ちょっと面倒くさいことになるかなぁ……。
やはり案の定、カレンさんの目の色が変わり、杏子を思い切り抱きしめ、撫でまわし始めた。
「あんじーちゃぁぁぁん!!よぉおしよしよしよし!!!可愛いにぇ!いい匂いするしかわいいにぇ!!やっべ!みなぎってきた!!」
「ほわ?!ほわわ?!」
撫でたり嗅いだり胸触ったり。
……酷いセクハラのオンパレードだが……。
杏子に関しては突然のことなので焦りに焦ってされるがままにされている。
ちょっと顔が赤いのは……気にしないでおこうか。気のせい気のせい。
「あ〜……。焦ってるあんじーちゃん可愛い……推せる……。お肌がもちもちふわふわしてる……」
全力で杏子の髪の毛に口をつけて深呼吸を繰り返すカレンさん。
…目が。目がキマってるんだよ。ガン開いて大きな音立てながら妹の髪の毛を吸うな。
顔とか腕とか胸とか脚とか、至る所を触りまくるのをやめなさい。
「よし!決めた!外科、内科どっちかで資格取れば許可しちゃう!というかさせるわ!頑張ってね、あんじー!」
「ちょ、何言ってんだアンタ?!」
この姉、その場の勢いでとんでも無い事を言い出したぞ?!
どちらにせよ難しい条件だから納得のいく物ではあるけどそれを貴女が提案する権利は無いのでは?!
「ふい!頑張りむしゅ!」
頬を挟まれムニっとされたままの杏子が元気よく返事をした。
……ご学友達がすごい目で二人を見ている。
そんな目もしたくなるよね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます