第42話 派閥

「なるほど。大体の経緯は分かったわ。シトラス・ネルデガーの処理と事の報告書、ありがとなのよ、ルシウス」

「いや、これも仕事なので別段何も問題はないです」


 シトラス・ネルデガーを崩壊した研究所の地下大広間の空中に縛り付けてきた俺は、次の日にカレンさんに報告書を作成して持参してきていた。

 任務報告書の作成は細かく報告をしないといけない都合上、かなり面倒である。

 聖霊領域を軍に打ち明けるのは中々リスキーな部分も多くあり、今まで任務に使用してこなかった。

 そして例に漏れず今回も報告書には魔法、とだけ記述してシトラスへの処理を報告をした。

 書類の偽造、虚偽報告ではないか、と思われないでもないがこの国の報告書関連は基本的にガバガバであり、物事の結果さえ偽っていなければ大体許される。

 カレンさんは俺の領域について知っている……というよりカレンさんの目の前で完成させたので俺より詳しい節がある。

 報告書についてもカレンさんは俺の適当具合は知っている。


「相変わらずお堅いわねー。もうちょっと柔らかーくなれないわけ?」

「この部屋にいる間は無理ですね。仕事場で緩ませる気はどこにもありませんので」


 俺の作成した報告書で団扇のように顔を仰ぐ、やや行儀の悪い姿勢で座るカレンさんと対照的に俺は佇まいだけはしっかりさせていた。


「ま、いいのよ。それよりも、その……この子の事なんだけど……」

「…………」


 カレンさんは報告書を適当に放り投げると俺の後ろで緊張した面持ちで縮こまっているセレス・マキナの方を見た。

 カレンさんは一応、この子が幼い頃に会っており、面倒も多少は見ていた、とのことだったがほぼ十年来の再会となり、距離間が完全に他人になってしまい困っている様だった。

 この子の処遇については中々面倒な問題が多すぎる。

 下手をするとこの国の台風の目になりかねない問題に発展しかねない。


「カレンさんに一任します。俺がどうこうできる問題ではないので」

「私の手にも余るからアナタに聞いたのよ!」


 俺の一存でどうこうできる問題ではないので、俺はカレンさんに投げることにした。

 これなら総て丸く収まるし、悪い事は無いだろう――と思っていたらカレンさんも匙を投げた。


「よりにもよってマキナ!この子に悪意は微塵もないし、もちろん問題は無いのよ!けど!これは中々面倒なのよ……」


 カレンさんが頭を抱えている。

 光景としてはかなり珍しい。普段の軍務においても非常時の指揮においても悩むことなく正解をはじき出すのだが今回はお手上げの様だった。


「色々理由はあるけれど、何より面倒なのはこの子の捜索願がここ最近でどの支部にも、軍の提携機関にも出されていない、ということなの。これは……」

「言葉を選ばなければ、捨て子であったり処分扱いにしたかったのでしょう。でなければセレス嬢があんな研究所に拉致されることもないです」


 本当に言葉を選んでいないので残酷なことを言い放つようだが、捜索願を出されていない、という時点で完全に捨てる前提で今まで生かしておいた、とも取れるし、なんでもいいし、どうでもいいとも取れる。

 どのみち、碌な物ではない。


「ルシウス的にはどうなのかしらん?この子、匿うべきかしら?それとも実家に送還かしら?」

「実家に送還でもしたらそれこそこの子を使っての研究が裏で行われることになります。私情を挟むようで申し訳ないですが、改革派の人間たちの利益の繋がる事物は可能な限り排除したいです」


 突然だが、この国の軍には大まかに三つほど派閥が存在する。

 一つは俺の今言った改革派。これはその名前の通り今までのイシュトゥリア帝国の在り方を真っ向から否定し、旧体制を整え新たにゼロから国を再建するやり方を尊ぶ派閥。

 もう一つは王道派。こちらは改革派とは真反対の今まで通り、旧来の国の在り方を尊び、存続させることを目標にする派閥。

 そして最後は穏健派。これは改革派と王道派の中間に位置する存在で、改革派の意見を受け入れつつ、穏健派……旧来のやり方を遵守する極端な両陣営のバランスをとる中間の派閥。

 主にこの三派閥のそれぞれのトップが元帥であり、この三帥らによってこの国が成り立っている。

 ここまで説明をすればもう察しの付く人が多いだろうが、基本的にこの三派閥の上層部は仲が悪い。


「アナタみたいなどこにも所属していない野良派閥には無関係な話ね」


 因みに俺はそういったことはどうでもいいと考えているので無派閥。誰にもどこにも属していない。

 なお、カレンさんは王道派。ブロッセムの家が王道派に属するから、という理由なだけでカレンさん本人は無派閥になりたがっている。

 だが、無派閥とはいえ――。


「……あいつらが関係し、俺や俺達に害する可能性が少しでも浮上するなら俺は王道派になりますよ」


 俺は俺の守りたいものがあり、成し遂げたいことがあるから軍にいる。

 その目標、俺が俺に課した絶対の宿命さえ果たせればなんだっていい。


「おぉ、それはそれは嬉しい事を言ってくれるのぅ、ルーシー」


 息巻いた俺の背後から、聞きなれた年寄りの男性の声がする。

 声の主は、荘厳な雰囲気を全身から発し、他人を寄せ付けないオーラを秘めた――。


「……お久しぶりです、爺…元帥殿」

「爺ちゃんでええよ。ワシは今、元帥ではあれど君の祖父には変わりがないのじゃから」


 三帥が一人……俺の爺さん、ア・キオ=フェリア・イシュミールだった。


「さて、今日ワシが来たのはそこな少女、セレスちゃんのことについて意見を言いにきたのじゃ」

「あら、元帥様の意見であれば私達も聞き入れざる得ない、という訳なのね?おじいいちゃん」


 上官命令であればその意見に耳を傾けざるを得ない――というより、相手が相手なので意見と言うより命令に近しいので、カレンさんは水を得た魚のようにイキイキとし出した。

 爺ちゃんの介入は俺も少し気が楽になるものだ。

 楽観的な人だが、その鋭くキレのある頭脳から発揮される決断力で今までの窮地を脱してきたのだ。

 きっと、今回も冴えた決断を――。


「ワシが思うに、セレス、君は実家が嫌いでたびたび家出をしているね?」

「え、えぇ。はい」


 してるんかい。

 質問の内容もだが、それの答えも中々ひどいな?!

 この国だって平和じゃない。

 俺達軍人も、普段は戦争の為に訓練、研究しているのであって一人の民間人を助けるためではない。

 こんなことをいう訳にもいかないが、死にたがり等のバカは別に守ろうとは思えない。

 回りくどいがそう言うことだ。いくらセレスが自分の異母兄妹であり、かつての妹であっても変わらない。

 自助努力が無いのだ。今回、シトラスの調査任務が発生したのは完全な運だ。

 …………だが、生きていて本当に良かった。


「決まりじゃな。よし、ルシウス、君はこの子を引き取ってこのまま四人で暮らすと良い。誰も止めんし、誰も責めまい」


 少し思案していた爺ちゃんがやっと口を開いた。

 この人もかなりのしがらみを抱えて生きている。今言った意見も、利権関係やしがらみなどを考慮し、自分で我慢できる範囲でこの提案をしてたと思うのだが、派閥間での諍いが激しい物になるのは目に見えている。

 具体的に言えば、爺ちゃんの軍内での立場がまた危うい物になってしまう。

 カレンさんも同じこと思い至ったのか大きく目を開けて爺ちゃんを凝視していた。

 

「え、でもおじいちゃ……」

「ルーシーと彼女との記憶が薄い事に関してはワシは知っておる」


 カレンさんの心配を受け止め、感謝しつつ爺ちゃんは制した。

 よくよく思い出してみたのだが、俺がセレスと最後に顔を合わせたのは実に九年前だ。

 異母兄妹とはいえ、その母親同士の仲が険悪だったので顔を合わせる機会はほとんど無かったのだ。

 俺の母上が大体正しい。そうに違いない。


「そう、ですね」

「え?ええ?へあ?」


 いまいち、状況が飲みこめていないセレスだけが目をぱちくりさせて立ち尽くしていた。

 カレンさんは俺とセレスの両方を世話していた事があり、それぞれの事を大体は知っている。

 爺ちゃんに関しては、兄妹ではそもそも俺としか面識がなかったはずだ。カレンさん、フミカさんに関しては軍に入隊してからの面識だと聞いている。

 相関図も関係値もかなり分かりにくくややこしいが……。


「おぉう、そうじゃったな。いいかいセレス、落ち着いて聞きなさい」


 明らかに焦っているセレスの様子を察した爺ちゃんが、優しく彼女の肩に手を置いて、優しく微笑んだ。

 まぁ、真実は言うべきではあるな。隠したい事もそこまでない訳だからな。


「キミとルーシーは、異母兄妹なのじゃよ」

「えええぇぇぇ!!」


 

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