第32話 リリシア・シルヴィア・コルマンド

「え?!それ本当なのかしら?!」

「いや、確証が取れてるわけじゃないから分かんないけど……」


 「魔女のカンテラ」の様に、民間の目のある場所で入手し、しかも不確定な情報を伝えるのは癪なのだがもしものことを考え、俺はカレンさんにリリシア・シルヴィア・コルマンド第三王女が来訪するかもしれない、ということを伝えた。

 もちろん、カレンさんも初耳だったらしく、珍しく目から余裕の表情が消えていた。


「もしそれが本当ならルシウス、アナタはさっさと身を固めなさい。いい機会じゃない」

「なんでそうなるんだよ」


 さっさと身を固めろって言っても相手は王族。手を出そうとして出来る相手ではない。


「それに第一、俺は……」

「はいはい、半分冗談。………ちょっと待ってて、調べさせるから」


 結婚する気も何もない。

 俺が昔からずっと決めていることだ。

 誰かを相手してはならない。

 誰かに幸せにされてはいけない。

 誰かと同じ道を歩むことは許されない。


 と、カレンさんは本当に冗談だったのか下部組織の『リ・ルーラ』に事の真偽を確認させていた。

 そして程なくして……。


「あ、マジっぽいわね。一昨日にコルマンド国の関所から殿下出国って記録ログがあるみたい」

「マジかよ」

「……とりあえず秘密回線でお母さ…ユユ大佐に連絡しないと………」


 事実確認が取れた、ということはあと数日…三日以内にはここに到着する。

 そして、アイツの性格から察するにホテルなどは取らず直接俺の元に突撃してくるはず……。


 がちゃこん、と連絡用回線の受話器を取ったカレンさんは指定のコードを打ち込み、連絡を始めていた。


「あ、あー。こちら『八分咲』。『満開』に至急連絡。『正義の戦人いくさびと』より伝言。『森の精霊』が聖大祭に向け当国への訪問を開始。これより『正義の戦人』を護衛につける。二十一警邏隊との併任は不可と判断。新たに人事を割くべし」


 『八分咲』はこういった回線を使う時のカレンさんのコードネームで『満開』はカレンさんの母上のユユ・ブロッセム大佐の物。

 『森の精霊』はシルヴィのことを指して『正義の戦人』は俺だ。

 分かりやすいのでコードネームとして役割が薄いのでは?と思わないでもないがそこは大人の事情ということらしい。

 ……そんなことよりも。


「さて、これでよし」

「何言ってんですか。いいわけないでしょう」


 なんで俺を二十一警邏隊から外してシルヴィに付けることにしてるんだ、と言いたい。

 アイツは喜ぶだろうが、俺としてはかなり面倒だ。


「あのね?シルヴィア殿下はアナタの事を心底、大っ層気に入っているの。分かる?」

「自惚れながら、その自覚はあります」


 そのきっかけは忘れたが、俺は定期的にシルヴィからアプローチを受けていた。

 最初は五歳の時。

 親同士が仲良し、ということで俺とシルヴィは時折会っていた。

 そのあと、色々な事が起こり俺の身の回りの環境が激変したこともあり彼女とは疎遠になった。

 が、数年前に再開し、そこからかなりの頻度で求婚されるようになったのだった。

 理由は分からない。


「えぇ。そして、彼女と言えば?」

「無邪気で天真爛漫。強情、頑固。かと思えば素直」

「……アナタの殿下像は結構歪なのね……。じゃなくて、とんでもない行動力と発想の突飛さ。要は災害ね」


 今でこそ落ち着き始めたが、昔は酷かったのだ。

 「絵本で見た空飛ぶお城に行くわよ!」と気球を自力で(半分以上俺が)作った気球で空を飛ぼうとするし、「海の底の人魚を捕まえるわよ!」と海に俺と二人で行動し、沖まで流されたりと、とにかく人を困らせる。

 無邪気な子供と思えばいいのだが、シルヴィは無駄に頭の回転が早く、そもそも頭も良い。それに実家が王族なので資金もある、下手に手を出せない裏方がいる、ということもあって、俺と周りの大人たちはかなり手を焼いていた。

 だが、彼女も彼女で行動のそれぞれには芯が有るし、行動原理も分かりやすい。

 誰かを巻き込んで楽しく生きたい、というスタンスを勝手ながら俺は感じている。

 ……違う可能性もあるが。


「カレンさんも酷いじゃないですか。……アイツ、良いやつですよ」

「そのいい子の告白を振って国際問題にしかけた犯人がなに言ってるのよー?」


 ……一度だけキツイ言い方をシルヴィにしてしまって本気の戦争にしかけた事があったのを思い出した。

 あの時は結局、俺の言葉の意味を察したシルヴィの近衛兵士がいてくれたおかげで事なきを得たが……。

 本当に危なかった。言葉には気をつけようと本気で思った瞬間だった。


「それは置いておいて。なんでシルヴィが?」

「さぁ……?流石に私の想像の及ばない理由だとは思うけれど……」


 まぁ…シルヴィの行動の突飛さからは何も察しが付かないか。

 行動にそれぞれしっかりとした理由や意味はあっても予測できない、天気みたいな奴だからな……。


「とりあえずルシウス、アナタに上官として私から命令。リリシア・シルヴィア・コルマンド第三王女の護衛し、もてなしなさい」


 もてなしか……。

 出来るかどうか分からないが、シルヴィならなんでも楽しんではくれるか。

 何をすればいいか、なんとなくだが思いつくし。


「命令ならやりますけど……。あ、交換条件でこちらからカレンさんに一つお願いが」

「中尉相当が大尉にお願いなんて度胸あるのよ?それで、なによ?」

「聖大祭が行われる一週間、杏里と杏子の護衛にフミカさんを付けてください。どうせカレンさん、手を回してフミカさんには何も任務は行ってないですよね?」


 聖大祭は一週間かけて行われる。

 初日、最終日は開閉式なので競技等は少ないので、実際の競技期間は五日になるが。

 あ、でも最終日に一応ダンスパーティーがあるので六日とも言えなくはないか。

 とにかく、俺が自由に動けなくなった以上は誰かにあの双子を見てもらわないといけない。

 フミカさんなら十分すぎるだろう。


「そうね。その一週間、フミカちゃんは非番…というか私のバックアップを頼んでおいたわ。あの子は学院に居てもらいたいから、しばらくは本部こっちと離すつもり」


 やっぱりな。

 といつかフミカさん自身、少尉を維持しつつ、前線に出るのを辞めたがっているから段々とフェードアウトする方向に切りたいらしい。カレンさんもその辺りはしっかりしているので大丈夫だろう。


「いいわよ。あの二人にはフミカちゃんを付けておくわ。あ、じゃあ次は私から個人的なお願いをしてもいい?」

「はい。何でしょう」


 カレンさんからの個人的な事、か……。

 この人も結構ぶっ飛んだことを言い出す人ではあるので何を言い出すか心配ではあるのだが……。


「アナタが今、軍用配給サーベルに付けてるキーホルダー、同じのをもらえる?」


 ちら、ちらと俺の腰に目を時折やっていたのはそれが理由か。

 ……ハッピーアニマルフレンズ、どこまで人気なのだろうか。人気の理由が分からない。

 全く同じ物、となると探すのは簡単だ。


「……用意しておきます」


 ちら、とピースサインをしながら自慢顔で笑う鳩を見る。

 めちゃくちゃ腹立つな、コイツ。



「ねぇ、リディ」

「なんでしょう、姫様」


 コルマンド国とイシュトゥリア帝国間の上空。自家用飛行機が飛んでいた。

 魔法のある世界で飛行機、というのも不思議な話だが……。

 その中で、第三王女たるリリシア・シルヴィア・コルマンドは側近にして秘書、近衛兵長のリディエル・ホロリーに話しかけていた。


「この国に直接来るのは何年ぶりかしら?」

「……公式の訪問なら五年ぶりです。以前の『連邦議事会』ぶりですので」

「そうね!そうよね!それで、当時のはまだ九歳で、軍学校にも入っていなくて、それでも強かったの知ってるかしら!?」

「その話はもう三十二回目です、姫様」


 自分の国の姫ながら、ルシウスの話になると狂ったように人が変わる様に呆れながらリディエルは会話相手になっていた。


「楽しみだわ。彼に会うの。……手紙では何度も何度もフラれてしまったけれど、今回は直接、気持ちを伝えるわ。シグは照れ屋さんだから、お手紙はちょっと恥ずかしかったのかしら?」

(照れ屋なら直接会うのは逆効果なのでは……?)


 リディエルは訝しんだ。

 が、リリシアはそのことに気づかない。


「私はね、どうしても。どーしても!彼と一緒になりたいの。分かる!?」


(姫様から聞いたルシウスの人物像から察するに彼の第一印象は厭世家だ。

 人を嫌い世を嫌い、疎んじ距離を置く。期待はせず希望も見ず現実を見る。

 だが、未来を見据え誰かを守ることを最優先にし、身命を賭して何かを救おうとする正に英雄たる人物。

 全てを救う、という大言壮語を実現してしまう人間。我らコルマンド国が三帥以外に警戒する人物がいるとすれば、ブロッセム家の人間と彼だ)


 リディエルのルシウスへの所見はこんなところだ。

 当たらずとも遠からず。

 本質的には見抜けているが、前提として欠けている物に気づけていない。


「姫様の件の方への想いは重々理解しているつもりです。ですが……」

「えぇ。きっと彼は私を受け入れてくれない。分かっているわ。それでも私は伝えたいの」


「『アナタはいつでも全てを投げ出していい』って言ってあげたい。彼は少し…いえ沢山の物を。私が、少しでも彼の分を背負ってあげた…背負わせて欲しいの」


「私の世界でたった一人の王子様。私は世界を敵に回したとしても彼の為に生きたいの」

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