憑依聖女の転生配信 4
それからしばらく、セシリアは配信を続けた。
そのあいだに、紗夜を殺めた犯人が捕まったというニュースを耳にする。セシリアにとっては既に前世の出来事だけど、それでも無念を晴らせたことは嬉しかった。
更には、ルミエや両親が配信に遊びに来る幸せな日々。
だけど、そんな幸せも長くは続かなかった。
カサンドラが、王太子から呼び出しを受けたから。
カサンドラは理由が分からないと言った様子だったけれど、リスナーから事情を聞いていたセシリアにはすぐに分かった。ローレンス王太子が、カサンドラに求婚するつもりなのだと。
だから、セシリアはこの幸せな日々がもうすぐ終わるのだと覚悟する。そしてこれが最後の配信になるかもしれないと、カサンドラの旅に同行することを主張した。
そして――
「こんやみ~。モノクロな夜に彩りを。かなこな所属のITuber、ノクシアだよ! 今日は事前に告知したように、カサンドラちゃんの様子を配信していくね」
ミラー配信に近い形で、カサンドラの様子を配信する。その配信は、ルミエを通じて呼んでもらった両親、それにマネージャー達も視聴している。
そしてセシリアの予想通り、ローレンス王太子がカサンドラに婚約を申し込んだ。
これは想定通りの展開。ただし、カサンドラがあそこまで動揺するのは想定外。セシリアは助け船を出し、彼女に考える時間が必要だとローレンス王太子に訴えた。
そんな中、リスナーの一人がその言葉を口にする。
『なあ、カサンドラお嬢様の配信はこれで終わるみたいなんだけど……ノクシアの配信は大丈夫なんだよな?』
ノクシアの配信スキルは、カサンドラのスキルで入手したものだ。だからそう思うのは必然で、だけどセシリアは、リスナーがそういう質問をしないように仕向けていた。
だからこれは初めての質問で――
「いままで隠しててごめんね。カサンドラちゃんの配信が止まったら、私も配信できなくなるの。だから、私も今日でお別れ、だよ」
唐突の告白にコメント欄がざわついた。
『うっそだろ!』
『これで終わりなんてないよ!』
『なんでいままで黙ってたんだよ!?』
『俺、カサンドラお嬢様に婚約しないでってお願いしてくる!』
数多くのコメントが流れる中、セシリアが予想していたコメントが流れた。
だから――
「――絶対にダメ!」
セシリアは小声で、だけど有無を言わせぬ口調で言い放った。
「私は配信が好き。VTuberとして、みんなと接するのが好きだった。だから、ITuberとしても、ずっとみんなと関わっていければいいなって、心から思ってるよ」
その言葉に、だったらどうしてといったコメントが多く流れる。
そんな中、セシリアは首を横に振る。
「でもね、このスキルを得られたのはカサンドラちゃんのおかげなの。なのに、そのカサンドラちゃんが幸せになるのを邪魔するなんて絶対にダメ!」
たしかな信念を持って言い放った。
それを聞いたリスナー達は皆、モニターのまえで複雑な顔をする。
『俺は、やっと再開したノクシアの配信を楽しみにしてた。でも……カサンドラお嬢様の配信も見てたんだ。あの子の幸せを犠牲にして……とは、言えないよな』
『私も配信は続けて欲しいけど、ノクシアの気持ちは分かるわ』
『私も哀しいけど、それがノクシアの意思なら受け入れるわ』
もちろん、賛成のコメントばかりじゃない。中にはカサンドラの配信で、事情を伝えようとするリスナーも現れた。だけど、そうした人達はコメントが出来ないと騒いでいる。
破滅配信の古参を始めとした一部の者しか知らないことだが、カサンドラの配信には、荒らしと判断されるようなコメントを弾くフィルターが存在するからだ。
カサンドラのためを思ったコメントはともかく、ノクシアのために――というコメントは、すべて弾かれている。
そして、ついにカサンドラが覚悟を決めた。
決意を秘めた顔で、ローレンス王太子に近付いていく。セシリアは「がんばれ」とカサンドラの背中に向かって呟いて、それからWEBカメラへと視線を向けた。
「みんな、ごめんね。少しのあいだだけど、みんなとまた話せて楽しかったよ」
『ホントに、これで最後なのか?』
『嫌だ、終わって欲しくない!』
『なんとかならないのかよ? 他に方法はないのかよ!』
いよいよとなって、ノクシアになんとかして欲しいという願うコメントがあふれた。その流れは加速して、もはや一人一人のコメントを読んでいる余裕はない。
セシリアは、それでもカメラに向かって語りかける。
「ルミエ先輩、それにマネージャー、こんな形でお別れすることになってごめんなさい。最後まで迷惑掛けっぱなしでごめんなさい。二人にはたくさん助けられました」
高速でコメントが流れる中、楽しかったという二人のコメントを見たような気がした。セシリアは目に涙を浮かべ、「私も、楽しかったです」と微笑んだ。
そうしているうちに、カサンドラが王太子に向かって口を開く。答えは出たのかと問うローレンス王太子に向かい、カサンドラがたしかに頷いた。
セシリアは涙で滲んだ視界でそれを見守りながら別れの言葉を続ける。
「お父さん、お母さん、今度こそ、お別れだね。私を産んでくれて、ありがとうね。二人とも、大好きだよ。みんなみんな、大好きだよ。だから――」
ばいばいと、セシリアがカメラに向かって口にしようとした瞬間、カサンドラがローレンス王太子に指を突き付けた。
「ローレンス王太子殿下、ガチ恋勢は出荷ですわよっ!」
僅かな沈黙。
その意味を理解したセシリアは、思わず吹き出しそうになって横を向いた。
『え、え? どういうこと?』
リスナー達には当然、カサンドラお嬢様の声も聞こえている。さきほどの宣言が聞こえたのだろう。困惑する声がたくさん上がった。
もちろん、間近で見ていたセシリアは状況を理解している。さっきは吹き出しそうになってしまったが、カサンドラがリスナーのために自分の幸せを諦めたのではと心配する。
けれど、それは後に続くやりとりですぐに誤解だと分かった。
だから――
「みんなごめん、あんなこと言ったけど、もうしばらく続けられそう」
ちょっと恥ずかしそうに訴えれば、『継続やったあああああああああああああっ!』といったコメントでウィンドウが埋め尽くされた。
そして――
・チャンネル登録数が1,500,000を越えました。
・配信スキルのレベルが2になりました。
・収益化が認定されました。
・スパチャが受けられるようになりました。
・ショップが解放されました。
・メッセージが届いています。
配信レベルが上がったというシステムメッセージが表示される。
(私のスキルにもレベルアップがあったんだ……)
カサンドラからレベルアップの概念は聞いていた。
けれどいつまで経ってもレベルが上がらないことから、セシリアは自分の配信スキルはレベルが上がらないものだと思い込んでいた。
だけど、いま、こうしてレベルが上がった。
(こうやってレベルを上げていけば、現状を変えられるのかな?)
カサンドラが婚約をした上で、異世界への配信を続ける方法が見つかるかもしれない。そう考えながら、セシリアはメッセージが届いているという一文をしなやかな指先でタップする。
新たに表示されたページにはこう表示されていた。
『書籍化の企画が進行中です』
セシリアは軽く目を見張り、つぼみが花開くように微笑んだ。それから胸に手を添えて瞳を閉じて深呼吸を一つ。パチリと目を開いた彼女は、WEBカメラに無邪気な笑みを向ける。
「
こうして、セシリアとカサンドラの異世界配信は継続することになった。
今日も明日も明後日も、異世界のリスナー達に元気を届けていく。二人の配信は末永く愛され、王国のあり方にも影響を及ぼしていくのだが……それはまた次の章で語ろう。
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