エピソード 1ー4
カサンドラはカメラを明後日の方向に向け、自ら用意した洋服を身に着けた。侍女のエリスがなにか言いたげな顔をしていたけれど、気にせず朝の準備を終える。
そうして屋敷の図書室へと足を運んだカサンドラは、資料を探しながらリスナーから自分が破滅する原因について詳しい事情を聞いていた。
カサンドラが破滅する直接の原因は、嫉妬に狂って悪事を働くこと。ゆえに、王太子と婚約しなければ破滅する最大の原因は排除される。
そして、王太子と婚約するのは、カサンドラ自身が当主である兄に願ったから、らしい。つまり、カサンドラが行動を起こさなければ、婚約の問題は解決したも同然ということだ。
ただ、カサンドラが破滅する原因はそれだけではないらしい。
「エクリプス侯爵家が没落する、ですか? あり得ませんわ」
本棚から目当ての本を見つけたカサンドラは、その内容を確認しながら否定した。続けて、その本を持って椅子に座り、机に本を広げて勉強を始める。
『そのあり得ないことが起きるんだよなぁ』
『作中では、聖女に危害を加えようとしたことで天罰が下されたとか評されてたな。主な原因は、疫病や飢饉の二重苦で領地が疲弊したことだっけ?』
『そうそう。飢饉や疫病が天罰だって話になって、カサンドラお嬢様が糾弾されるんだ』
『たしか設定では、その噂を流したのは傍系の連中、って話だったはず』
『一番の原因はカサンドラお嬢様の不祥事だけどな』
色々な意見がコメントとして表示される。それらを纏めると、エクリプス侯爵家が没落する原因は三つだ。
一つ目は、カサンドラの不祥事。
二つ目は、疫病や飢饉が発生。
三つ目は、当主の座を狙った傍系の暗躍。
「傍系の人達が暗躍、ですか?」
『カプリクス子爵家の令息がカサンドラお嬢様を襲おうとしただろう? あれはカサンドラお嬢様を手込めにした上で、現当主を排除して当主の座を乗っ取るという計画だったはずだ』
「そういえば、そんな話をしていましたわね」
リズに裏切られることが衝撃で、そちらに考えが至っていなかった。だが、冷静になって考えてみればあり得ることだ。
前侯爵夫妻は事故でなくなっている。それゆえ、兄のレスターが若くして侯爵の地位を継いだ。それから5年経ったとはいえ、レスターはまだ22歳という若さだ。
莫大な財と、強大な権力を併せ持つ侯爵家の当主という地位。それを未熟なレスターが一身に背負っている。傍系の者達が、それを奪おうとしても不思議ではない。
「お兄様は、そんな重責をずっと一人で抱えていたのですね」
『たしか、レスター侯爵は、カサンドラお嬢様の負担にならないようにその事実を隠しているはずだ。そんな話がサイドストーリーにあったと思う』
「お兄様が、そのようなことを……?」
兄に見放されていると思っていたカサンドラにとって、その言葉はとても意外だった。
『実は、かなり妹想いのお兄ちゃんよ』
『女性ファンも多かったよな』
『そうそう。必死でカサンドラお嬢様を護ろうとするんだよな』
リスナーによると、レスターは全てを投げ打ってカサンドラを救おうとするらしい。だが、結果としてエクリプス侯爵家の名誉は失墜し、カサンドラも領民の暴動で殺されてしまう。
「そのような結末が待っているというのですか……」
目を背けたくなるような末路。
それが自分の未来だと言うことに、カサンドラは泣きそうになった。
『カサンドラお嬢様、まだ落ち込むときじゃないぞ!』
『そうよ。そんな未来を変えるんでしょ? 私も協力するから、がんばってバッドエンドを回避――いいえ、どうせならハッピーエンドを目指しましょう!』
スパチャのメッセージで応援される。
「……そう、ですわね」
リズが裏切り、カサンドラが心に傷を負うという運命は変えられなかった。それでも、なにも変わらなかった訳ではない。少なくとも、いまのカサンドラにはリスナーがいる。
破滅の未来だって、がんばれば変えられるはずだ。
とはいえ――
「わたくしの悪事や、傍系の企みはともかく、飢饉や疫病は自然災害ではありませんか。それを防ぐなんて、一体どうすれば……」
『飢饉はともかく、疫病は自然災害じゃないぞ』
『だな。それに、飢饉の原因はともかく、飢饉自体は自然災害とは言い切れない』
「……そう、なのですか?」
この世界の文明は現代の日本と比べてずいぶんと遅れている。ゆえにカサンドラは対処不能な自然災害と捉えていたが、リスナーは対処が可能な現象だと主張した。
『それに、自然災害だったとしても、発生することが分かってるんだ。費用対効果を無視してでも、被害を減らす対策を取るべきだろう?』
「費用対効果、ですか?」
『一言で言えば、対策費と、それに対して得られる効果の兼ね合いのことだ』
「……あぁなるほど。そういうことですか」
カサンドラはすぐに理解を示した。そうしてリスナーに聞いたことをノートに書き留めていく。
『さすがハイスペックな悪役令嬢、理解が早い』
『え、どういうこと?』
カサンドラがすぐに理解したことで、理解できなかった者達のコメントが流れた。
『起きるかどうか分からないゾンビパニックの備えに全財産をぶち込むのはバカのすることだけど、一ヶ月後に絶対発生すると分かってるなら借金してでも備えるだろ?』
『たとえかたw でも分かりやすい』
エクリプス侯爵家が没落する運命なら、抗うために全力を尽くすのは正しい判断だ。たとえその結果、エクリプス侯爵家の財産を大きく減らすことになっても、没落よりはマシである。
問題は、その未来を知る人間が、カサンドラとリスナーだけという点。
「ありのままを話しても、お兄様は信じてくださらないでしょうね」
『だろうな。数年後に疫病と飢饉の二重苦で領地が半壊するから、その対策に全財産をつぎ込むべきだとか言っても、あたおか扱いがせいぜいだろうな』
「あたおか? あぁ……頭がおかしい、という意味ですか。言い得て妙ですわね」
(私自身、自分が将来破滅すると言われても、信じませんでしたものね)
それでも信じたのは、聖女の登場や、リズの裏切りを予言されたからだ。であるならば、兄も同じ方法で信じさせることが出来るかもしれないと考える。
「他に、近い未来を予知することは不可能ですの?」
『ん~後は本編が始まるまでは特にないかな? それに、基本はヒロイン視点だからな。未来予知が出来たとしても、ヒロインの周りで発生することがほとんどだな』
つまり、未来予知で兄の信頼を得ることは難しいということだ。
そう結論づけたカサンドラは、次善策を考える。そうして目に入ったのは、カサンドラが勉強に使っていた、内政に対する参考書。
「未来予知を証明できないなら、正攻法でお兄様を説得するしかありませんわね。リスナーのみなさん、わたくしが破滅するのは――災害が発生するのはいつですか?」
もしも一年後と言われればどうしようもない。けれどそうじゃないのなら――と、カサンドラはコメント欄を凝視した。果たして、カサンドラの望んでいた答えが表示される。
『乙女ゲームのエンディングが十八歳の頃だから、三年後くらいかな?』
(三年……ぎりぎりですが、可能性はありますわね)
三年後には、飢饉や疫病の対策を終えていなければならないから。そう考えれば、猶予は一年、あるいは半年くらいだろう。それも、傍系の企みを撥ね除けた上で、だ。
だがそれでも、足掻くだけの時間はある。
「厳しいですが、やらないという選択はありませんわね」
『やる気だけじゃダメなんだぞ?』
「そうかもしれませんわね。でも、やらずに後悔するより、やって後悔する方がマシですわ」
『格好いい』
『惚れた』
『でも、やらずに後悔するより、やって後悔するを実践したした結果、婚約者を取り戻そうとヒロインに嫌がらせをして破滅するんだよな?』
「そこ、うるさいですわよーっ!」
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