エピソード 1ー3

「……え? これは、どういう意味ですの?」

『なになに、どうした?』

『どういう意味ってなにが?』


 驚きに涙が引っ込んだ。リスナー達に促されたカサンドラは混乱しながらも、コメントの横に表示されているシステムメッセージを読み上げる。


『収益化きちゃーっ』

『おめでとうっ!』

『って、なんか変なの混じってない?』

『配信スキルのレベルって、なんか違う配信サイトが混じってないか?w』

『ってか、ショップってなんだ、そういう設定?』

「皆さんが知らないのに、わたくしが知るはずありませんわよ」


 言い切っちゃうカサンドラは、徐々にリスナーに染まりつつある。ひとまず、意識することで虚空に浮かぶカメラの向きを変え、肩越しにウィンドウが映るようにする。


「これで見えますか?」

『あ、いまの俺、カサンドラちゃんの肩越しにウィンドウを見てる』

『わかりみが深い』

『カサンドラお嬢様の恋人気分を味わえる切り抜きが捗る』

『ガチ恋勢は出荷よー』

『ソンナー』


 よく分からないやりとりが流れるが、カサンドラは華麗にスルー。「誰か、ショップについてわかりませんの?」とリスナーに問い掛ける。


『ショップなぁ……なんだろ? なんだと思う?』

『スパチャで買い物できるって設定なんじゃないか?』

『あーっ、たしかに。異世界の設定だと、普通に買い物できないもんな』

「スパチャで買い物、ですか?」


 ブランド名かなにかかしら? と、カサンドラは首を傾げた。


『スパチャって言うのは投げ銭だな』

『こんな感じで俺達がカサンドラちゃんにお金を送れる機能だ』


 最後のコメントには、3,000という数字が付いていた。そしてそれに触発されたように、いくつか数字が付いたコメントが表示される。


「え、つまりいま、わたくしは皆様からお金を施されている、ということですの?」

『言い方、言い方ぁ』

『施しワロタw』

『そういや、侯爵令嬢って設定だったか』


 そう言ったコメントが流れるが、カサンドラは本気で困惑していた。侯爵家の娘である自分が、他人から施しを受けるなど、本来であればあり得ないことだからだ。

 だが、次のコメントでカサンドラは考えをあらためる。


『マジレスすると施しじゃない。俺達はカサンドラお嬢様が配信してくれてることへのお礼、つまりは対価としてお金を支払ってるだけだから』

「……なるほど、そういうことでしたか」


 一方的に施されることには抵抗のあるカサンドラだが、仕事に対する対価だと言うのなら、お金を受け取るのも問題ないと納得する。


「では、スパチャはありがたくちょうだいいたしますわ。それで、ショップの使い方は……どうするのでしょう? ……端にあるお店のマーク? あぁ、これですか?」


 言われるがままにウィンドウの端をタップすると表示が変わった。コメントが表示されるウィンドウの横にある領域に、ものすごく精巧なイラストがたくさん表示される。

 それはすべて、カサンドラが初めて目にするデザインの服だった。


『いま流行ってる服やんw』

『異世界感が皆無で草w』

『これは普通の通販ですわw』

『解放されたばっかりだから、これから商品が増えるんじゃない?』

『かもだけど、どのみち魔術関係の、つまり異世界感のある商品は無理だろ。どう見てもヴァーチャルじゃないし。そんなもがあったら、ガチで異世界確定じゃん』


 気になるコメントを見つけ、カサンドラは首を傾げた。


「魔術なら使えますわよ?」

『そういう設定だろw』

『カサンドラお嬢様は闇系統の魔術が使えるんだっけ?』

『悪役令嬢って基本ハイスペックなんだよな』

「闇属性が得意なのは事実ですが、四大元素の魔法も簡単なものなら使えますわよ?」


 そう言って手の平の上に火球を生み出した。

 直後、一瞬だけコメントが停止した。

 そして次の瞬間――


『ファイアーボールきちゃああああああああっ!?』

『え、え? エフェクトだろ?』

『いや、ガチじゃね!?』

『いやいやまさか、そんな、マジで異世界なんて、あるはず……』

『ないない、ないって!』


 そんなコメントが大量に流れた。

 そうして一区切り付いた後、新たなコメントが投下される。


『なぁ、ふと思ったんだけど、このチャンネルが収益化の条件を達成したのって、ついさっきだよな? なのに、もう収益化が通ってるって、普通じゃあり得なくね?』

『言われてみれば、たしか審査に一週間以上掛かるはずよね』

『それに、スパチャだっておかしいって』

『え、なんかおかしいか?』

『さっき投げたのに、ウィンドウにもう入金額が金額が表示されてる。しかも、合計金額を計算したけど、明らかに手数料が引かれてる』

『え、待って、それほんと?』

『じゃあ……もしかして、カサンドラお嬢様って、本当に異世界の人?』

「わたくし、この洋服が気になるのですが……」


 リスナーがなにを言っているか分からない。それより、ショップに対するコメントがないかと目を通していると、次のコメントが目に入った。


『たしかこの乙女ゲームは、月が二つある設定だったはず』

「……月が二つあるのは当然でしょう? なにを言っているんですか?」


 カサンドラは意思の力でカメラを動かし、窓の外に浮かぶ二つの月に向ける。


『い、異世界きちゃああああああああああああっ!?』

『ガチだった』

『いやいや、おまえらダマされるなよ。あれはきっとプラネタリウムだ(震え声)』

『【速報】異世界からの配信はガチだった!【異世界配信】』

『おまえVirtualTuberじゃなくてIsekaiTuberだったのかよ!』

「あの、誰か、このショップの使い方を……」


 呟くけれど、誰もカサンドラの質問に答えてくれない。カサンドラは溜め息を吐いて、そのまま一人でショップにある洋服を眺め始める。


「……あ、このお嬢様風、春コーデとかいうの可愛いですわね」


 最初は戸惑っていたカサンドラだが、コツさえ摑んでしまえば操作は難しくない。残高が足りているのを確認して、気になったコーディネートのセットを購入した。

 とたん、目の前に現れる段ボール。


『ふぁ!? 虚空から段ボールが現れた!?』

『転送? 転移? ってか、マジのマジでガチだ!』


 異世界がどうのと盛り上がっていたコメントが、今度は段ボールの出現に盛り上がる。


「……というか皆様、カメラとかメッセージを表示するウィンドウとか、不思議なことがたくさんあったのに、どうしてこの程度で驚いているんですの?」


 カサンドラにとって月が二つあるのは常識だし、転移を含む魔術もそれほど珍しくない。異常に盛り上がっているリスナーをまえに、カサンドラはコテリと首をかしげた。



 結局、その日のリスナーが落ち着くことはなかった。

 カサンドラはコミュニケーションを諦め、カメラの扱いについて色々と試す。そうして分かったのは、意識をすることでカメラを十メートル程度は遠ざけられるという事実。

 カサンドラはこれ幸いとカメラを遠ざけてお風呂に入った。


 その後、カサンドラは寝る用意をしてベッドに潜り込んだ。だが、眠った際に意識を手放したためか、朝起きるとカメラの位置はいつもの場所に戻っていた。


『あ、起きた』

『起きちゃああああああああっ!』

『カサンドラお嬢様、異世界の住人って本当!?』


 カサンドラが起き上がった瞬間、物凄い勢いでコメントが流れ始める。一晩過ぎて落ち着くかと思ったが、むしろ寝るまえよりも勢いがすごい。カサンドラには分からないことだが、昨日の情報がSNSで拡散され、このチャンネルの視聴者数が爆発的に増えた結果である。


「……昨日に引き続き、会話になりそうにありませんわね」


 どうしたものか――と、カサンドラが考えた直後、ウィンドウに『コメントのピックアップ機能を使用しますか?』というメッセージが表示された。

 その『はい』の部分をタップすると、どういう原理かコメントの速度が一気に遅くなる。


「これならお話が出来そうですわね。という訳で、あらためまして、おはようございます。リスナーの皆様、出来ればわたくしが破滅を回避するための知恵をお貸しくださいませんか」


『そうだ、破滅!』

『これが乙女ゲームを舞台にしたい異世界なら、カサンドラお嬢様が破滅するのは事実ってことか。……え? バッドエンド確定?』

『ヤバイじゃんw』

「そう言ったのは皆様ですわよ? でも、回避する方法があるんですわよね? だから皆様、その方法をわたくしに教えてくださいませ。じゃないと、拗ねますわよ?」


『拗ねますわよw』

『可愛いw』

「そこ、うるさいですわよっ!」


 ちょっぴり照れたカサンドラが流れをぶった切る。


『ってか、てっきり宣材かなにかだと思ってたからなぁ。破滅って回避できるのか?』

『出来るんじゃないか? 乙女ゲームの悪役令嬢じゃなくて、乙女ゲームの悪役令嬢を題材にした、悪役令嬢モノの主人公ポジだった、ってことだろ? この差はでかいって』

『たしかに、前者なら破滅するけど、後者は破滅を回避するのが本筋だな』

『結末は違えど、どっちも死ぬほど苦労することには変わりがないんだよなぁ』


 昨日と少し異なる意見にカサンドラは困惑した。

 カサンドラは最初、リスナーが神様かなにかだと思っていた。だがこれまでのやりとりで、リスナーが必ずしも正しい訳ではないと理解する。


(であるなら、鵜呑みにするのは危険。情報を集めて自分で判断する必要がありますわね)


「皆様、わたくしが破滅する原因に付いて、詳しく教えてください」

『破滅する原因は――』


 カサンドラの問いに、リスナーがぽつりぽつりと答え始める。それによると、彼女が破滅する最大の原因は、嫉妬に狂って悪事を働くことだそうだ。


『つまり、悪事を働きさえしなければ、破滅はしないと思われる』


 リスナーが出した結論に、けれどカサンドラは眉を寄せる。


「それは……難しいかもしれません」

『……なんで?』

『ただ、悪事を働かなきゃいいだけだろw』

『悪事を働かないと死んじゃう人かなにかなの?』


 リスナーの突っ込みが入るが、カサンドラはいたって真面目だ。


「わたくしが悪事を働くのは、嫉妬に狂って、なんですわよね? 愛する婚約者が別の人と仲良くしてたら、嫉妬しない自信はありませんわ……」


 ちょっぴり頬を染め、恥ずかしそうに呟いた。

 一瞬コメントの流れが止まり――


『デレ、入りました!』

『可愛いかよ』

『可愛い』

『かわいい』

『カワイイ』


 物凄い勢いでコメントが流れ始める。


「う、うるさいですわよっ!」


 ますます赤くなった顔で怒鳴るけれど、まったくコメントが衰える気配はない。それどころか、照れるカサンドラを見て、ますますコメントの流れが早く流れる。


「も、もう! いいですから! もっと別の回避方法を教えてくださいませ!」

『婚約者に裏切られるのがダメなら、そもそも王太子の婚約者にならないように立ち回ればいいんじゃないかしら? 恋心的に手遅れじゃないなら、だけど』


 カサンドラはポンと手を合わせた。


「たしかに、婚約しなければ問題ありませんわね。恋心的にも問題ありませんわ」

『王太子が好きなんじゃなかったのかよw』


「婚約は愛する人と決めていますが、将来浮気されると知っては百年の恋も冷めますわ。それにわたくし、婚約する相手は、自分を一途に想ってくださる殿方と決めていますから」

『現実主義なのか乙女なのかハッキリしろw』

「そこ、さっきからうるさいですわよっ!」


 カメラを可愛らしく睨みつけた。

 

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