憑依聖女の転生配信 1
「みんなの夜は華やかになりましたか? かなこな所属のVTuber、ノクシアがお届けしました。――ってことで、明日も配信するからよろしくね!」
ノクシアの中の人である紗夜。VTuberとしての天真爛漫な彼女とは真逆の、黒髪ロングで、大人しそうな見かけの彼女はヘッドセットを外して小さく息を吐いた。
それからどこか急いだ様子で自分のチャンネルを確認した彼女は目を輝かせた。
「わぁ、もうこんなにチャンネル登録数が増えてる!」
彼女は最近デビューしたばかりのVTuberだ。かなたこなたという大きな企業からデビューしたと言うこともあり、スタートダッシュは順調だった。Vに憧れていた彼女は、自分がそのVとして活躍していることにこのうえない喜びを感じていた。
だけど、そんな幸せも長くは続かない。
「さてと、明日の配信に備えて買い物を済ませておこうかな」
深夜であるにもかかわらず、彼女は買い物をするために外出した。そして、そこで彼女に不正を告発され、会社を首になった男と出くわした。
いや、待ち伏せされていたと言うべきか。
そして――
「……あれ、私は……?」
目覚めたのは、古びたベッドの上。寝ぼけながら、どうして自分がこんなところにと考えた彼女は、男に刺されたことを思い出して飛び起きた。
「ここは……どこ? ……違う、私は知ってる。ここは孤児院で……っ」
ずきりと頭が痛み、様々な光景が頭の中に浮かんでは消えていく。彼女は紗夜であると同時に、セシリアという少女として十四年間生きてきた記憶を思い出す。
(これ、私がセシリアに転生……憑依? なんか、そんな感じで生まれ変わったってこと?)
前世で仕入れたにわか知識で、かろうじて現状を理解する。それと同時に、セシリアが生まれながらに治癒系の能力を使うことが出来る、普通とは違う子供であることも知る。
結果的に、彼女はその力である怪我人を救い、それが切っ掛けでエメラルドローズ子爵の養女となり、サクセスストーリーを歩むことになるのだが――
「この世界にはどうしてネットがないの? 配信できないじゃない!」
紗夜にとって重要なのはそこだった。
だから、エクリプス侯爵家のご令嬢、カサンドラが知り合いの治療を求めていると聞かされ、彼女が待つ部屋を訪れたときは本当に驚いた。
だって、彼女の近くにどう見てもWEBカメラっぽいものが浮かんでいたから。
「え? ……え? 嘘、どうして……?」
2Dアバターの配信でお世話になったWEBカメラ。そして、いつも配信中は別モニターに表示していたコメント欄まで虚空に浮かんでいる。
どう見ても配信中である。
カサンドラがその状況を把握しているかは不明だが、現代日本でも異質と思うほどの状況を、ネットもカメラも存在しない異世界でお目に掛かるとは夢に思っていなかった。
だから、信じられないくらい動揺して失言を重ねた。
だけど――
「わたくしは気にしませんわ」
カサンドラはセシリアのことを笑ったり叱ったりしなかった。他の貴族達の用に、値踏みするような不躾な視線を向けて来ることもない。
だから――
「あのっ! 私、カサンドラ様のお屋敷に遊びに行きたいです!」
思わずそんな言葉を口走っていた。
WEBカメラのことはもちろん、カサンドラ自身と仲良くしたいと思ったから。
そうしてエクリプス侯爵家を訪ねたセシリアは、カサンドラと仲良くなった。だが、配信についてはなかなか尋ねることが出来なかった。
これまで観察した結果、カサンドラがコメントを見ているのは間違いない。
だが、それらはなぜか他の人達には見えていない。そんな中、自分にも見えていると口にしたときの、カサンドラがどのような反応をするか想像できなかったから。
だけど、そんな状況にも転機が訪れる。
セシリアとカサンドラが仲良くしていると、コメントがてぇてぇで埋め尽くされた。それに視線を向けたカサンドラが、てぇてぇとはなにかと呟いたのだ。
瞬間、セシリアはこれ幸いとてぇてぇについて説明する。
彼女の瞳に浮かんだのは純粋な驚きで、警戒をするような素振りは見えなかった。だから新たな一歩を踏み出し、そのコメントが自分達のことを指しているのだと指摘した。
そしてカサンドラのスキルにあるショップ。
そこに配信セットが入荷されたことを知り、カサンドラにそれが欲しいとおねだりした。後から考えれば、何処までも自分勝手なお願いだった。
だけど――
「セシリアにプレゼントですわ!」
「カサンドラちゃん――好きっ!」
カサンドラは迷わずその配信セットをプレゼントしてくれた。だからセシリアは、この恩にいつか必ず報いると心に誓ったのだった。
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