憑依聖女の転生配信 2

「こんやみ~。モノクロな夜に彩りを。かなこな所属のVTuber、ノクシアだよ!」


 セシリアはカサンドラから配信のスキルをプレゼントされた。……わりと強引に強請ったとも言うが、とにかくセシリアは配信する力を手に入れた。

 憑依聖女の転生配信と銘打って、セシリアはエクリプス侯爵家の中庭で配信を開始した。もちろん、チャンネルは以前のものと違うし、SNSもなければ、かなこな公式の支援もない。

 配信を開始した直後は数人程度だった。

 だけど――


『え? アバターと背景がむちゃくちゃ綺麗なんだけど!?」

『マジだ。ってか、アバターむちゃくちゃ可愛い!』


 中身は新鋭のVTuberにして、乙女ゲームのヒロインを冠する見た目の少女。しかも声は起用された声優さんに由来している。まさに配信者になるために生まれたような存在。

 来客者の数は少なくとも、ふらっと立ち寄った者達の心を摑んで離さない。すぐにノクシアの配信は拡散され、数十人、数百人と視聴者数が増えていった。


「みんな拡散ありがとう! 冒頭にいなかった人がほとんどだと思うから、あらためて自己紹介をするね。私はノクシア。かなこな所属のVTuberだよ!」


 繰り返して挨拶をする。


『え、かなこな所属ってどういうこと? これ、企業勢のチャンネルじゃないよな?』

『ってか、ノクシアって、卒業したノクシアだろ? 見た目もぜんぜん違うじゃん』

『ノクシア、生きてたのか、よかった!』


 かなこな所属のノクシアという部分、最初はスルーされていたけれど、人が増えただけあって今度は反応したコメントが流れてくる。


「ん~、どこから説明すればいいかなぁ? 簡単に説明すると、私はノクシアの中の人。前世で死んじゃって、いまの身体に転生しました!」


 明け透けな物言いで、一発で理解できた人間はいなかった。

 困惑するコメントがいくつも流れてくる。

 そして――


『ええっと、ノクシアの中の人が、別のVTuberに転生したってこと?』

『あぁ、なるほどなぁ……って、それ、言っちゃダメな奴なのでは?』


 リスナー達はそんな結論に至る。


「はっずれー。正解は『ノクシアの中の人が異世界に転生して生配信中』でした!」


 これ以上ないほど、端的に現状をまとめた言葉だが、そう言われて理解できる人間はいないだろう。実際、コメントにはクエスチョンマークが飛び交っていた。

 だけど――


『あああぁぁあぁぁぁぁっ、セシリアちゃんだ! こんやみー』

「こんやみー。私のことを知ってるあなたはカサンドラちゃんのリスナーかな?」

『カサンドラお嬢様のお友達よ。拡散してくるわね!』


 セシリアがありがとうとお礼を言っていると、他のコメントも反応を始めた。


『セシリア? あぁ、言われてみれば、乙女ゲームのヒロインに似てるな。それをモチーフにしたアバターなのか?』

「あーそうだけどそうじゃないよ。というかいまの私、生身の人間だから」


 セシリアはカメラを引いて、全身が映った状態でポーズをとって見せた。背後に映る中庭の草花が風に揺れ、セシリアの髪やドレスもまたふわりと翻る。その一つ一つがCGではあり得ない――少なくともリアルタイムでは再現出来ないレベルだった。


『説明すると、セシリアはマジでノクシアの中の人だ。ノクシアの中の人が色々あって、乙女ゲームの世界で、ヒロインのセシリアに憑依したらしい』

『それ、本気で言ってるのか……?』

『信じられない気持ちはよく分かるから、破滅配信wikiでググれ。そしたら、俺が言ってることが嘘じゃないって信じられるはずだ』

『そんなコメントに釣られてたまるか……ちょっと行ってくる』


 お約束のやりとり。

 ほどなく、破滅配信やノクシアを知るリスナー達が集まってくる。


『セシリアちゃん、いや、ノクシアだっけ? とにかく初配信おめでとう~』

『こんやみ~』

『カサンドラお嬢様の配信から来ました!』


 お祝いのコメントが届く。もちろん、以前のノクシアからすれば少ない数だけれど、それでもセシリアは泣きそうなほどに感動する。

 そして――


『ノクシアの事情、まとめサイトで知ったよ。なんて言っていいか分からないけど、またノクシアの配信を見られて嬉しい!』

『ずっと待ってた!』

『ノクシア、配信してくれてありがとう!』


 前世の彼女になにがあったか、知る人達のコメント。突然卒業という形での失踪を遂げたにもかかわらず温かいコメントをくれる人々。

 セシリアは思わず涙をこぼしそうになった。


「ありがとう、みんな。私もみんなと会えて嬉しいよ!」


 最初は、これまでになにがあったかといった感じの雑談。その頃には、まとめサイトを見てきた人達が戻ってきて、応援するといった主旨の言葉が飛んでくる。。

 そして――


『ノクシア! ねぇ、本当にノクシアなの!?』


 ウィンドウに表示された、何処か必死な感じのコメント。既に似たようなやりとりを何度もしていたセシリアは、そのコメントをスルーしようとした。

 だけど、ふと気になってユーザー名をたしかめる。


「……え? ルミエ先輩?」


 そのIDは、かなこな所属の先輩VTuber、ルミエ・ノクターナのものだった。


『え、ルミエ先輩って、ルミエ・ノクターナ?』

『ホントだ、ルミエお嬢様がいるぞ』


 他のVTuberが現れたことでコメント欄が騒がしくなる。セシリアはすぐに彼女にモデレーターの権限を渡し、そのコメントを確認しやすくした。


「ルミエ先輩、お久しぶりです。その……連絡出来なくてすみません」

『事情はまとめサイトで見たよ。というか、私もときどきだけど破滅配信を見てるから。まさか、セシリアがノクシアだとは思わなかったけど、ね』

「信じて、くれるんですか?」

『それはこれからたしかめるわ。ということで質問よ。私とノクシアのオフコラボで起きたハプニング。ノクシアが私にされたことは……?』


 質問を読み上げ、ノクシアは思わず苦笑いを浮かべる。


「スカートを脱がされた、ですよね?」


 僅かな沈黙。コメントが『は?』『なにそれ詳しくw』なんて並ぶ中、ルミエが『正解』と書き込んだことで、コメントが大いに加速する。


「いや、違うのよ? 私が初コラボで緊張してて、飲み物をスカートに零しちゃったの。そしたら、洗濯する、変わりのスカートを貸すからって、半ば強引に……」

『それはてぇてぇw』

『えっちなのはいけないと思います』

『ルミエお姉様、リアルでもお姉様なのなw』


 そんなコメントが流れる中、『ほんとにノクシアだああああああああああっ!』と、ルミエが書き込んだ。セシリアは「ちょっと、興奮しすぎですよ」と苦笑い。


『だって、あんなことがあって……私、すごく哀しかったんだよ?』

「そう、ですよね。ごめんなさい」

『どうしてノクシアが謝るの!? 悪いのはノクシアを殺した人じゃない!』


 ルミエのコメントに、事情を理解していなかったリスナー達がざわめいた。だけど、事情を知るリスナー達の説明により、そのざわめきは沈静化していく。

 そんな中、少し冷静になったのか、ルミエから『ごめんなさい』とコメントが届く。


「いえ、私も暴露してますし、気にしなくて良いですよ。それより、私はもう一度こうして、ルミエ先輩とお話が出来て嬉しいです」

『私も嬉しいわ。またいつかコラボしましょうね』

「……それは、出来ればそうしたいんですが……」

『分かってる、いまは出来ないんだよね? でも、カサンドラお嬢様のスキルと同じならレベルアップするんでしょ? そうしたらいつか、コラボできるかもしれないじゃない?』

「そう、ですね……」


 セシリアは少しだけ寂しげに視線をカメラから外す。

 そうして、コメント欄の横にあるシステムウィンドウに視線を向けた。カメラに写らないようにして操作すれば、そこに配信スキルの説明が表示される。


『この配信スキルは、カサンドラが所有するネットワークを介しているため、カサンドラの配信スキルが停止した場合、このスキルでも配信が出来なくなります』


 カサンドラの配信スキルは、恋人や婚約者を作ると消失すると書かれていた。

 セシリアのように、ITuberとして生きることを望んでいるのなら問題はない。けれど、カサンドラは傍目にも王太子に恋していて、幸せな未来を勝ち取ろうとがんばっている。

 つまり、この配信にはタイムリミットがあると言うことだ。


「……ノクシア?」


 ルミエのコメントが目に入る。

 セシリアはなんでもないように顔を上げて微笑んだ。


「――はい。そのときは先輩とコラボしたいです」

 

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