憑依聖女の転生配信 3
ルミエと果たせるか分からない約束を交わす。
ほどなく、ルミエは『ちょっと待ってて!』とコメントを投稿した。
「待つのはいいけど……なんだろう?」
呟くけれど反応はない。その代わり、いまのやりとりを見ていたリスナー達が、本当にノクシアなんだ……と驚いている。
やはり、実際にこういうやりとりを目にした方が信じやすいのだろう。
とにもかくにも、セシリアは久しぶりの雑談配信を続ける、そうしてそろそろ今日は切り上げようかと考えていたそのとき――
『ただいま、ノクシア! 以下のIDをモデレーターに登録して!』
ルミエが再びコメントを書き込んだ。そうして言われたとおり、指定のIDに権限を与えると、ほどなくしてそのIDがコメントをした。
『お久しぶりね、ノクシア。水瀬です』
「水瀬って……マネージャー!?」
『はい。本当にノクシアなんですね。転生したと聞いてびっくりしましたよ』
「あーその、すみません……」
セシリアはリアルで生まれ変わった関係から、いまもノクシアを名乗っている。だが、本来であれば、企業勢のVTuberが転生し、前世を暴露するのは色々と問題だ。
叱られるかもと目を伏せるが、マネージャーはそれをすぐに否定した。
『誤解しないでください。驚きはしましたが、咎めるつもりはありません。というか、さすがにこんなことは想定していませんでしたからね』
『そりゃ中の人が転生するとは想定しないわなw』
『草生えるw』
『想定してたら逆にやべぇw』
そういったコメントが流れ、セシリアもまた「それはそうだよね」と苦笑いを浮かべた。
その後、マネージャーから提案されたのは、このアーカイブを公式が切り抜いて使用する契約だ。その代わり、セシリアは引き続きノクシアとして活動を続けてもいい、という話。
異論はない――が、いつまで配信を続けられるか分からない。そのことをこの場で言うわけにも行かず、セシリアは特に交渉もせずに問題ないと応じた。
『ありがとうございます。では、収益については、以前通りの配分を考えています』
「あぁ、もう私は受け取れないから、そっちで好きにしてくれればいいですよ。色々と迷惑を掛けてしまいましたし、迷惑料とでも思っていただければ」
『いいえ、迷惑だなんてとんでもありません。それと、収益についてはこちらの方に委ねようと思っています。少し代わりますね』
代わる? と、セシリアが首を傾げる。
ほどなく、同じIDで『……本当に紗夜なの?』というコメントが書き込まれた。それを見た瞬間、セシリアの鼓動がドクンと脈打った。
紗夜というのは、セシリアに憑依した彼女の名前。
ただの文字列でしかないその一言に、だけどセシリアは確信を抱いた。
「……お母さん」
セシリアの言葉にコメントがざわつく。だが、コメントを控えてあげてというルミエ達のコメントがあり、ほどなくしてコメントの流れはほとんどなくなった。
そして――
『紗夜、なんだね?』
「……うん。そうだよ、お母さん。お母さんの肉じゃが、また食べたいよ」
懐かしさを感じながら、いつものわがままを口にした。でも、そのわがままが、もう二度と叶えられないことに気付いて泣きそうになった。
「……ごめん、なさい。お母さん、ごめんっ、逆縁の親不孝をした悪い娘でごめんなさいっ」
水色の瞳が涙に滲み、頬を伝って零れ落ちる。
ほどなくして、『謝らないで、紗夜。あなたがあんなことになってとても哀しかったのは事実よ。だけどこうして、あなたが生きていると知って嬉しいわ』とコメントが表示された。
「……お母さん。お母さん……っ」
セシリアと母親の仲はいたって普通だった。特に良くもなければ悪くもない。そんな関係。だけど、こうして死んで初めて。自分がどれだけ母親に愛されていたのかを知った。
セシリアは止め処なくあふれる涙を指で拭いながら母の名前を連呼する。
だけど――
『それに、以前より可愛くなってよかったわね』
「……お母さん?」
そのコメントを見て涙が引っ込んだ。
『わろたw』
『ノクシアのお母様が辛辣で吹いたw』
『いやまぁ、仕方ないんじゃないか? 前世がどれだけ可愛かったとしても、いまのノクシアは、乙女ゲームのヒロインが具現化してるわけだし、さすがに比べれば……なあ?』
『絶世の美少女と言っても過言じゃないからなw』
そんなコメントが流れて笑いを誘う。それから、セシリアは母といくつかのやりとりを交わした。それを受け入れてくれる優しいリスナー達。
そうして、あっという間にスキルの制限である、配信の終了時間が近づいてきた。
『紗夜、これからも配信を続けるのよね?』
「うん。出来る限り続けるつもりだよ。だから、また見てくれると嬉しいなっ」
セシリアは母に別れの挨拶をして、それから今度はリスナーに意識を向ける。
「それじゃあ今日はこの辺で。みんなの夜は華やかになりましたか? かなこな所属のITuber、ノクシアがお届けしました! ――みんな、大好き!」
セシリアはそういって配信を切った。
それは、カサンドラが王太子から求婚される僅か一ヶ月ほどまえの出来事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます