エピソード 3ー4

 聖女が創り出した幻想的な光景。人の心を惹きつけて止まないその姿に、カサンドラはずっと見ていたいという想いを抱く。けれど、ほどなくしてその神聖な光は霧散した。

 セレナは――と、視線を向ければ、彼女は胸を押さえて俯いている。


「……解呪は、どうなったんですか?」

「心配は要りませんわ。だって、ほら――」


 見たら分かるでしょ? とばかりに、セシリアがセレナを示す。


「……ほらと言われましても、分かりませんわ」

「そうなのですか? でも大丈夫ですよ。――セレナちゃん、どう?」

「……しく、ない」

「うん?」

「苦しくない! 身体がすっごく楽になったよ!」


 セレナがぴょんと跳びはねて、それから着地に失敗してふらついた。その身体を、慌てて飛び出したセシリアとヴェインが支える。


「セレナ!」

「セレナちゃん!」


 二人揃ってセレナに声を掛け、それから互いの存在に気付いたように顔を見合わせる。


「……セシリア様、だったか?」

「セシリアでかまいませんよ」

「いや、聖女様でしかも恩人をそのように呼ぶ訳には……」

「その恩人がいいと言っているのに、ですか?」

「……分かった。ならセシリアと呼ばせてもらおう。それで、セレナは大丈夫なのか?」

「呪いが解けたといっても、身体は弱ったままです。回復までは時間が掛かると思います。ですが、原因は取り除かれているので、すぐによくなるはずです」

「……そうか。感謝する」

「どういたしまして」


 心を許したヴェインの笑顔に、セシリアもまた満面の笑みで応じた。傍目に、なにやらいい雰囲気だなと、カサンドラはその様子を見守った。


『これは……聖女はヴェインルートに入りそう?』

『どうだろう? 原作ゲームだと、ルートが決まるのかなり終盤だからなぁ』

『俺はカサンドラお嬢様とセシリアちゃんのルートが見たい』

『カサンドラちゃんは俺の嫁だから』

『ガチ恋勢は出荷よーっ』

『ソンナー』


 リスナーも同じように感じているのか、そんなコメントが流れている。

 そしていつもの様式美。

 出荷される人達を見てクスクスと笑っていると、不意に視線を感じて顔を上げる。そこには、ものすごくなにか言いたげな顔でこちらを見ているセシリアの姿があった。


「……セシリア様?」

「ねぇ、それ……」


 セシリアがなにかを言いかける。だけどその言葉を彼女が紡ぐ寸前、セレナのお腹が可愛らしく鳴った。とたん、恥ずかしそうに俯くセレナ。


「エリス、食堂でセレナさんになにか食べさせてあげて。セシリア様、わたくしは少しヴェインさんと仕事の話があるので、セレナさんをお願いしてもよろしいですか?」

「うん、いいよ。じゃあ、セレナちゃん、行こっか」


 セシリアが手を差し伸べた。

 セレナは戸惑いつつも、ヴェインに視線で確認を取ってセシリアの手を握る。そうして仲良く立ち去っていく姿を見送って、カサンドラはヴェインに視線を戻す。


「可愛らしい子ですわね」

「ああ、自慢の妹だ。だが……」

「心中はお察しいたしますわ」


 可愛すぎるがゆえに、貴族の妾にされそうになり、断ったことで呪いを掛けられた。誰もが羨むような愛らしさを持っているが、それゆえに辛い日々を送ることになった。

 羨ましい――とは言い難い。


『俺らの世界じゃカワイイは正義なんだけど、この世界じゃ違うんだな……』

『力なき可愛さは悲劇を呼ぶんだな』

『力なき正義みたいに言うなw』

『力なき可愛いは可憐だろう、いいかげんにしろw』


 リスナーも同情的なコメントがほとんどだ。カサンドラ自身もセレナに同情している。だが、同情をしているだけじゃなにも変わらない。


「ヴェインさん、復讐を望みますか?」

「……なんだと?」

「相手は分かっているのでしょう?」


 原作ストーリーでは、ヴェインはセレナの呪いが解かれたことで満足し、セシリアと共に歩く未来を選ぶ。ゆえに、呪いを掛けた貴族が誰かは語られない。

 そこに、カサンドラはあえて切り込んだ。


『おいおいおい、カサンドラお嬢様!?』

『自分がどうして破滅したのか忘れたのか?』

『そんなデリケートな問題に首を突っ込んで平気なのか!?』


 リスナーのコメントが目に入る。カサンドラはヴェインに人を陥れる依頼をして破滅する。彼に復讐を唆すのはかなり危険な行為だ。

 だけど――


「わたくしは、復讐が無意味だとは思いません。それに、貴方は赤い月を情報ギルドとして運営している。その貴族の悪事を暴くためなのでは?」

「……もし、そうだと言ったら?」

「協力いたしますわ。わたくしなら、その証拠を有効に使えます」


 庶民がそのような証拠を提出しても握りつぶされるのがオチだ。だが、エクリプス侯爵家の娘であるカサンドラがその証拠を使えば、その貴族を断罪することが出来る。

 つまり、ただの復讐ではなく、それが正義の鉄槌ならば問題はない。

 カサンドラはそう考えている。


「嬢ちゃんは、その貴族が何処の誰か知っているのか?」

「いいえ、存じておりませんわ」


 ただし、原作ストーリーでは語られないという事実は分かっている。つまり、原作のストーリーに影響のない相手である可能性が高い、ということだ。

 だが、ヴェインはその相手を知っているかと問うた。相手が取るに足らない相手なら、エクリプス侯爵家の娘であるカサンドラには、聞く必要のない質問であるはずなのに、だ。

 その理由はいくつか考えられるが、カサンドラはそのうちの一つにあたりを付けた。


「……察するに、エクリプス侯爵家の傍系、ですか?」


 問い掛けた瞬間、ヴェインが警戒心を剥き出しにした。


「もしそうだと言ったら……どうするつもりだ?」


(これは、当たりですわね)


 やぶ蛇状態だが、確認しておいて正解だとカサンドラは安堵する。

 放置すれば、セレナを救ったとはいえ、しょせんはセレナを呪った貴族の親戚に過ぎないと、そう思われたままである可能性もあった。


「傍系の者だったとしても、悪事を働いているのなら断罪いたしますわ。それに、これはここだけの話ですが……傍系の者達は、お兄様の地位を狙っています」


 つまりは敵。だから一緒にしないで欲しいとほのめかす。


「……理解した。だが、嬢ちゃんが俺の用意した証拠を悪用する可能性はないのか?」

「傍系の勢力を削ぐことが出来るのなら満足ですわ」


 自分にも利があると微笑めば、ヴェインもまた笑い声を上げた。


「くくっ、なるほどな。その貴族を断罪することが、嬢ちゃんの利益に繋がるのか。善意だと言われるよりよほど信頼できる」

「では、お任せいただけますか?」

「ああ、俺が調べ上げたすべてを嬢ちゃんに託す」


 こうして、ヴェインから傍系が働いた悪事の数々を聞くことになる。

 セレナに呪いを掛けさせたのは、カプリクス子爵家の当主だった。

 だが哀しいかな。その件にまつわる証拠はない。そもそも、呪いを掛けさせたのがカプリクス子爵家の当主であって、呪いを掛けた実行犯は別にいる。

 ゆえに、仮に証拠を摑んだとしても、カプリクス子爵を断罪することは不可能だった。


 だが、だからこそ、ヴェインはカプリクス子爵の悪事を調べ上げた。その事実を上手く使えば、十分にカプリクス子爵を破滅に追いやるだけの情報が揃っていた。


(執念、ですわね。もし、わたくしが道を誤っていたら……)


 その執念はカサンドラに向けられていた。それこそが、原作ストーリーでカサンドラが破滅させられる要因になる。

 カサンドラは、その因果をいま、断ち切った。


「カプリクス子爵には必ず報いを受けさせると約束いたしましょう」


 先日の件とあわせて、当主の座を引き下ろすには十分だ。ただ、放っておけば、代替わりした当主が、エクリプス侯爵の地位を狙うかもしれない。


(エクリプス侯爵家に好意的な人物を後釜に据えることが理想ですわね。その辺はお兄様にお任せするといたしましょう)


 レスターに相談することを決め、カサンドラは意識を切り替える。


「話が逸れましたわね。スラムの話に戻しましょう」

「ああ、事業の話だったな。だがそのまえに――」


 ヴェインがおもむろに背筋をただした。

 それから、静かな眼差しをカサンドラに向ける。


「嬢ちゃん、いや、カサンドラお嬢様。妹を救っていただいたこと、心より感謝いたします」


 口調をあらためた――だけでなく、カサンドラに向ける態度が一変する。


『ヴェインがカサンドラお嬢様を認めたんだな』

『え、どういうこと?』

『ヴェインは貴族に不信感を抱いていた。だから相手が貴族だったとしても、自分が認めた相手にしか敬意を払わないんだ』

『原作のヴェインが、聖女やローレンス王太子に対して態度をあらためるのは、重要なイベントのあとだったものね』

『あぁ……そっか。カサンドラお嬢様に感謝したから、敬意を払ったんだな』

『セレナちゃんに呪いを掛けたのがエクリプス侯爵家の親戚だったなら、心の何処かでは警戒されていたはずだ。そう考えれば、さっきのはお嬢様のファインプレーだったな』


 コメントで言われるまでもない。

 カサンドラはそれを直感的に理解していた。


「感謝は受け取ります。けれど、そのように口調をあらためる必要はありませんわ」

「ですが――」


 彼がなにか言おうとするが、カサンドラの穏やかな眼差しを見て口を閉じた。


「……いいのか?」

「どのような口調であろうと、貴方の敬意は十分に伝わっておりますもの。それに、スラムの方々を纏める貴方がわたくしに媚びへつらっていると皆が不安に思うかもしれませんから」


 だから、どうかそのままでと微笑めば、ヴェインは口笛を吹いた。


「嬢ちゃん、将来はいい女になるな」

「あら、わたくしはいまでも十分にいい女ですわよ?」


 攻略対象に相応しいイケメンの甘い言葉にも動じず、カサンドラは妖しく微笑んだ。これが原作のゲームなら、一枚絵が使われそうなシーンにリスナーがざわついている。


『ヴェイン様、格好いい!』

『カサンドラお嬢様がちょろくない、だと?』

『ローレンス王太子殿下に弱いだけなのかも?』

『一途で可愛い! といいたいところだけど、相手が相手だからなぁ……』

『カサンドラお嬢様、破滅不可避なの?』


 コメントを読んだカサンドラは「ぶっとばしますわよ!」と独りごちた。

 

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