エピソード 2ー6

 スラム街を仕切る闇ギルド、赤い月の協力を得ることが出来た。

 彼らは義賊であり、取り扱うのは主に情報。弱者であるスラム街の住人からの信頼を得ている。そんな彼らを味方に付けたことで、スラム街の改革は静かに始められた。


 もちろん、小さな問題は発生した。

 だが、それはカサンドラの仕事ではない。スラムの人々を動かすのは赤い月の者達で、その赤い月の人々に指示を出すのは文官のリリスティアだからだ。


 よって、カサンドラは彼らを信じて次の行動を開始。まずはヴェインの妹を救うため、そしてトウモロコシの種を入手するため、エメラルドローズ子爵に接触を試みる。


 本来であれば、侯爵家の娘が子爵に会うことは難しくない。

 だが、いまの子爵は聖女の養父だ。同じようにして聖女との接触を試みる貴族は多くいるだろう。その中の一人に成り果ててしまうと、お断りされてしまう可能性が高い。


 そこでカサンドラが目を付けたのはリスナーから得た、ローレンス王太子が定期的に開催しているパーティーで、聖女のお披露目がサプライズでおこなわれるという情報。

 その機会を使って、エメラルドローズ子爵との接触を試みる。


 という訳で、王都で開催されるローレンス王太子のパーティーへの出席を決める。レスターの許可を得たカサンドラが向かったさきは、エクリプスの領都にある儀式場だ。

 その厳かな建物の最奥に、巨大な魔法陣が描かれている。それは偉大な魔術師が生み出した転移陣、転移の術を発動するための施設である。

 相応のコストが掛かるが、一瞬で遠くの地へ転移することが出来る。


 カサンドラの一行がその魔法陣の上に立てば、魔術師達が儀式を開始した。そしてほどなく、カサンドラの一行は王都にある儀式場へと転移する。


「……これが、転移の術ですか。思ったよりもあっけないのですわね」


 ぽつりと呟いたのは、筆頭侍女のエリスである。

 それを聞き、意外そうな顔をしたのはウォルターだった。


「エリスは転移を使うのは初めてなのか?」

「ええ。起動に高価な魔石と魔術師達の協力が要りますもの。私ごときではおいそれと使うことは出来ませんわ」

「なるほど、たしかにコストは馬鹿にならないからな」

「その様子だと、ウォルターさんは使ったことがあるのですか?」

「騎士は魔物の討伐も仕事だからな。地方の救援に駆けつけるときに使うことがある」


 二人のやりとりを横目に、カサンドラは配信のウィンドウに目を向けていた。

 先日配信スキルのレベルが上がり、コラボ機能なるものが実装された。その項目は、いまもウィンドウの片隅に表示されているが、肝心の機能がいまだに分かっていない。

 カサンドラはおもむろに、そのコラボ機能をタップしてアクティブにした。

 だが――


(やはりなにも起きませんわね)


 コラボがなんなのかは、リスナーから教えてもらっている。

 だが、この世界の商品を宣伝したところで、異世界のリスナーには購入手段がない。それに、この世界にカサンドラ以外の配信者がいるとは思えない。

 という訳で、コラボ機能は死蔵したままである。


『結局、そのコラボってなんだったんだ?』

『謎のままらしいよ』

『そのコラボ機能、気になりますよね。カサンドラお嬢様とコラボできないか試したいから、その機能をオンにしたままにしておいてくれませんか?』

『そうか、凸待ち企画に使える可能性があるのか!』

『って、かなこな所属のルミエお姉様じゃねぇか』

『マジだw ついにVTuberに視聴されるようになったかw』

『カサンドラお嬢様とルミエお姉様のコラボと聞いて』


 どうやら、リスナーの中に異世界のVTuberがいたらしい。それをリスナーから教えられたカサンドラは、要望に従ってコラボ機能をアクティブにしたままにする。

 そうして顔を上げると、ちょうどエリスがやってくるところだった。


「カサンドラお嬢様、馬車の用意が調いました」

「そう。ならば王城に参りましょう」


 侯爵家の馬車に乗り込み、王太子主催のパーティーが催される会場へと向かう。

 開催場所は王城――ではなく、王都の中心にあるエンシャントパレス。パーティーのためだけに作られた、煌びやかなパーティー会場だ。

 カサンドラの一行はその会場のロータリーまで馬車で乗り入れた。


 身元の確認はおこなわれるが、カサンドラの一行は顔パスだ。会場の入り口を開けば、煌びやかな光が目に入った。魔導具の灯りに照らされたシャンデリアだ。

 その幻想的な光に照らされたフロアには人々がひしめいている。


 とはいえ、社交シーズンではないいま、参加者は王都に滞在する貴族が大半だ。

 エクリプス侯爵家のように、領地に転移陣を所有している大貴族はともかく、そうでない貴族達は移動だけでも相当な時間が掛かるからだ。


「これなら接触する機会はありそうですわね」


 聖女の養父として、エメラルドローズ子爵は注目を浴びているはずだ。だが、高位貴族の参加者が少なければ、カサンドラがエメラルドローズ子爵に接触することは難しくない。


 子爵を探すべく、カサンドラが会場へと足を踏み入れる。エクリプス侯爵家のご令嬢の登場に、参列客の視線が集まった。

 ――否。その言葉は正確ではない。

 視線が集まったのは、カサンドラが他の令嬢達よりひときわ輝いていたからだ。


『なぁなぁ、みんなカサンドラお嬢様のことを見てないか?』

『カサンドラお嬢様が美少女だから?』

『それもあるとは思うけど……なあ?』

『一人だけ服のデザインどころか、素材の質まで違うからなw』


 カサンドラが身に付けるのは、スパチャで買ったドレスだ。古き時代の――つまりは、カサンドラが生きている時代のドレスを元に、近代の技術で生み出した最高級の一品。

 それを身に付けるカサンドラはこのパーティー会場の誰よりも輝いていた。元々の素材のよさも相まって、いまのカサンドラはヒロインのようだ。


 そんな彼女が悠然と会場を歩く。

 その行く先に青年の姿が目に入った。サラサラのプラチナブロンドに、優しげなブルーの瞳。甘いマスクの彼は、ローレンス・ノヴァリス王太子である。


「ローレンス王太子殿下、やっぱり格好いいですわね~」


 思わず見惚れたカサンドラの本音が零れ落ちる。


『出会って三秒で落ちたw』

『カサンドラお嬢様ちょろい?』

『破滅しちゃうよ?』

『気をしっかりっ! 王子がイケメンなのは分かるけどw』

『カサンドラお嬢様が……寝取られる?』

『ユニコーン勢がアップを始めそうだなw』


 それを見たカサンドラはハッと我に返った。


(そうでした。彼に惚れたら火傷ですみません。と言うか、彼は浮気をするんですわよ? そんな相手に見惚れてどうするんですの、しっかりなさい!)


 自分を叱咤して、冷静さを取り戻す。

 幸いにして、この状況でカサンドラが彼に挨拶をする必要はない。こういった場所で声を掛けていいのは、目下の相手に対してだけ。というマナーが存在するからだ。


 コネを得たい下級貴族が、上級貴族に群がるのを防ぐためのマナーだが、いまはそのマナーを利用させてもらおうと、カサンドラはその場からの退散を試みる。

 だがそれより一瞬早く、ローレンス王太子が歩み寄って来る。そうしてカサンドラがまずいと思ったときには手遅れで、会場のど真ん中でローレンス王太子と向かい合っていた。


「カサンドラ、こうして会うのは俺が十歳になったときの誕生パーティー以来だな」

「ローレンス王太子殿下、覚えていてくださったのですか……?」


(まさか、八年もまえのことを覚えていてくださるなんて……っ)


 頬を赤らめる乙女の誕生である。


『カサンドラお嬢様、気をしっかりw』

『俺のカサンドラちゃんが寝取られるううううううっ!』

『ガチ恋勢は出荷……いえ、ガチ恋勢はカサンドラお嬢様よー』

『そんなああああああああああああぁぁあぁぁぁっ』


 それらのコメントが視界に入り、カサンドラは再び正気を取り戻した。そうして拳を握り締め、ぷるぷるとローレンス王太子の甘い誘惑に抵抗する。


(しっかりなさい、カサンドラ! ローレンス王太子殿下は素敵だけど、浮気されるのも、破滅するのも嫌でしょう? と言うか、彼は最初から聖女の彼氏だと思いなさい!)


 将来浮気するのが確定なら、それは現時点から他人の男も同然である。だから、他人の男に惹かれるなどあってはなりませんわ! と自分を言い聞かせる。


「カサンドラ、どうかしたのか?」

「失礼いたしました。ご無沙汰しております、ローレンス王太子殿下。しばらく見ないうちに、一段と格好よくなられましたわね」


 本音で褒めつつも、こうやってお世辞を言えるくらい気にしてませんわよアピールをする。だが、カサンドラにとってそれは悪手だった。


「そうか? そういうカサンドラも綺麗になったな」


 完璧なカウンターを喰らったからだ。

 整った顔で優しげな笑みを浮かべて言い放つ。その一撃に胸を撃ち抜かれたカサンドラは身悶えて、「す、少し失礼いたしますわ」と後ろを向いた。

 そうして、ひっつかんだカメラに向かっていまの内心を吐露する。


「あ、あの方、わたくしを破滅させに掛かってますわよ!?」


 悲痛な魂の叫びをあげた。


『ワロタw』

『たしかに破滅させに掛かってるなw』

『いや、カサンドラお嬢様の自業自得では?』

『カサンドラお嬢様チョロイン説』

『私はローレンス様推しだけど、たしかにカサンドラお嬢様の立場だと困るわよねw』

「……カサンドラ?」

「はっ、いえ、なんでも――」


 背後から聞こえるローレンス王太子の声。

 慌てて慌てて振り返ったカサンドラは、いつの間にか真後ろに立っていたローレンス王太子と間近で顔を見合わせることになって息を呑んだ。

 ぼんっと、彼女の顔が赤く染まる。


「カサンドラ?」

「あ、いえ、その……あっ。そうですわ。ローレンス王太子殿下は、噂の聖女にはお会いになられましたか? なんでも聖属性の魔術に特化したお方だとうかがいましたが」


 今日のパーティーでお披露目されることをリスナー情報で知っている。あわよくば、ローレンス王太子に紹介してもらえればと思って探りを入れた。

 だけど、返ってきたのは思わぬ反応だった。


「あぁ……聖女か。聖属性の魔術に特化しているのは事実だ。実はこのパーティーでお披露目をする予定だったのだが、訳あって延期することになった」

「……まあ、そうだったのですか?」


 お披露目するつもりだった――という部分に驚いた振りをしつつ、心の中では延期になった理由について考える。


 彼女のお披露目はリスナーが予言したことだ。つまり、お披露目の延期は原作のストーリーになかったこと。なんらかの理由で歴史が変わった、ということだ。


(わたくしの行動が、ローレンス王太子殿下の判断に影響を及ぼした可能性は……低いでしょうね。配信を開始してから王都に来るのは初めてですもの。だとしたら……)


 些細な問題が彼の判断を変えた可能性。

 たとえば――


「平民の生まれならば、貴族の暮らしは馴染みがないでしょうからね」


 礼儀作法が身につかなかったから、お披露目を延期したのではと探りを入れる。


「まあ……そうだな。だが、彼女の場合はなんというか……面白い女性だったな」

「……面白い、ですか?」


(それはリスナーの言っていた、攻略対象が異性に興味を抱いたときのセリフですわね。やはり、ローレンス王太子殿下は聖女に惹かれる運命なのですね……)


 攻略対象がヒロインを面白い女と評する。攻略対象がヒロインに好意を抱いた証拠。リスナーからそのように教えられているカサンドラが、その結論に至るのは必然だった。

 そして、カサンドラはショックを受けた。なんだかんだと言っても、カサンドラはローレンス王太子に抱いた淡い想いを忘れることが出来ていなかったから。

 だから――


『面白い女性なんて評価、原作の王子はしてたっけ?』

『いや、してない。平民育ちの彼女は急に貴族社会に放り込まれてオドオドしてた。社交界の礼儀作法に疎く、周囲に溶け込むのにすごく苦労するという設定だったはずだ』

『だよな? じゃあ……なんでそんな評価になったんだ?』

『カサンドラお嬢様の行動の影響とか?』

『いや、それでヒロインの性格が変わったりしないだろ』

『じゃあ……ヒロインも転生者とか、憑依者とか?』

『あ~、すっごいありそう』


 コメントの流れが変わったことにも気付かない。


(やはり、ローレンス王太子殿下に近付くと、わたくしは破滅する運命なのですね)


 であるならば、一刻も早く彼のもとを離れるべきだ。そう判断したカサンドラは、浮ついた心を強引に押さえつけ、侯爵令嬢らしい笑みを浮かべて見せた。


「大変貴重なお話をありがとうございました。これ以上、貴重なローレンス王太子殿下のお時間を奪うわけには参りませんので、これで失礼いたしますわね」


 話を切り上げ、カサンドラは早々にその場から逃げ出した。

 

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