エピソード 3ー7

「カサンドラ様、蚊帳の外においてごめん!」


 席を立ってテーブルを回り込んできたセシリアが、申し訳なさそうな顔でカサンドラの手を握る。さきほどの余韻が残っているのか、彼女の色白の顔は赤く火照り、その目元には涙が浮かんでいる。こうして見れば、清純で可愛らしい少女だ。

 一つ年下の彼女に対し、カサンドラは目を細めて微笑んだ。


「気にする必要などなに一つございませんわ。わたくしには事情の一端しか分かりませんが、それでもセシリア様が大変な目に合われたことは分かりますもの」

「カサンドラ様……好きっ!」


 ぎゅっと抱きつかれた。


「セ、セシリア様?」

「セシリアでいいよ。うぅん、カサンドラ様にはそう呼んで欲しい!」

「なら、セシリア。わたくしもカサンドラでかまいませんわ」

「ありがとう、カサンドラちゃん!」


 強く抱きしめられて、カサンドラは「カサンドラちゃん?」と目を白黒させる。だけど、彼女が憑依者で、実年齢は年上であることに気付き「仕方ないですわね」と目を細めた。


『これはてぇてぇ』

『推しと推しが抱き合ってる、だと? ……間に挟まれたい』

『おいおい、てぇてぇは離れて見守るのがマナーだぞ?』

『そうですよ。というか、馬鹿なコメントしてないで仕事してください』

『そんなー』


 そんなコメントを眺めていると、カサンドラに抱きついていたセシリアもまた、顔だけをウィンドウへと向け、コメントを確認してから次はカメラへと向き直った。


「ねぇねぇキミ達、知ってる? カサンドラちゃんって見た目が可愛いだけじゃなくて、薔薇のような香りがするんだよ。あと……意外と着痩せしてるかも? すっごく柔らかい」

『なん、だと……(ゴクリ』

『そこのところ詳しく!』

「ふふんっ、羨ましい? キミ達はこっちに来られないもんね。羨ましかったら貴方たちも転生するといいよ――はさすがにまずいか。死ぬ人が出たら大変だもの」


 セシリアは急に我に返ったように声のトーンを落とした。ハイテンションなノリはノクシアとしての演技なのだろう。そのわりには楽しそうなので、半分以上は本音かもしれないが。


『普通はあり得ないと言いたいが、実例があるとなw』

「ないから勘違いしちゃダメ。じゃなければ、今頃この世界は転生者だらけだから。それに、この配信も見られなくなっちゃうんだからね?」

『それなw』

『たしかに、仮に転生できたとしても、この光景に割って入れるわけじゃないしなw』

「分かったら、せいぜい私達のてぇてぇを羨んでいるといいよ。どうせリアルじゃ女の子に話し掛けられないんだし、キミ達にはそれで十分でしょ?」

『急にメスガキをだしてくるやんw』

『御年2●歳なくせにw』

「こらぁ~! 実年齢をバラすのはマナー違反だよ! それに、20代の私は前世の私。いまの私はセシリア14歳なんだからね?」

『中の人が転生してるからなw』

「そうそう……って言うか、また話が逸れた。とにかく、キミ達は私とカサンドラちゃんのてぇてぇを見て我慢するんだよ」

『はーい』


 了承のコメントがいくつも流れた。それを見届けたセシリアはようやくカサンドラを解放して「また置いてきぼりでごめんね?」と謝罪する。

 けれど、カサンドラは目を輝かせていた。


「セシリア、すごいですわ! リスナーがこんなにはしゃいでいるのは初めて見ました! わたくしにも、セシリアのようにリスナーを喜ばすことが出来ますでしょうか?」

「あはは、カサンドラちゃんもすっかりVTuberだね。いや、この場合はVirtualじゃないし、異世界は英語で……Isekai? じゃあITuberだね!」

「ITuberですか?」

「そうそう。あいちゅーばー。響き的にもいいでしょう? という訳で、挨拶とリスナーの名前を決めないとだね」

「挨拶と名前……」


 配信自体にはずいぶんと慣れたカサンドラだが、異世界にいる彼女は他の配信を見たことがない。その辺りピンときていなかったのだが、リスナーは盛り上がる。


『名前とかなかったから助かる』

『挨拶はいるのか? ずっと配信してるんだぞ?』

『まぁでも、あった方がいいんじゃないか? 朝起きたときとか』

『ガチの寝起きで寝ぼけた挨拶、想像しただけで草生えるw』

『リスナーの名前って『お嬢様の破滅を見守り隊』じゃないの?』

「わたくしは破滅しませんわよ!?」


 即座に反論すれば、笑いを意味するコメントがあふれかえった。


「カサンドラちゃんは愛されてるねぇ」

「……愛? わたくしが? そうでしょうか……」


 セシリアのからかいに、けれどカサンドラは少しだけ物憂げな表情を浮かべた。両親を早くに失い、兄からもあまりかまってもらえない。

 そんなカサンドラにとって、リスナーは思いのほか大きな存在になっていた。


「カサンドラちゃん?」

「いえ、なんでもありませんわ。それより挨拶でしたわね。といっても、普通に挨拶するわけではなく、セシリアがしたような挨拶ですわよね? ……セシリアがしたような挨拶……?」


 目元でピースをしながら「こんやみ~」と言っている自分を想像して遠い目になった。そんなカサンドラの様子から色々察したリスナーが笑う。


『無理するなw』

『あれをリアルでするのは相当な覚悟がいるぞw』

「ちょっとみんな、どういう意味?」


 セシリアが異論を唱えるが、カサンドラもリスナーに同意見だ。


「たしかにセシリアの挨拶は独創的ですよね」

「カサンドラちゃん!?」

「いえ、決しておかしいと言っているわけではなく、わたくしには真似が出来そうにないなと。だから、その……挨拶はしばらく考えておきますわね」


 カサンドラはふいっと視線を逸らし、問題を先送りにした。セシリアがなにか言いたそうにしているがあえて藪を突いたりはしない。


「それと、リスナーの皆さんの呼称はなにがいいでしょう? あ、もちろん、わたくしが破滅するとか、そういうの以外で、ですわよ?」

『じゃあ、破滅を見守り隊』

『破滅令嬢のしもべ』

『破滅の従者』


 釘を刺したというのに、コメントにはそれらの意見があふれかえる。


「ぶっとばしますわよ?」

『ぜひお願いします!』


 カサンドラは溜め息を吐いて、他にないんですかと問い掛けた。


『真面目に考えると、なんとかメイトとか、フレンズとか、あとは……親衛隊とか?』

「フレンズ……友達、ですか。……友達はいかがでしょう? 私の友達」


 何気ない一言。だけど、それはリスナーにとっては少し意外が言葉だった。


『え、それ本気?』

『俺らが、カサンドラお嬢様の……友達?』


 戸惑うコメントが散見した。セシリアもカサンドラちゃん? と少し驚いているが、カサンドラはそれに気付いた風もなく続ける。


「ご存じのように、わたくしには両親がおりません。お兄様も、最近はわたくしを思っていてくださることを知りましたが、忙しくしていて構っていただけませんでした。お兄様に愛されていると知ったのは、皆さんが教えてくださったからですわ」


 その言葉に、『リズの件もあったしな……』といったコメントが流れる。


「でも、リスナーの皆さんが現れて、わたくしは寂しくなくなりました。皆さんがいてくれるから、わたくしは原作の悪役令嬢のように悪の道を歩まずにいられます。だから……」


 カサンドラはそこで言葉を切って、カメラに向かって幸せそうな笑みを浮かべた。


「皆さんは、わたくしの大切なお友達ですわ」


 コメントが途切れ、次の瞬間――


『うおおおおおおおおおおぉおおおおぉっ!?』

『俺も、俺もカサンドラお嬢様のこと友達だと思ってる!』

「カサンドラちゃん、私もお友達だからね!」


 数え切れないほどのコメントが流れ、セシリアもそれに追随する。

 そして、カサンドラは「はい」と愛らしい笑顔で頷いた。それは、悪役令嬢のカサンドラが浮かべた、いままでで一番、無邪気で無防備な笑顔。


・チャンネル登録数が1,000,000を越えました。

・配信レベルが5になりました。

・ショップのラインナップが開放されました。


 コメントの勢いが収まらぬ中、ウィンドウのコメント欄とは別の場所にメッセージが表示される。それにいち早く気付いたのはセシリアだった。


「カサンドラちゃん、このショップってなに?」

「あぁ、そういえば話していませんでしたわね」


 スパチャで異世界の商品が買えることを打ち明けた。


「えええええ、そんなことが出来るの? すごい! 見たい!」


 リスナーに『語彙力w』と突っ込まれながらも、ショップのラインナップを見せて欲しいとせがんでくる。セシリアに従ってショップを開くと、こんな一文が目に入った。


【限定】配信セット【販売】

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る