エピソード 3ー8
「配信セット? もしかして、私もITuberになれる!?」
セシリアが興奮した様子で詳細表示を促してくる。
そうして表示すると、『異世界へ配信するためのスキルセット。一日に決められた時間だけ配信することが出来る』という注釈が書かれていた。
「うわ、すごい! 一日に決められた時間しか配信できないのが少しネックだけど、本当に配信できそうだよ!」
「……え? 配信しない時間があるって、それはとても利点なのでは……?」
強制で24時間配信が垂れ流しになっているカサンドラは真逆の感想を口にした。
『ワロタw』
『24時間強制配信よりは、配信できる時間に制限がある方がいいかもw』
『いつか、うっかり着替えとか映さないかと期――いや、心配してる』
『通報しました』
そんなコメントを眺めていると、セシリアがずいっと迫ってきた。
「セシリア?」
「カサンドラちゃん、お願い! その配信セット、私にちょうだい! もし買ってくれるならなんでもするから!」
珍しく必死な面持ち。
出来れば叶えてあげたいと、カサンドラは配信セットの値段を確認する。かなりの高額で、スパチャの収入が増えているいまでもようやくといった金額だった。
侯爵令嬢であるカサンドラに買えないものはないと言っても過言じゃない。だが、そんなカサンドラにも自由に手に入れられないものがある。それが、スパチャの収入でしか購入できないショップの商品だ。カサンドラにとって、スパチャの収益は特別価値のある財産だ。
しかも、配信セットは限定で在庫が一つしかないと書かれている。それがどれだけ貴重なものなのかは考えるまでもない。
だけど――と、カサンドラはセシリアとコメントに目を向ける。
『ん? いまなんでもするって……』
「言ったよ! もう一度配信が出来るならなんでもする! でも、それはあなた達じゃないからね? 私がなんでもするのはカサンドラちゃんにだけ、残念だったねっ!」
『唐突なメスガキムーブが草なんよw』
セシリアが楽しそうだ。もとから天真爛漫な性格ではあったが、配信について知ってからは特に水を得た魚のようだ。
リスナーに救われたカサンドラは、その気持ちが少しだけ分かった。だから――と、カサンドラはその配信セットを購入する。次の瞬間、テーブルの上に段ボールが出現した。
「……え、カサンドラちゃん?」
「セシリアにプレゼントですわ!」
「カサンドラちゃん――好きっ!」
今度は彼女の胸に抱き寄せられる。幼くして両親を失ったカサンドラは、母親に抱きしめられるというのはこういう気持ちなんだろうかと真面目に考え――すぐに恥ずかしくなった。
セシリアの身体を押して引き剥がす。
「も、もう、息苦しいですわよ!」
「あっ、あはは……ごめんね。あまりに嬉しくて」
謝ってはいるが、その興奮は覚めやらぬ様子。カサンドラはそっぽを向いて、「早く開封したらいかがですか?」と素っ気なく言い放った。
「あは、そうさせてもらうね!」
セシリアはそう言って丁寧に梱包を解いた。中に入っていたのは台座に載った淡い光を纏う半透明の球体である。
「スキルオーブですわね」
「……スキルオーブ?」
「手の平をおいてください。使用を念じれば、スキルを獲得できるはずですわ」
「えっと……こうかな?」
セシリアが指示に従えば、スキルオーブが強い光を放った。そうしてその光が消えたとき、もとから纏っていた淡い光が消えていた。
「それでスキルを習得できたはずです。使い方も自然と分かるはずです」
「ええっと……あ、本当だ!」
セシリアが虚空に視線を向ける。そこにはカサンドラのと同じウィンドウが浮かんでいた。少し離れた場所には、カメラも浮かんでいる。
「わたくしにも見えますわね。もしや、そちらのセットは誰にでも見えるのでしょうか?」
もしそうなら結構厄介なのでは? と、カサンドラは独りごちた。
「ちょっと待ってね。規約とか説明があるみたいだから」
「……規約?」
そんなのあったでしょうかと首を傾げるかサンドラのまえで、セシリアはウィンドウを操作していく。そうして、ウィンドウに規約の条項を表示した。
それに目を通した彼女は、なるほど、なるほどと頷いて、ほどなくして顔を上げた。
「カサンドラちゃんに見えるのは、配信スキルをくれた人だからみたいだね。普通の人には見えなくて、コラボ機能をオンにしたら、同業者には見える仕様みたい」
「読むのが早いですわね」
「基本的なところはVTuberのときと同じだったからね」
断言する姿が頼もしい。
「あ、あの、わたくしにもその規約を教えてくださいますか?」
「ん? あぁ、いいよ。ええっとね。私達が気を付けなきゃいけないのはコンプライアンスの中でもセンシティブな表現だね。これを故意に破るとスキルが消滅するらしいから」
「そうなんですの!?」
配信が出来なくなる可能性があると知って目を見張る。
もちろん、コメントにも動揺が走っている。
「安心して。故意じゃなければ、数日間の配信停止とかで済むみたいだから」
「そう、なんですね。でも、そんな規約があるなんて知りませんでした。ちゃんと確認しておきたいので、どうやって見ればいいか教えてくださいますか?」
「もちろん。ええっと、ここをタップして、次はここだよ」
セシリアに言われたとおりに、自分のウィンドウを操作する。
すると規約という部分が表示された。
それを読み込んでいくが、スパチャには手数料が発生し、その割合は国によって異なるといった内容で、カサンドラにはあまり関係がなかった。
だが一点だけ、セシリアに聞かされた部分で気になる項目を見つけた。
「コンプライアンスに抵触する行為の禁止。センシティブな表現は分かりますが……恋愛、婚約、結婚の禁止ってなんですの?」
「え? それホント? 私の方には配慮しろとしか書かれてなかったけど」
セシリアが目を瞬いて、カサンドラのウィンドウを覗き込んでくる。
そして――
「うわっ、本当だ! 恋愛禁止って書いてある!」
セシリアが驚きの声を上げた。
『え、どうしてそこまで驚いてるんだ?』
『Vが恋人禁止は当たり前だろ?』
『ガチ恋勢は帰ってどうぞ』
『有名な企業でも、恋愛は禁止してないと発表しているところもあるわよ。もちろん、ファンに配慮するようには言われるみたいだけど』
『ノクシアが所属してた‘かなこな’もそうだったよな』
『そういや、セシリアの方には、恋愛禁止って書いてないんだよな? もしかして、かなこなの規約がそのまま、そっちでも適用されてるのか?』
コメントに質問が続く。カサンドラの方の規約を確認していたセシリアがほどなくして顔を上げ、それからコメントに視線を向けた。
「カサンドラちゃんにだけ恋愛禁止の規則がある理由は書いてあったよ。二十四時間垂れ流し配信だから、だって」
セシリアが理由を口にするが、カサンドラはキョトンとなった。同じようにコメントにもクエスチョンマークが飛び交うが、しばらくして『そういうことか!』という声が上がった。
『配信が決まった時間しかしなければ、私生活を隠すのは難しくない。配信中に、恋人を匂わすような発言をしなければいいんだからな。だけど――』
『ああああっ、そっか! 二十四時間配信だと配慮もなにもないもんな』
『なっとくだわ。夜に彼氏が訪ねてきて、カメラが一時間ほど外に出される……とか、想像したら、ガチ恋勢じゃなくてもヤバいってのは分かる』
『たしかに、やばい性癖に目覚めそうだなw』
『じゃあカサンドラお嬢様に恋人とか婚約者が出来たら、この配信は終わっちゃうの?』
何気ないコメント、だったのだろう。
だが、それを見た誰もが息を呑んだ。カサンドラにとってリスナーの存在が大きくなっているように、二十四時間配信は多くのリスナーにとって、生活の一部になっている。
だけど、それでも――
『それは、そう、なるだろうな……』
『カサンドラお嬢様の生き様をみて、恋愛をするな、とは……』
最初に表示されたのは、カサンドラの幸せを願う言葉だった。もちろん、最初の言葉がそれだったと言うだけで、すぐに配信が終わって欲しくないという言葉であふれかえる。
『カサンドラお嬢様、これからも配信を続けてくれ!』
『お嬢様には幸せになって欲しいけど、でも、終わって欲しくないよ!』
『俺にとって、この配信が生きがいなんだ!』
『おまえら……気持ちは分かるけど、でも、俺ももっと配信が見たい!』
カサンドラの配信継続を望む声。それは、カサンドラを愛する人々の願い。両親を早くに失い、愛情に飢えて育ったカサンドラにとって、それは胸に響く言葉だった。
カサンドラは「安心してください」とカメラに微笑みかける。
「たしかに、わたくしはローレンス王太子殿下に惹かれています。ですが、彼との婚約はわたくしにとっての破滅です。だから、わたくしが誰かと結ばれるなんてことはありませんわ」
カサンドラの決断に多くのリスナーが喜んだ。だけど一部の者は、彼女の言葉の裏に隠された想いに気付いて胸を痛める。彼女の言葉の裏に隠された複雑な思いに気付いたから。
そして――
「大丈夫、カサンドラちゃんは私が幸せにするから!」
セシリアがカサンドラをぎゅっと抱きしめた。
『これはてぇてぇ』
『ノクシアは何処まで本気なんだ?w』
『ナイスフォローって言いたいけど、百合も恋愛に含まれるのでは?w』
コメントの一つを見たセシリアが目を見張った。
「女の子同士のてぇてぇと百合恋愛は違うよ! ってか、運営はてぇてぇが見たくないって言うの!? リスナーのみんなだって望んでるはずだよ! 規約の変更を要求するよ!」
セシリアが叫べば、ピコンとメッセージが表示された。
「……てぇてぇは正義、ゆえにセーフ! と、書いてありますわ」
「さすが、分かってる!」
セシリアが歓声を上げた。
『対応が早いw』
『運営も配信を見てるのかよw』
『ってか、この運営ってなに? 神様?』
『なんにしても優秀だなw』
コメントも大いに盛り上がる。カサンドラはそれらを眺めながら「ところで、百合ってなんでしょう?」と小首を傾げた。
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