エピソード 2ー9
カサンドラを目にした、聖女セシリアの様子がおかしい。その理由を考察したリスナーが盛り上がっている。セシリアが転生者、もしくは憑依者ではないのか、と。
(たしかに、様子がおかしいのは気になりますわね)
道端で侯爵令嬢と出くわしたのならともかく、貴族の娘が貴族の家を訪ねることに驚くような要素はない。にもかかわらず、セシリアは信じられないとばかりに目を見開いている。
(会ったことのないはずのわたくしを知っている。わたくしがここにくることがあり得ないことだと思っている可能性は……ありますわね)
つまりは転生者か憑依者、かもしれないということ。
「セシリア、どうかしたのか?」
さすがに不審に思ったのか、エメラルドローズ子爵がいぶかしむような顔をする。
「え、あ、えっと……それはなんですか?」
「セシリアっ! 彼女はエクリプス侯爵家のご令嬢だ! それを言うに事欠いてそれなど、どれだけ失礼なことか分かっているのか? 彼女に謝罪しなさい!」
「い、いえ、そうじゃなくて、それと言ったのは……いえ、失礼いたしました」
セシリアの態度が一変し物静かな女性のそれになると、神妙な顔で頭を下げた。さきほどまでの態度を知らなければ、その雰囲気に騙されていただろう。
『やっぱり、なにか知ってそうだな』
『このしゃべり方、なんか覚えがないか?』
『うおおおお、いまっ、聖女様と目が合った! 可愛いっ!』
『はあ? セシリアちゃんは俺の方を見たんですけどー?』
『いやいや、見たのは俺だから』
コメントが盛り上がっている。
それらのコメントを目にしたカサンドラは違和感を覚える。まるで掛け違っているボタンを目にしているのに、そのことに気付けないでいるような歯がゆい気持ち。
(セシリア様の言う‘それ’って……)
なにか重要なことに気付き掛けるが、そのときエメラルドローズ子爵が頭を下げた。
「カサンドラお嬢様、大変申し訳ございません。ご存じの通り、セシリアは平民の出自なれば、まだ至らぬ点も多々あり、何卒ご容赦を願います」
「……ええ、気にしておりませんわ」
同じ貴族といっても、爵位が違えば教育のレベルも違う。ましてや、相手は最近まで平民として暮らしていた普通の女の子。礼儀でうるさく言うのは酷だろう。
だからよけいなことは考えず、さきに用件を終えることにした。
「セシリア様には呪われた娘の解呪をお願いしたいのです」
「そのことはお義父様からうかがっています。そのことについて、カサンドラお嬢様にいくつかお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。わたくしに答えられることならなんなりと」
「では、その呪いを受けた患者さんのことを聞かせていただけますか?」
「そうですわね。まず、呪いを受けたのはセレナという娘です」
本来なら、患者の素性を事細かに伝える必要はない。
だが、貴族に妾にされそうになり、断ったことで呪いを掛けられた可哀想な娘――というバックストーリーをあえて話しながら、セシリアの表情をうかがった。
原作ストーリーでは、聖女であるセシリアがセレナを救う。そのストーリーを知っているのなら、いまの話になにかしらの反応を示すと思ったからだ。
だが、カサンドラの予想に反し、彼女はそれらしい反応を見せなかった。
(表情を取り繕うのに長けているのかしら? そのわりに、部屋に入ってきたときは、これでもかというくらい驚いた顔をしていたけど……)
彼女が原作を知る転生者のような存在かどうか、現時点で判断するのは早計だろう。そう思ったため、セレナが受けている呪いの症状に付いて説明を続けた。
「……なるほど。話を聞く限り、それは呪いで間違いなさそうですね」
「――セシリア!」
エメラルドローズ子爵が再びセシリアをたしなめた。
いまのセリフは、カサンドラが呪いと断定した症状を、子爵家の娘でしかないセシリアが疑っていたという証明に他ならないからだ。
だが、たしなめられたセシリアは意味が分からないと言いたげな顔をする。
「エメラルドローズ子爵、いまのわたくしはセシリア様に助けを請うている立場です。彼女の言葉に対して、なんら思うことはございませんわ」
「寛大なお言葉に感謝いたします」
エメラルドローズ子爵が再び頭を下げた。
それを見たセシリアがぽんと胸のまえで両手を合わせた。
「あぁ、私がカサンドラ様の言葉を疑ったことがダメだったんですね。患者を受け持つなら、症状の確認は重要だと思うんですが……貴族って大変ですね」
「セシリア、頼むからよけいなことは口にしないでくれ……」
エメラルドローズ子爵がこめかみを押さえる。貴族としてのカサンドラはエメラルドローズ子爵に同情するが、同時にセシリアの意見も正論だと考える。
「わたくしは気にしませんわ。セシリア様のおっしゃるとおり、わたくしが間違っている可能性だってありますもの。人助けをする以上、確認するのは重要なことですわ」
カサンドラがそう答えると、セシリアがマジマジと顔を覗き込んできた。
「……セシリア様?」
「カサンドラ様は素敵な人ですね! 私、貴女のことが気に入りました!」
「セシリアぁあぁぁあぁぁ……」
エメラルドローズ子爵がついに頭を抱えた。それを横目に、カサンドラはカメラを摑んで俯き、エメラルドローズ子爵達からは見えないように囁きかける。
「ねぇ、リスナーの皆様。彼女は元からこのような性格なのですか?」
子爵令嬢としてはあり得ないけれど、元平民の娘としてならあり得るかもしれない。そう思って確認するが、ウィンドウはそれを否定するコメントで埋まった。
『いや、ぜんぜん違う』
『たしか養女になってすぐのころは、自分に自信がなくてオドオドしてたはず』
「そう、なんですわね」
(なら、この反応は転生者かなにかだから、なのでしょうか?)
カメラを離して物思いに耽る。
『あああああっ、またセシリアたそと目が合った。これは……両想い!?』
『ガチ恋勢は出荷よー』
『ソンナーッ』
流れるコメントを目にし、再び抱く違和感。
その理由を考えていると、不意にセシリアが声を上げた。
「あのっ! 私、カサンドラ様のお屋敷に遊びに行きたいです!」
「な!? いきなりなにを言い出すんだ、おまえは!」
エメラルドローズ子爵が動揺し、ウィンドウにも驚くコメントであふれかえる。貴族的に考えても、原作ストーリー的に考えても、セシリアの申し出は意外すぎる内容だった。
「ええっと……間違えました」
彼女は咳払いを一つ、聖女らしい雰囲気を醸し出す。
「その呪われた子はいまも苦しんでるのでしょう? ならば、何日もかかる馬車の旅をさせるのは酷ではありませんか。ですから、私が向かいますわ」
そのシーンだけを切り取れば、なるほどたしかに彼女は聖女だった。
だけどそれは、そのまえのセリフがなければの話である。遊びに行きたいというセリフを聞いたあとでは、とってつけたような言い訳にしか聞こえない。
「……セシリア」
エメラルドローズ子爵が義理の娘に哀れみの視線を向けた。
「ち、違うよ。その子が心配なのも本当だから!」
「そうか……」
エメラルドローズ子爵は沈黙し、カサンドラもまた情けで沈黙した。
けれど――
『その子が心配なのも本当w』
『遊びに行きたいのが本命って認めたなw』
リスナーのツッコミは容赦がない。
セリシアも無言の意味に気付いたのか、恥じるように両手を振った。
「と、とにかく、その子が心配なのは本当ですから!」
その言葉に嘘は感じられない。
けれど――
「セシリア様、患者の搬送は転移陣を使うので、旅をさせる必要はないんです」
「転移陣……ですか?」
小首をかしげるセシリアをまえに、カサンドラは困惑した。
(まさか転移陣を知らない? そんなこと……あり得ますかしら?)
たしかに転移陣を使用できるのは貴族や大富豪くらいのものだ。だけど、存在だけなら平民だって普通は知っている。ましてや、原作の乙女ゲームにはがっつり登場する設定だ。
なのに、セシリアは転移陣を知らない様子。どういうことなのだろうと困惑しながらも、カサンドラは彼女に転移陣について説明する。
「え~、魔法陣で遠くに瞬間移動できるんだ。さすが異世界だね!」
「……異世界?」
セシリアの言葉にカサンドラは首を傾げた。
『これはwww』
『転生者か憑依者で確定か。たまげたなぁ……』
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