エピソード 4ー2
ローレンス王太子から招待状を受け取ったカサンドラは、転移陣を使用して王都へと向かうことになった。その旅にセシリアが同行を申し出る。
「カサンドラちゃんが心配だから、私も侍女の振りをしてついて行くよ!」
という訳で、セシリアを含むカサンドラの一行は王都へと到着した。
王都にあるエクリプス侯爵家の屋敷で一日過ごし、ドレスに着替えて馬車に乗り込む。身に纏うのは、新たにスパチャの収益で買った、少しだけ大人びたデザインのドレス。
髪の色に合わせた薄い色のドレスを身に纏い、カサンドラは王城へと登場した。
身元の確認はおこなわれるが、エクリプス侯爵家の令嬢とその侍女達と言うことですぐに通された。そうして案内されるがままに、王城にある中庭へと足を運ぶ。
美しく手入れされた中庭を歩きながら、カサンドラはぽつりと呟いた。
「それにしても、なぜローレンス王太子殿下から招待状が届いたのでしょう?」
『まだ言ってるのw』
『スラム街のあれこれを考えたら、興味を持たれてもおかしくないだろ』
『カサンドラお嬢様が、もう大丈夫とかフラグを立てるから……』
『これが乙女ゲームの強制力か……』
『破滅への旅路』
「不吉なことを言わないでくださいまし!」
カメラに向かって小声でツッコミながら、中庭を歩く。
ほどなく見えてきたのは、薔薇の園に囲まれた憩いの場。お茶会の席が設けられたその場には、ローレンス王太子が腰掛けていた。
カサンドラに気付いた彼が優しげな眼差しを向けてくる。
「やあ、カサンドラ、今日はよく来てくれたね」
「ロ、ローレンス王子、お目に掛かれて光栄ですわ」
カサンドラが破滅する原因となる相手――だが、そう想っても恋心は消えてくれない。彼の笑顔の出迎えに対して、カサンドラは思わずくらりとなった。
(気をしっかり持ちなさい、カサンドラ。彼に本気になったら火傷じゃすみませんわよ!)
淡い恋心を抱く相手。原作では浮気されると知ってなお、ここまで惹かれる相手。そんな相手に本気になったうえで浮気されたら、確実に嫉妬に狂う自信があった。
だからこそ、ローレンス王太子に心を奪われてはダメだと自分に言い聞かせる。
『カサンドラお嬢様、むちゃくちゃ揺れてるやんw』
『やっぱり、ローレンス王太子のことが好きなんだなぁ』
『うわああああ、俺のカサンドラお嬢様が寝取られるうううううううっ』
『ガチ恋勢は出荷よ――っていつもなら言ってるけど……涙を拭きなさいよ』
コメントが謎の盛り上がりを見せる中、王太子が席を勧めてくれる。それに従い、カサンドラは、丸テーブルを挟んで彼が座る向の席に腰掛けた。
「そ、それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、実はおまえに話があってな」
彼の蒼い瞳がカサンドラをまっすぐに見つめた。淡い恋心に揺れる自分と、破滅の恐怖に震える自分。二つの異なる感情がせめぎ合い、カサンドラはどうしようもなく狼狽えた。
(な、なんでしょう? 聖女の件は誤解が解けたはずですよね? では、どうして呼び出されたのでしょう? やはり、ローはローレンス王太子殿下だったのでしょうか?)
考えても埒があかない。カサンドラは紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着け、ローレンス王太子をまっすぐに見つめた。
「恐れながら、わたくしに、一体どのようなお話が?」
「そうだな。まどろっこしいのは嫌いだ。だから単刀直入に言うが、俺と婚約して欲しい」
「ふえっ!?」
想わず可愛らしい反応を零してしまう。
『カサンドラお嬢様の‘ふえっ!?’いただきました!』
『あああ、やっぱりか!』
『マジでカサンドラちゃんが寝取られちゃう!?』
『ガチ恋勢は諦めろ。どうせ異世界じゃ手が届かない』
「う、うるさいですわよっ」
リスナーに突っ込む小声も震えている。リスナーとのやりとりという日常に触れることで冷静さを取り戻そうとしたが、ローレンス王太子の視線を感じ、慌てて正面へと向き直った。
「そ、その……わたくしに求婚なさっているように聞こえたのですが?」
「ああ、そう言ったつもりだ。まずは婚約から、だがな」
「そ、その、理由をお聞きしても?」
「そうだな。どこから話したものか……」
ローレンス王太子は少し考える素振りを見せた。そうして彼が語ったのは、いつかのローが語ったのと同じ内容。この国が徐々に腐敗を始めているという話だった。
「……貧富の差が膨らみすぎていますものね」
ある程度は必要なことだ。だが、なにごとにも限度はある。平和が長く続いたことで、そのバランスが崩れつつあった。それがスラム化として現れている。
「やはり気付いていたか」
「いえ、その……まぁ」
その話はリスナーから聞いて知っていた。だが、それはつまり、現国王の体制を批判するも同然だ。ローレンス王太子の言葉だからと肯定することはできない。
さりとて、ローレンス王太子の言葉を否定するわけにもいかず……カサンドラは曖昧に頷いた。だが、ローレンス王太子は気にせずに言葉を続けた。
「そのため、この国には腐敗を取り除く新しい風が必要だ。俺は王太子として、共にこの国の腐敗に立ち向かい、新たな風を吹き込む伴侶を探していた」
「それは……理解できますわ」
だからこそ、彼は聖女であるヒロインに想いを寄せる――というのが原作のストーリー。ゆえに、カサンドラはその話をリスナーから聞いていた。
なのに、彼はなぜ自分に求婚しているのだろうと困惑する。
「ローレンス王太子殿下はその伴侶として、聖女を候補に入れていたのではありませんか?」
背後に控える、侍女に扮したセシリアがぴくりと身を震わせる。
ローレンス王太子はニヤリと笑った。
「さすがだな。俺――というか、父上があげた候補の中には聖女の名が一番にあった。あのままなら、俺は聖女に求婚することになっていただろう。だが――」
ローレンス王太子はそこで一度喋るのを止め、言葉を探すように視線を揺らす。それから、意を決したようにカサンドラに視線を戻した。
「俺はおまえの事業が気になっていた。ゆえに俺は父上を説得した。自分の目で確認するために、エクリプス侯爵領へと視察に出向いたのだ」
「視察、ですか? そのような報告は受けておりませんが」
「変装してのお忍びだったからな。だが予告はしたはずだ。そのうち様子を見に行くと、な」
リスナーの言葉を思い出し、カサンドラは思わず息を呑んだ。
『あーやっぱりだよ!』
『ローって青年がローレンス王太子だったわけね』
『フラグ回収したああああ!』
コメントが盛り上がる。
リスナーに指摘されながらも、心の何処かで王太子がお忍びで視察などあり得ないと思っていたカサンドラだが、この状況で考えをあらためないほど頭は固くない。
「もしや、あのときの青年が……」
「やはり気付いていたか」
「気付く? なんのことでしょう?」
「とぼける必要はない。あのとき、行く末を憂う俺に言っただろう? 自分はローレンス王太子のことを信じているから、心配などしていない――と」
「――っ!?」
思わず息を呑んだ。
「おまえは俺の正体に気付いたからこそ、あのような言葉を口にしたのだろう?」
「いえ、あの、その……」
「答えは聞くまでもなかったな。おまえがどれだけ聡明かはもはや明らかだ。その聡明なおまえが、変装に使った魔導具の痕跡に気付かないなどと言うことはないだろう」
「~~~っ」
褒められるのは嬉しいが、その評価は誤解だと身悶える。
「い、いえ、その……気付いていませんでした!」
カサンドラは正直に白状した。
ローレンス王太子に嘘を吐くのが嫌だったから。
だけど――
「なに? では、あの言葉はお世辞ではなく本心だと言うのか?」
ローレンス王太子の顔が赤くなった。
カサンドラのあの言葉が、ローの正体に気付いた上でのお世辞ではなく、心からローレンス王太子を信頼していたがゆえに零れた本音だと気付いたからだ。
――と、それを理解したカサンドラの顔も赤くなる。
「い、いまのはそのっ、なんと言いますか……」
否定すれば、聡いカサンドラが、ローレンス王太子の変装に気付いて世辞を口にした、ということになる。だが肯定すれば、一途なカサンドラが、ローレンス王太子の変装に気付かず、素で彼のことを信じていると口にした、ということになる。
どちらが恥ずかしいかを考えたカサンドラは……
「じょ、冗談ですわ。もちろん、ローレンス王太子殿下の変装と言うことは、ひと目見たときから気付いておりましたわよ?」
前者を選んだ。
『ワロタw』
『それはそれで、照れてるようにしか見えないんだがw』
コメントにも散々な言われようである。
そんなコメントを眺めていたカサンドラはふとあることに気が付いた。
「と、ところで、わたくしに求婚したというのは、その……スラム街の改革を認めてくださったから、ということでしょうか?」
「そうだな。他にも理由はあるが、それが大きな決め手であるのは事実だ」
「そ、そうですか……」
カサンドラは視線を彷徨わせ、それからカメラをひっつかみ、ローレンス王太子には聞こえないように、リスナーに語りかける。
「わたくし、破滅を避けるために、ローレンス王太子殿下に近付かないようにしていたんですわよ? それなのにどうして、こんなことになっているんですの?」
『どうしてもなにも、あれだけ聖女みたいに振る舞っていたら、目を付けられてもおかしくないだろ。本人も言ってたけど、聖女のような人物が必要な事情もあるし』
「では、これは街の改革が原因だと?」
『そうなるな』
『ローレンス王太子も言ってたじゃん』
『カサンドラお嬢様が綺麗になったのも原因だと思うけど、やっぱり一番の原因は、スラム街での聖女っぷりが原因だろうな。庶民に大人気だし』
『聖女と仲良しなのも大きいでしょうね~』
おおむねそんな意見ばかり。
カサンドラは沈黙して、それから責めるような上目遣いをカメラへと向けた。
「皆様、破滅を回避するには、王太子殿下との婚約の回避、それにスラム街の改革が必要だって言いましたわよね?」
『言ったな』
『言った』
『言った気がする』
「なのに、スラム街の改革が原因で求婚されるなんて、本末転倒もいいところではありませんか! さては皆様、私を騙しましたわねっ!?」
カサンドラの悲痛な叫びが響き渡った。
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