エピソード 4ー1
聖女がこの地に来てから数ヶ月が過ぎ、そのあいだに様々なことがあった。
まず、配信スキルを得たセシリアは配信を始め、瞬く間にチャンネル登録者数が100万を超えるITuberとなった。
さすがはもと新鋭VTuberと言ったところだろう。
リスナーから聞いた話だが、前世のセシリアを殺した犯人が捕まったり、前世の先輩Vと涙の再会をしたりと、色々とあったらしい。
そんなこんなで、カサンドラはよくセシリアとコラボ配信をしている。二人でティーパーティーをしているだけなのだが、リスナーにはてぇてぇと好評のようだ。
ただ、そのティータイムはカサンドラにとっても非常に有益なものになっている。スラム街の改革について、異世界の知識を持つセシリアに相談することが出来たから。
セシリアが関わることで、スラム街の改革は大きく進んでいる。さすがにトウモロコシの収穫はまだ先だけど、スラムのインフラは改善されつつあった。
畜産業もこれからだが、下準備は整いつつある。
そして一番大きいのは、スラム街で暮らす人々がまえを向くようになったことだ。今までは下を向き、惰性的に生きていた彼らが希望を抱くようになった。
だから、カサンドラは自らの破滅の運命を打ち破れると思ったのだ。
そんな訳で――
「おはようございますお友達の皆さん。今日も異世界配信をやっていきますわ!」
朝の準備を終えたカサンドラは、カメラに向かって挨拶をする。
「昨日に引き続き、今日もスラム街の改革について考えますわ! ……といっても、皆さんのおかげで、最近はびっくりするくらい順調なんですよね。この調子なら、わたくしは破滅することもなく、エクリプス侯爵領が没落することもなさそうですわ!」
心からの言葉だった。
実際、兄のレスターからの評価も高く、スラム街の人々の暮らしもよくなっている。結果が出るのはまだ先の話だが、それでも期待させるだけの実績がある。
カサンドラがそう思うのも無理はない話だったのだが――
『あーw』
『フラグたてたw』
『やっちまったなぁw』
『カサンドラお嬢様……どんまい』
なぜか否定的なコメントが多く流れた。
「……皆様、どうかしましたか?」
こてりと首を傾げていると、部屋の扉がノックされた。
『ホントに来たかw』
『これは、高速フラグ回収の予感w』
不穏なコメントを横目に、カサンドラはノックの主に入室を許可した。部屋にやってきたのは侍女のエリスで、彼女はトレイの上に手紙を載せていた。
その高級感あふれる手紙の封蝋には見覚えがあった。
「カサンドラお嬢様、王太子殿下より招待状が届いております」
カサンドラはエリスの顔を見て、それから手紙へと視線を戻した。最後にもう一度エリスへと視線を向けて、こてんと大きく首を傾ける。
「……なぜですの?」
『フラグ回収きちゃああああああああああああっ!』
困惑するカサンドラとは反対に、コメントはなぜか大盛り上がりだった。
(ま、待ってください。ローレンス王太子殿下がわたくしを招待? ……なぜですの?)
セシリアが憑依者ということで、彼がセシリアに恋をするという原作のストーリー展開から変わった可能性はある。それ自体はカサンドラも考えていた。
だけど、だ。
ローレンス王太子が破滅の原因となり得る人物であることに変わりはない。カサンドラ自身も、彼への思いを制御できない可能性が高いと、出来るだけ関わらないようにしていた。
なのに、呼び出しを受ける理由が分からない。
なぜと混乱するカサンドラの視界に、いくつかのコメントが目に入った。
「……エリス、手紙を読むから下がりなさい」
そう命じてエリスが退出するのを確認、カメラへと視線を向けた。
「皆様、やっぱりとはどういうことですの!?」
同じようなコメントがいくつか流れていた。その点について追及する。だが、リスナーから返ってくるのは困惑するようなコメントだ。
『あれ? カサンドラお嬢様は知らなかったんだっけ?』
「ですから、なんのことかと聞いているじゃありませんか」
『なんでだ? このコメントで話をしてたよな?』
『カサンドラお嬢様が寝てる時間だったからでしょ?』
『それだ!』
どうやら、カサンドラが寝ているあいだにコメントで話し合いがおこなわれていたらしい。それを理解したカサンドラは「一体どのような話をしていたのですか?」と問い掛ける。
『何度かスラム街に視察に行ってるだろ? そのうちの何回目かは……忘れたけど、ローって名乗る青年と会ったのを覚えてるか?』
『あの青年が、魔導具で変装した王太子じゃないかって、話題になったのよ』
その話を聞いたカサンドラは思った。
「王太子殿下がお忍びでスラム街に足を運ぶはずないでしょう?」
しごく真っ当な意見。
だけど――
『ワロタw』
『スラム街に視察に行く侯爵令嬢がなにを言ってるんだw』
『ってか、そういう設定があるのよ。魔導具で変装してお忍びで出掛けるって設定があるだけだから、あのローって青年がそうかは分からないけどね』
『ゲームなら登場人物は多くても数十人だけど、カサンドラお嬢様が接触した人物はその数十倍、もしかしたら数百倍だから、彼がホントにそうかは分からないけど……』
毎日何十人と会う中の一人が、王太子の変装だったかもしれない。改めて考えても、あの青年が王太子の変装である可能性は低いだろう。
だが、その後に手紙が届いたことを考えると話は変わってくる。
「……まさか、本当に? では、現行の体制を批判したと思われたのでしょうか?」
迂遠な言い回しではあったが、王が替わればこの国はよくなるという話をした。言い換えれば、いまの王の政治を批判したに等しい。
彼がローレンス王太子だったのなら、カサンドラの発言はいかにも危うい。そう思って不安になるが、リスナーの反応は少し違っていた。
『これはもしかしたら、もしかするのかなぁ……?』
『いまのカサンドラお嬢様、聖女みたいだもんな』
『嫌だーっ、異世界配信、終わって欲しくない!』
『おい、止めろって。俺も同じ気持ちだけどさ。でも……』
『私達のために幸せを諦めて、なんて、言えないわよ、ね』
『言ったら、ダメだよな……』
『そう、だよな。みんなで、決めたもんな』
『なあ、おまえら、なんの話をしてるんだ?』
『分からない奴はまとめサイトを見てこい』
いままでも、リスナーの言葉は分からないことがあった。でも、今日のやりとりは今までの中でも一番分からない。
「……皆様、どうしたのですか?」
心配になって問い掛ければ、僅かな沈黙を挟んでコメントが応じてくれた。
『いや、なんでもないよ』
『ああ、なんでもない。カサンドラお嬢様は、思うようにしたらいいんだ』
『大丈夫、きっと悪いことにはならないから』
『そうね、私もそう思うわ』
『私達、カサンドラお嬢様の幸せを願ってるから!』
いつもなら、リスナーは様々な意見を口にする。その中には相反する意見もあるはずなのに、今日ばかりは大丈夫の一点張りで、カサンドラはそれ以上の情報を得られなかった。
とにもかくにも、カサンドラは王都へと向かうことになる。
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