第69話 証拠品

「フェミナ様! 裏口にムネタカが!」


 たまたま見回りに出ていたマーシャがムネタカを抱えて、フェミナの執務室に戻って来た。


「おお! ムネタカ! 逃げて来れたのか!」


 ムネタカは答えなかった。

 答えることが出来なかった。

 それは彼が、意識を失っていたからだ。


「身体も傷だらけです。恐らく、拷問を受けたのでしょう。どうやって逃げて来れたのか、本人の口から聞かないと分かりません」


 マーシャが少し安堵した様な雰囲気で言う。


「よし、今日は、ゆっくりムネタカを休ませよう。話を聞くのはそれからだ」



「うう……」


「あ、起きた。ムネタカ」


 地下室のジメジメしたいつもの自分の部屋で目を覚ますムネタカ。


「いてて……」


 半身を起こそうとすると、身体に痛みが走る。


「だめよ。まだ寝ていなくては。身体じゅう傷だらけなんだから」


 その通り。

 身体は包帯だらけだ。


「あ、女神像!」


 思わず、声を上げるムネタカ。


「うん。大丈夫よ。フェミナ様の執務室にある」


「ああ……」


 安堵の表情を浮かべるムネタカ。


「それよりも、良かった。ムネタカがこのまま目を覚まさないんじゃないかと心配だったの」


 マーシャは目を細めた。

 細い手でムネタカの手を握った。


「あ、ありがとうございます」


 ムネタカは顔を赤らめた。

 また、マーシャと会えたことが嬉しかった。

 ムネタカは、満身創痍でユメル侯爵の邸宅から、ここカドレア邸宅まで戻って来た。

 道中、獣に襲われながらも、長い旅路をボロボロの身体で女神像を守りながら帰って来た。

 追手が来なかったということは、ローランは何もしゃべらなかったのだろうか。


「あの、僕……、話したいことが沢山……」


「分かってる。だけど、まずは、朝ごはんを食べましょう。話はそれからよ」


 マーシャは優しく微笑んだ。



「よくぞ、戻って来た、ムネタカよ」


 執務室にて、フェミルが言う。

 ムネタカは頭を下げた。

 フェミルは相変わらず、大きな黒檀の机から、顔半分だけ出た状態だ。


「そして、この女神像を……よくぞ、取り返してくれた」


「はい」


「これこそが、ユメル侯爵が10年前、我がカドレア邸を襲い、わが父、カドレアを殺し、お主の恩人、タルボを殺した証拠の品になる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る