第43話 さよなら、おじさん

「タルボさん!」


「きゃああああ! おじさん!」


「あうあう!」


 マーシャ、フェミル、ムネタカはそれぞれ、悲しみの声を上げた。

 タルボは死の淵にいた。

 なぜなら、彼ら彼女らを守るために……聖槍ゲイボルグに刺し貫かれることを防ぐために、タルボは盾となり身代わりになったからだ。


「おおお!」


 断末魔のような叫びを上げようとするが、唸り声しか出ないタルボ。

 なぜなら、その筋肉で覆われていたはずの腹は、神器で貫かれ大きな穴をあけていたからだ。

 空気の通り道に穴が空いたことで、声を出すこともままならない。


「に、逃げろ……」


 それでも、しっかりとアイリーンを抱き、未来ある若者に命を繋ぐことを願っていた。


「タルボさん……。この仇は必ず……」


 マーシャは目に涙を浮かべ、それを拭うこと無く出窓に足を掛ける。


「そうはさせん!」


 ユメル侯爵はタルボの腹から、ズブリと聖槍を引き抜いた。

 聖槍の支えが無くなり崩れ落ちるタルボを踏みつけて、マーシャのすぐ近くまで来た瞬間……


「いてっ!」


 床に転がる本当の女神像。

 ユメル侯爵の額に出来る小さなコブ。


「あう!」


 ムネタカが投げつけた女神像。

 それは、ユメル侯爵の集中力を欠くのに好都合だった。


(タルボからしっかり持っている様に言われた女神像……。だが、仕方ない。この場を助かるためには)


「おお! お前が持っていたのか!」


 それを拾おうと、マーシャ達を追うのを忘れ、しゃがみ込むユメル侯爵。


「ユメル侯爵! それは私が拾う! あなたは奴らを追え! 奴らはまだ赤い魔石を持っているはず!」


 エルミネアの叫びに、はっと我に返るユメル侯爵。

 タルボが初めから持っていた赤い魔石は、フェミルが預かっていた。


「しまった!」


 ユメル侯爵が窓から身を乗り出して外を見る頃には、マーシャ達はもういなかった。

 月明りを頼りに、辺りを見渡すが、やはり既にその姿はない。

 林に囲まれたカドレア邸は、シンと静まり返った。


「すいません。私としたことが……」


 エルミネアに頭を下げるユメル侯爵。

 エルミネアはユメル侯爵から女神像を受け取り、それをじっと見つめた。

 そして、口を開いた。


「ま、土魔法の元になる茶色の魔石が手に入っただけでも良しとするか……。カラルマ様が何と仰られるか……」


「おぎゃあああ!」


 タルボの死体に抱かれたアイリーンが泣き叫ぶ。


「それにしても、後片付けが大変ですね」


 ユメル侯爵はため息をついた。

 カドレア侯爵の邸宅、タルボのアジト……

 隠滅しないといけない証拠は山ほどある。


「この赤ん坊はどうします? 捨てておくわけにも……」


 ユメル侯爵とエルミネアはアイリーンを見つめた。

 エルミネアはアイリーンの胸の辺りに星形のあざがあることに気付いた。


「タダの赤ん坊だ。預かっておこう。何かの役に立つかもしれん」

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