第13話 名前を決めてください
「密偵として探りを入れてくる」
朝食後、タルボは立ち上がってそう言った。
行く先はカドレアの領内にある街。
そこで、身分を隠し情報収集を行うことにした。
「気を付けてね」
マイファが心配そうな顔だ。
「ああ。死にやしねぇ」
「そうじゃなくて、浮気しないでってこと」
「おお……」
振り返りマイファの顔を見るタルボ。
目に涙を浮かべる妻の顔。
それを見て、タルボは自分に心配を掛けまいと強がっているマイファを愛おしいと思ったと同時に、絶対生きて帰ると心に誓った。
「あうあうあう」
「何だ? お前も行きたいのか」
宗孝は大きく頷いた。
「そんなこと言っても、お前、遊びに行くわけじゃないんだし……」
(俺も情報を得たいんだよ。この目でこの世界がどんなところか今のうちに知っておきたい)
恐らく今後のためを考えると、宗孝はアジトでじっとしているよりも今からこの世界のことを実体験で覚えて行く方がいいと思った。
それに、ずーっと寝てるのは退屈過ぎる。
「いいじゃない。タルボ。赤ちゃんも連れて行けば」
「え? でも足手まといに……」
「赤ん坊連れてる密偵なんていないよ。だからいい身分隠しになる。それに赤ん坊がいたらパパと思われて浮気も出来ないでしょ」
「くっ……」
マイファの目は何でもお見通しだった。
密偵は盗賊団としてのオプションの仕事だ。
その仕事を進んでタルボはやりたがる。
それは街に出て女に声を掛け、仲良くなるのが大好きだからだ。
もちろん、情報を聞き出すには有効な手段だが、マイファにはそれがちょっと耐えられなかった。
情報の集め方はもっと真っ当なやり方があると思っている。
「そうよね。アイリーン」
「あううう」
アイリーンが手を叩く。
「分かったよ! じゃ、行くか……! ……って、お前、まだ名前つけてなかったな」
(そういえばそうだ)
「えーっと、何にしようかな。勇ましい名前がいいよな。ゴリオとかどうだ?」
宗孝は全力で首を振った。
そんな野生動物みたいな名前、お願いだから付けないでくれ。
「う~ん、と、じゃぁ……」
悩むタルボを横目に、宗孝は指を地面に這わせた。
そして、自分の中である疑問が湧いて来た。
(俺は日本語しか知らない。だが、どうして、この日本でもない生まれ変わった異世界で、この人たちの言葉を理解し、しかも文字まで書けているのだろう?)
地面に書かれた文字は、「ムネタカ」だった。
それはもちろん、この異世界の文字で、だ。
「ムネタカ、か……。……っていうか、お前この名前がいいのか? ……ってか、お前、字が書けるってすごくねーか!」
ムネタカは大きく頷いた。
呼び慣れた名前の方がいいし、どんな世界に行ってもやっぱり自分は自分が一番しっくりくる。
確かに現世に羨ましいくらいスペックの高い奴がいたが、そいつ自身になりたいとは思わない。
あくまで、そいつ並みのスペックを得た自分として生まれ変わりたい。
(もしかして、僕って、転生者にありがちなチートスキル持ち……?)
思い当たるスキルとしては……
言語翻訳スキル
高聴力スキル
「ムネタカか。なんか馴染みが無い響きだが、どこか風流だな。よし。お前は今日からムネタカだ!」
タルボが宗孝を抱きかかえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます