第50話 暗殺者の条件

「フェミル様! フェミル様!」


 マーシャがフェミルを抱きしめた。

 お互いしばらく泣いた後、フェミルがマーシャの腕を振りほどき、こう言った。


「ムネタカ、今日が何の日だか覚えているか!?」


 突然、問いを振られたムネタカは、何を答えていいか分からない。


「父上がユメルに殺された日なのだ! それは、お主の父親でもあるタルボが殺された日でもある!」


(ああ!)


 ムネタカは思い出した。

 自分を拾ってくれた父親も同然のタルボが殺された日だ。

 マーシャ、ムネタカ、フェミルを助けるために、タルボは聖槍の餌食となった。

 あれから丸10年。


「丁度、10年経ったこの日、私は決心した。奴を殺すと」


 フェミルはもう泣いていなかった。

 その目には涙でなく、憎悪の炎が揺らめいていた。


「ですが、フェミル様、暗殺するにしても誰がその使命を受けるのですか……まさか……」


 マーシャが問い掛ける。

 そして、自分でも何かに気付いた様だ。


「フェミル様、私とムネタカを呼んだのは、まさか、そのために……」


「うむ」


 フェミルは大きく頷いた。

 そして、こう続けた。


「マーシャ、お主をはじめはこの任に命じようと思ったのだが、お主は如何せん、ユメル侯爵に顔がバレてしまっている。それが不都合だ」


「……そうですか」


 マーシャは少し顔を下げ、残念そうな顔になった。

 そして、顔を上げ、ムネタカの方を向いた。


「では、ムネタカを?」


「うむ」


 フェミルは大きく頷いた。


「え?」


 ムネタカは自分で自分を指差した。

 ユメル侯爵を殺せる。

 これは願っても無いことだ。

 だが、暗殺者として殺すことになるとは。

 突然、タルボの言葉を思い出した。


「俺は殺さない。誰かを殺せば自分が殺されるからだ」


 それは仕事をする上での彼のポリシーだった。

 殺せば誰かからの恨みを買い、いずれは自分も殺される。

 それは終わらない連鎖だった。

 だから、タルボは暗殺稼業を引き受けなかった。


(皮肉なことだ。その僕が今、暗殺者になろうとしている)


 タルボに謝るべきか。

 否、彼は喜んでくれるだろう。


 ムネタカは決心した。


 だが……


「どうしてムネタカなのですか? 彼は暗殺者の訓練を受けていませんが……」


 そのムネタカの疑問を代わりに、マーシャが問い掛けてくれた。


「うむ。他から暗殺者を雇うのも手だが、質の悪いのに当たると、逆に暗殺を指示したことをネタにこちらをゆすって来ることがある。法外な金を要求してくることがあると聞いたことがある。命が惜しくて逃亡されても困る。もし、暗殺者が捕らわれの身となり、こちらのことをばらされても困るからな」


 フェミルが腕を組み、うんうん頷きながら答えた。


「つまり、部外者は実力が有っても信用出来ないと……」


「その通り!」


 マーシャの返しに、手で膝を打つフェミル。

 

「何より重要なのは、ムネタカが持つ動機。ユメル侯爵への強い復讐心があるということ」

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