第53話 君にずっと嘘を付いていたから

「あともう少しです。あの崖の間の道を通れば、もうすぐカドレア領です」


 ユメル侯爵がオズモンド国王の問い掛けに応えた。


 オズモンド国王一行は順番に各国と諸領を周っていた。

 その最初の順番がユメル領だった。

 次にカドレア領に向かう。

 次の地点から地祇の地点へ案内するのは、各国、各領の国王であったり領主であった。

 そういうしきたりであり、外交である。



「そろそろだな」


 ムネタカの視線の先には、黒い影の塊が。

 街道を進むユメル一行だ。

 もう少し近づいてくれれば、この右手に持つポイズンガンでユメル侯爵を狙う。


「はぁ、はぁ。おっと……」


 ポイズンガンを取り落としそうになる。


 ムネタカは手に汗をかいていた。

 それほど緊張していた。

 失敗は許されない。

 失敗は死を意味していた。


「ムネタカ、死なないでね」


 マーシャはそう言ってくれた。

 彼女はこの10年間、ほぼ毎日、ムネタカと訓練に付き合ってくれた。


「ごめん」


 彼女は謝っていた。


「なんで?」


 ムネタカは問い掛けた。


「君を、そんな風に育てるために鍛えていたわけじゃないの」


「一体、どういう意味?」


「それは……」


「マーシャさんは、もしかして、最初から俺が暗殺者として選ばれることを知っていたんですか?」


 ムネタカは出発の時、問い掛けた。


「うん……。薄々は……。ごめん」


「なんで、謝るんですか?」


「君にずっと嘘を付いていたから」


 マーシャはうつむいた。


「謝らないで下さい。僕は感謝しています。強くしてくれたことを。例えそれが、命を賭けた暗殺のためだとしても」


「ムネタカ」


「ありがとう」


 マーシャの顔を思い出した。

 ムネタカは彼女のことがちょっと好きになりかけている自分に気付いた。

 だから、生き延びたいと思った。



「お父様、もうすぐ?」


「ああ、もうすぐだよ。ペル」


「早く外に出たいなあ」


 ペルは両足をバタバタさせた。


「こら。ペル。お行儀が悪いですよ」


 セシリアがペルの膝小僧をぴしゃりと叩く。


「だって~退屈なんだもん!」


「もう、この子は……」


 セシリアは仕方なさそうにため息をつくが、笑顔だ。


「ふふふ。元気なのはいいことだ。外に出たら思いっきり父と遊ぼう。ペル。あの崖の間を通れば、もうすぐだよ」


 オズモンド国王がそう言った。


 その時……


ぎゃー!


 悲鳴。


「なんだ!? なにがあった!?」


 オズモンド国王が声を荒げ、腰の剣に手を掛ける。


「敵襲! 敵襲ー!」


 兵の声が響いた。



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