第34話 風の魔法使い

 洞窟の中を一陣の風が吹いた……かと思ったら、それはまっすぐ盗賊の人妻……マイファに向かって殺到していった。


「きゃああ!」


 風の刃が彼女を襲う。

 縦横無尽に襲ってくる風の刃は、彼女の身体を縦横無尽に切り裂いた。

 腕が引き裂かれ、アキレス腱が断ち切られる。

 切り刻まれる度に、彼女は傍目には奇妙なダンスを踊っているかのように見えた。


 ……そして、その風がやむと、まるで彼女は糸が切れた操り人形みたいにぺたりと座り込んだ。

 もちろん、頭は垂れ下がったまま、二度と上がることは無かった。


「殺したのですか?」


 目の前の残虐な光景を見て、逆に落ち着きを取り戻したユメル侯爵が、美少女に問い掛ける。


「ああ」


「ああって、エルミネア……。大事な取引の材料になるかもしれないのに」


 ユメル侯爵の問い掛けに、ほぼ無反応の美少女。

 紫紺の瞳、白い肌、白い髪。

 まだ幼さの残るその少女の名は、エルミネア。


「ちょっと魔法を試してみたかったんだ」


 そう言うと、彼女は手の平にある緑色の石……魔石をじっと見た。


「でも……まだまだ、研究が足りない様だ。魔力を制御しきれず、殺してしまったし……、魔力を制御しきれないということは、エルゲンを使い過ぎて、もうこれ以上休まないと魔法が使えない」


 エルミネアは唇を噛み締め悔しそうだ。


「それは分かります。試してみたい気持ちは……。だが、あの女を殺しては、魔石の場所が分からなくなりました」


 ユメル侯爵は困り顔だ。

 貴重な情報を持つ人物を失ってしまった。

 気付けば、洞窟の中はユメル侯爵とエルミネアしかいない。

 あとは死体だけだ。

 だが……


「大丈夫……。あそこにいる赤ん坊が教えてくれるはず」


 エルミネアが指差す先には、

 アイリーンがいた。


 奥で布にくるまれ寝かされている。


「あの赤ん坊が知っているわけが……なるほど、使えるかも」


 ユメル侯爵は、薄ら笑いを浮かべながらアイリーンの元に近づいた。

 そっとアイリーンを抱き上げた。


「うわああああああん!」


 泣き叫ぶアイリーン。


「おっと、よしよし。大人しくするんです。お前はこれから大事な人質になってもらいます。今から一緒にパパをここで待ちましょう」


 あやしながらも、嫌らしい笑みでアイリーンに笑い掛けるユメル侯爵。


「今頃、ルヒトはカドレア侯爵の邸宅に盗みに行っているはず。首尾よく終わればもうすぐ、私の邸宅に戻っている頃でしょう」


 魔石が手に入る。

 そのことを思うと、ユメル侯爵は笑いが止まらない。

 そして、ここで待っていれば、いずれタルボも戻って来るだろう。


 その時はアイリーンを人質に、奴から赤い魔石の場所を聞き出してやろう。


 洞窟の外から足音が聞こえる。


「タルボか?」


 ユメル侯爵は顔を上げた。


 だが……

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