第47話 証拠

「フェミル様、一体、なんでしょう?」


 フェミルの執務室は、カドレア侯爵が使っていたものだ。

 10年前のまま残されている。

 大きな黒檀の机は侯爵の愛用品だった。

 今、その大きな机の前には、彼の愛娘だったフェミルがちょこんと座っている。

 彼女の目の前には羊皮紙が広げられ、そこには地図が描かれていた。


「マーシャ、他でもない。ユメル侯爵のことについてだ」


 マーシャの兄、ゼストが口を開く。

 彼はカドレア侯爵亡き後、幼くして領主になったフェミルを支えていた。

 フェミルは当時5歳の幼女だったが、今では成長し15歳の少女になっていた。

 カドレア侯爵の後を5歳の子供が引き継いだ。

 だが、何も知らない幼女は当時、父親の死に暮れ、泣いてばかりいた。

 それでも、周りの支えで何とかここまでやってこれた。

 だが、大人に近づいたとはいえ、まだまだ子供な部分がある。


「兄様! 今こそやつの領内に攻め込むべきです!」


 マーシャはここぞとばかりに檄と飛ばした。

 だが、ゼストは首を横に振った。


「マーシャ。落ち着け、それはまだ難しいのだ」


「分かっています……。でも」


「マーシャよ。そんなことをしては他の諸侯が黙っていない。同盟関係を破り他の領内に攻め込むなどもっての他……」


 フェミルが腕を組んだまま、目をつぶって言う。

 背が小さな彼女は、机の前に座ると顔が半分だけしか見えない。


「フェミル様、いつからそんな穏やかになられたのですか! あの時は……ユメル侯爵を殺すと誓ったではありませんか!」


 マーシャの声が荒くなる。


「こら、マーシャ」


「し、失礼しました」


 兄に諫められ、声を落とすマーシャ。


「……マーシャ気持ちはわかる。だが、ユメル侯爵が我が父上を殺し、カドレア家を壊滅寸前にまで追いやったという証拠が無いのだ」


 フェミルが悔しそうに唇を噛む。

 だが、顔は下半分が机で隠れているので、その様は見えない。

 きつく閉じた目だけが、その辛さを物語る。


「あやつがやったのを私はハッキリ見たし、現に殺されかけました」


 マーシャはそう言うと、ムネタカの方を向いた。

 ムネタカも頷きこう言った。


「はい! ユメルが黒装束を着て盗賊の振りをし、神器を振り回しました。魔石を奪いに」


 そう、マーシャ、ムネタカ、フェミルはその場にいた。

 そして、ユメル侯爵の聖槍ゲイボルグに殺されかけた。

 それをタルボが防ぎ、死んだのだ。

 カドレア侯爵もユメル侯爵に殺された。


「だが、証拠が無くてはダメなのだ。殺す理由が見付からない。攻め込む理由が無い」


「私達がこうして体験しているのです! それではダメなのですか?」


「うむ」


 フェミルが小さく首を横に振る。

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