37.虎の子ランチタイム

【登場人物まとめ】

https://kakuyomu.jp/users/YomogiGun/news/16818023213980009344


〜よくわかるあらすじ〜

 なんかギャル達と一緒にランチタイムを過ごす事になったので死なないように頑張ろう!

 たぶんノリが悪いと処されるけど調子に乗りすぎても処されるぞ!

 とりあえず空気を読もう!死ぬぞ!



帰りたい。


そんな切実なる思いに鍵をかけ、俺は心頭滅却し、日野目さんの隣に腰掛けた。帰りたい。

ちなみに普段は専ら井上さんの定位置となっている席なので、それを思うと少しばかり気が楽になったり荷が重くなったりした。

我ながら酷く場違いである。帰りたい。


「――てかさてかさ、安城ちゃんと絡むのあの日ぶりじゃんね?喋るタイミングマジで無いから実は萎えてたんよね」


前髪を整えつつうっすらと額に浮いた冷や汗を指先で拭っていると、日野目さんが朗々と言い放った。

"あの日"というのはショッピングモールで遭遇し、なんやかんやで佐々木さんと井上さんを含む四人で一緒に遊んだあの日の事だろう。


「あはは……席も遠いし、中々ね」


頷きつつそう返す。

あれ以来、日野目さんは以前にも増して俺達に声をかけてくれるようになったのだが、挨拶程度の軽いやり取りしかできていない。

故に、このようにしっかりと時間を取って会話をするような機会は未だ訪れていなかった。


「改めて、誘ってくれてありがとう。日野目さんは勿論だけど、糸井しいさんと露木さんともいつか話してみたいと思ってたから。嬉しいな」


言葉を選びつつ、紛れもない本心を述べる。が、これを機に彼女ら全員と仲良く――とは望んでいない。

日野目さん単体ならばともかく、この三人を同時に相手にすると神々ギャルギャルしすぎて萎縮してしまうし、彼女らのノリに適応できる自信もない。


ここ最近やけに煌めきと女子力に溢れた生活を送っていたせいで忘れがちであったが、やはりどこまでいっても安城ナツメという存在はアラサー独身男性という汚染された土壌に根付いているのだった。


されども、クラスメイトである彼女らとはある程度普通にやり取りが出来るだけの面識は欲しいと思っていたのもまた事実であり、これはそのきっかけ足り得る絶好の機会なのも事実であった。


虎穴ギャル輪に入らずんば虎子ギャルを得ず。

何事も、挑まぬ者に栄誉は無いのだ。帰りたい。


「おっ。マジ?アタシも安城さんと話してみたかったんだよね〜」


そう言い、狐めいた目元を細めて可愛らしく笑うのは糸井しいミズキさんである。

片側だけを軽く編み込んだ、緩くウェーブのかかったショートヘアがチャームポイントのやや小柄なお洒落ギャルだ。


しかし彼女はその可愛らしい外見とは裏腹に、基本的に誰に対しても物怖じしないタイプのザ・一軍女子であり、何かとハッキリと意見を主張する姿をよく見かける。

要するに正論で顔面を殴れるタイプのギャルであり、俺の知る限りではクマをも凌ぐ最強の生物種であった。


「んー」


そして、その横で紙パックに刺さったストローを咥えつつこちらを見ているのが露木ろぎシグレさんである。

目が合うと小さな唸り声のようなものを漏らし、ひらひらと小さく手を振ってきた。

肯定の意と思われる。具体的に何を考えているのかは不明瞭だが、少なくとも不快には思われていないらしい。たぶん。


烏の濡れ羽色の綺麗な髪に、メイク映えする白磁の肌。

特にうっすらと赤みがかったアイシャドウで彩られた目元などは、見つめられただけで吸い込まれそうな印象を受ける。

総合するとザ・地雷系といった風情の、ダウナーなギャルであった。

この三人の中では最もクールで物静かな印象だが、それと相反するような存在感を放っている。動物に例えるならばフクロウが近いだろう。


俺は二人に笑みを返す。

ひとまず初手は問題ない。こと無難なやり取りにかけては前世の社会経験のお陰で一角ひとかどの自身がある。


何はともあれランチタイムだ。

食事を終える事がゴールラインであり、この場を去る事が許されるのはその後だ。

サヨさんが作ってくれた弁当箱を机上に広げ、鶏肉のごぼう煮を箸で口へ運――


「いきなりだけど安城さんっていつから佐々木さんと付き合ってんの?」


「ん゜ッッ――!?」


「ちょ!?安城ちゃんこれ飲んで!」


鶏肉が口内で爆発したのかと思った。

糸井さんが唐突にとんでもない事を言い出したせいで喉につまりかけたそれをどうにか飲み下すと、日野目さんが背中をさすりつつお茶のボトルを手渡してくれた。


それを一口飲み、ハンカチで口元を抑えつつ、俺は糸井さんの誤解を正す。


「――ッ、ごめ、ありがと日野目さん――。あ、あのね糸井さん、佐々木さんはただの友達だからね?」


「あっマジ?普通に勘違いしてた。二人とも恋人いないの?」


何を理由にどこを勘違いしたのか、という疑問は置いておく。


「……ワタシは居ないよ。佐々木さんも今のところはそういう話は聞かないかな」


「へー。フリーなんだ。じゃあ……日野目ワンチャンあんじゃないのこれ?」


「えふッッッッ……ゲホッ!ゲホッ!」


「うおっ」


日野目さんが派手にむせた。

俺は慌てて日野目さんの背中をさする。


糸井さんはそんな俺達――主に日野目さんを眺めつつ、何やらニマニマと小悪魔めいた笑みを浮かべていた。

露木さんはそんな糸井さんに少し呆れているらしい。わずかに眉根を寄せつつ小さなため息を吐いていた。


「……ちょ――ちょい、しーちゃん!なんでそういう話になんのよさ!?」


やがてどうにか喋れる状態になった日野目さんは、咳き込みすぎて赤くなった顔で糸井さんへと抗議した。


「ん〜何が〜?」


「いや、だから!その、ふ、フリーとか、それで、ワンチャンとかどうとか……なんとか……」


後半にかけてもにょもにょと覇気を失っていく。

いつも謎のテンションで周囲を圧倒している彼女らしからぬ乙女チックなその反応はなんとも珍しい。


……なるほど、非モテ検定一級を自称する俺でも流石に察した。

異性間のみならず同性間でも何かと恋愛話に事欠かぬこの世では、あらゆるやり取りの中に色恋の駆け引きが散りばめられているのである。


なんだか気恥ずかしくなりつつも、俺はその気持ちを尊重して声をかけた。


「……ごめん、日野目さんの反応でワタシも流石に分かっちゃった」


「え゜ッ」


「えっ♡」


日野目さんは耳まで赤く染め、糸井さんは目を輝かせながら同時に俺を見た。

無言だが露木さんもこちらを見ている。


毛色の違う美少女ギャル三人の視線を集める事に今更ながらも気恥ずかしさと緊張を覚えつつ、俺は至極真面目に伝える。


「日野目さん、佐々木さんの事が――」


「ハハッそっちじゃないだろ。会話の流れとリアクションで察するだろそこは」


「ひぇっ」


糸井さんが何故かギャル特有のゴミを見る目で俺を見つつ、笑顔でそのような事を言った。

助けを求めて日野目さんの方を見るが、未だ赤い顔で気まずそうに目を逸らされてしまう。

ついでに露木さんとも目が合うが、哀れみに満ちた顔で微笑まれてしまった。


やっぱギャル分かんない。帰りたい。

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男女比が狂った世界の“女子”に転生してしまった男の話 薪々いろり @YomogiGun

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