13.未知(生徒会長)との遭遇
HRを終えた後は特に何事もなく、そのまま午前中で帰宅する運びとなった。
この後は早くも部活見学に行っていいらしい。今朝とは打って変わり、先輩方が至る所で穏便に呼び込みをしているのが見える。
新入生を飯で釣ろうと、陸上部らしき先輩方が駅弁方式で弁当を抱えて廊下を駆けずり回っているのも見かけた。
どうも一定以上の効果はあるようで、特に腹を空かせた男子生徒が数名釣られているようだった。
一方の陸上部の先輩方は弁当に目を輝かせる男子生徒達を肉食獣のような眼で見つめていた。
うーん、めっちゃエロい。いいなぁ男子……ち〇こもげろ。
俺も部活見学という名の冷やかしで吹奏楽部の先輩方に復讐しても良かったのだが、なんだかんだで普通に楽しくなって入部してしまいそうな気もしたので、今日のところは控えておく事にした。
というか、何よりも佐々木さんを放っておけなかった。
「石になりたい……地蔵に……」
「いや佐々木さん、もう気にしなくて良いって。みんな優しい目で見てたよ」
「そ、それはそれで……きっつい……」
佐々木さんは案の定というべきか、自己紹介が上手くいかなかった事を嘆いていた。
ずっと虚ろな目で虚空を見つめているので、俺はそれを宥めつつ歩いている。
高校の自己紹介でやらかした時の苦しみは、高校の自己紹介でやらかした事のある人間にしか分からないのだ。うーんしんどい。
前世でやらかしている俺にはその気持ちがとても良く分かるのだが、とにかく優しい言葉をかけつつ、生暖かい目で見守ってあげる事しかできなかった。なんとも不甲斐ない。
下駄箱を目指していると、見覚えのあるイケメンと一瞬目が合った。
闇……もしくは病みのイケメンこと生徒会長である。名前は忘れた。
目を逸らして横を通り抜けようとしたところで、声をかけられる。
「ねぇ。安城ナツメさんって子、知らない?」
「安城さんならC組の教室で見ましたよー」
「ん、そっか。ありがとう」
「いえいえー」
ほぼ条件反射的に嘘を
ちなみにC組の教室は一年の教室の中ではここから最も遠い。
「……あ、安城さん、なんで嘘吐いたんですか……?」
今のやりとりを見て我に返った佐々木さんが困惑している。
なんならちょっと引いている。まぁそうなるわな。
「まぁまぁ」
「ま、まぁまぁではなくて……い、今の人、生徒会長ですよね?まずいんじゃ……」
佐々木さんは困惑している。根がいい子なのだろう。
あるいは俺の性根が悪いのだろうか。それは、うん。否定できないけども。
「……まずいかな?」
「よ、良くはないと思います……」
「……」
佐々木さんが非難の眼差しを向けてくる。
急激に罪悪感が湧き上がってきた。
「……う、分かった、ちゃんと名乗って謝ってくる。ごめん、先に帰ってて」
「アッハイ。それが良いと思います……では、ま、また明日……」
「また明日。気をつけて帰ってね」
佐々木さんの背中を見送る。
靴を履き替えた途端に自己紹介のやらかしを思い出したのか、下駄箱に頭を押し付けながら悶えていた。
一人で帰して大丈夫だろうか……あっ、野生の井上さんだ。
井上さんは佐々木さんを見つけるや否や、一瞬で身柄を確保する。
聞き耳を立ててみると、どうやら井上さんと一緒に帰る予定だった子達はそれぞれ部活見学に行ってしまったらしい。
井上さんが笑顔で何か話しかける度に、佐々木さんは冷や汗をかき、目が泳ぎまくっていた。
うん、何の問題もないな。
俺はにっこりと頷くと、安心してその場を後にした。
さて。
佐々木さんに宣言してしまった以上、生徒会長にもう一度会わねば。
どうでもいい相手ならともかく、友人である佐々木さんに嘘を吐くのは精神衛生上よろしくない。
正直、とても気が重い……なんかあのメンヘラ生徒会長、厄介事の気配しかしないんだよな。いや、本当にメンヘラなのかは知らんけども。
先日、レンと話す姉を見ている時の生徒会長の顔はどう見ても気になる異性を見る時のそれだった。
そんな人物が、姉を介さずににピンポイントで俺を訪ねてくるというのはどうもきな臭い。
恋愛相談とかされるんじゃなかろうか……いや、流石にそれはないか。ないよな?
「……しゃあないか」
ともあれ、善は急げという。既に悪を急いだ俺としては耳が痛い。
俺は重い足を引き摺りつつ、C組の教室へと向かった。
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