17.たのしい登校②

翌朝。


家を出る直前、母に平手で背中から気合いを注入してもらいどうにか憂鬱を振り切った俺は、佐々木さんとの待ち合わせ場所へ辿り着いていた。

ちなみにサヨさんにはハグを求めたがスルーされた。お蔭で元気が出た。


現在の時刻は七時十分であるが、決して遅刻ではない。

先日はかなり余裕があったので、今日からはあえて電車を一本遅らせる約束をしていた為である。

待ち合わせの五分前であるが、既に佐々木さんが待っていた。


「おはよう。ごめんごめん、お待たせ」


「あっ、おはようございます。あの、全然待ってないです本当に」


にこやかに声を掛け合い、公園を後にした。

駅へと歩きながら昨日の話をする。


「佐々木さん、あの後大丈夫だった?ちゃんと帰れた?」


「あっはい。あの、実はあの後、井上さんと一緒に帰る事になって……はい」


太陽に焼かれた吸血鬼のようなその表情から察するに、かなり頑張ったようだ。

暖かい目で見つめていると、佐々木さんは慌てて取り繕う。


「あっいえ!井上さんの事は嫌いじゃないですよ?むしろ私みたいなのにもあんなに楽し気に話しかけて下さって……私が意味の分からないリアクションをしても優しく間を持たせてくれるお蔭で気まずくならずにご一緒できたので楽しかったというか。とはいえそれは断じて私の力ではなく井上さんの素晴らしい話術があってこそですしそれに頼りきりだった癖にどうにか二人きりでの時間を乗り切れた事に安堵してしまった浅ましい自分が情けなかったというか……あっその点で言うと勿論安城さんにも頭が上がらないと言うかふひひっ本当に私みたいなのが相手なのにずっと優しくして下さって感謝の念に尽きないです本当に。お二人とも女神様みたいで頭が上がらないです本当。それに比べて私は本当に……石になりたい……地蔵に……」


佐々木さんはひとしきり想いの丈を吐き出した結果、地蔵を目指す事になってしまった。なんで?

俺は昨日から謎の石化願望を零しがちな佐々木さんの背中をさすりながら励ます。


「うん、まぁ、ちょっとずつ頑張ろう。少なくともワタシは佐々木さんの事好きだよ。いい子だし」


あと死にかけのリスみたいでかわいいので、目の保養にもなる。見ていて飽きない。


「アァ……」


佐々木さんは何か眩いものを見るような表情でこちらを見ている。

少し、彼女の中の安城ナツメ像が現実と乖離していそうで不安になった。

一皮剝いてみれば、その正体はただの嘘吐きおじさんなのだ。あまり神聖視しないよう願いたい。


その内、親しい友人としての範疇で互いに素を見せ合える関係になれたら嬉しいと思う。

それはまぁ、お互いまだまだ先の話になりそうだが。



「あ、あの……先程は急に気持ち悪くてすみませんでした……」


「いや全然?ストレス溜まると誰かに吐き出したくなるもんでしょ」


電車を待ちながらそんな会話をしていた。

佐々木さんは一方的にまくし立ててしまった事を悔いているようだったが、俺は一連の言動についてはマジで気にしていないので軽く流す。

哀愁の西ローランドゴリラについて語る時もあんな感じだったので、ぶっちゃけ既に慣れていた。

適応力には何かと自信がある。伊達に転生者はやっていない。


ふと、佐々木さんはこちらを見て思い出したように言った。


「あの。そういえば、安城さんは大丈夫でしたか……?」


「ん?あ、あぁ……生徒会長の件だよね」


佐々木さんが頷く。


どう答えるべきだろう。

大丈夫だったと言えば大丈夫だったが、どちらかといえば大丈夫じゃなかった事の方が遥かに多い。

生徒会長に嘘を吐いた後なんやかんやで生徒会に勧誘されたというよりも、それに付随する問題の方が厄介だ。

具体的にはC組での、イケメン二人によるあれこれに巻き込まれた件(自業自得&因果応報)について、である。


「……ん-……まぁ……そんな大した事は――」


なんとなく、誤魔化そうとしながら佐々木さんの顔を見る。

彼女は心配そうにこちらを見ていた。


その瞳は、純粋に俺を案じており、なんとも言えない気分になった。

ここで誤魔化すのは簡単だろう。平然と「何もない」と言えば、彼女にとっては何もないという事になる。それが無難だろう。

佐々木さんを俺の問題に巻き込むのは気が引けるし、考えてみればまともに話すようになってからまだ数日の仲だ。一週間も経っていない。

実質ほぼ他人だ。

間違いなく彼女の事を友人だとは思っているが、まだまだ俺達は他人なのだ。

適当に誤魔化すべきだと思う。それが普通だと思う。


そう思うのだが。

それは不義理な事であるように思えた。


「――ちょっとだけ面倒な事になったかも。まだ分からないけど……ちょっとね」


気付けば、俺はそう言っていた。


「え、あの……それは……」


「あっ。電車来た」


そこへ丁度、電車がやって来た。

ドアが開く。

俺は誤魔化すように佐々木さんの手を引いた。


乗り込むと、車内は先日に引き続き混み合っていた。

昨晩姉に聞いた話によると、今は部活の朝練が禁止されているからだとか。

来週からは朝練が解禁される。

それ以降は生徒の登校時間はもう少し分散するので、多少は快適になるらしい。


ちなみに、そんな姉はもっと早い時刻の電車で登校している。

何をそんなにこき使われているのかは知らないが、生徒会は何かと忙しいようだ。


アナウンスが流れ、ドアが閉まる。

俺達は互いに無言で目的地に着くのを待つ。昨日と同じだった。




「今日も混んでたね。部活の朝練が解禁されれば登校時間が分散してマシになるみたいだけど」


「あっ……そうなんですか……じゃあ、暫しの辛抱ですね」


駅を出た俺は、恥ずかし気もなく姉の受け売りをひけらかす。

佐々木さんはそんな俺の言葉に相槌を打ちながら俺の隣を歩いていたが、それ以上の事は何も聞いてこなかった。


他愛の無い話題を交わしながら桜並木を抜ける。

足元を見ると、歩道の脇には風に散った花びらが積もっている。

綺麗な光景だが、中には萎れて枯れたものも混じっていた。

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