30.佐々木さん達と遊ぼう・PM
フードコートの片隅の席を確保した俺と佐々木さんは、向かい合ってハンバーガーを頬張っている。
俺が頼んだのは期間限定のエビとアボカドのバーガーセットで、佐々木さんはBLTサンドめいたヘルシーなバーガーだった。ちなみに単品である。
「佐々木さん大丈夫?」
つい、そんな漠然とした質問をしてしまった。
先程のアパレル魔法は彼女にとっての弱点属性であったらしく、佐々木さんがずっと冬眠寸前のリスのようにのっそりとした動作で頬袋へとバーガーを詰め込んでいるものだから心配になったのだ。朝はあんなに生命力に溢れていたのに……。
俺の声に反応し、佐々木さんがゆったりとこちらの目を見る。綺麗な瞳はちゃんと死んでいた。
そのまま暫く無言でバーガーを咀嚼していたが、やがてゆっくりと飲み込み、か細い声で言う。
「……はい、元気出てきました……美味しいですね」
どう見ても今際の際であるが、少しずつHPを回復しているようだったので安心した。
「服屋の店員さんってグイグイ来るから慣れてないとしんどいよね」
「ハイ……何か買うまで開放してもらえないのかと思いました」
こんな大衆向けのモール内でそんな古めかしい悪徳商法が横行しているものか。
俺は思わず笑いながらテーブルに身を乗り出し、佐々木さんの口元に付いていたソースを紙ナプキンで拭う。
照れ臭そうにしている佐々木さんは、ようやくいつもの調子に戻っていた。
そうこうしているうちに互いに完食する。
俺がSサイズのポテトとバーガーとドリンクを平らげるのと、佐々木さんがバーガー一つを食べ終えるのはほぼ同じタイミングであった。断じて早食いはしていないのだが。
時刻を確認すると12時半を丁度回ったところで、フードコート内はそこそこの賑わいを見せていた。
「どうする?もうちょっとゆっくりしてく?」
佐々木さんに問う。
彼女は紙コップに注がれた水を一口飲み下し、少し考える素振りを見せた。
そわそわと、何故か遠慮がちにこちらの様子を伺ってくるので、無言の微笑みで促す。
「ん……あ、あの。実は、ここの本屋さんって、喫茶店が併設してあるそうで」
「へぇ?」
小さな声で「行った事は無いんですが……」と、佐々木さんは付け加えていた。俺も無い。
非常に魅力的な情報である。
このまま本屋で用を済ませ、そのカフェスペースとやらでゆったり休憩するのは、この混み合いつつあるフードコートで漠然と時間を潰すよりも遥かに有意義かつ魅力的であるように思えた。そもそもまだそんなに疲れてないしな。
そうなれば迷う必要もあるまい。
「んじゃ、そっち行こ」
「あっ、はいっ!」
決定である。
俺達はジャンクフードの名残をゴミ箱に詰め、トレーを返却してフードコートを後にした。
書店内へと足を踏み入れた途端、佐々木さんの目が光沢を放つ。
好物を眼前へと盛り付けられた小型犬のように店頭に平積みされた小説へ釘付けになっていた。
「お目当ての新刊、あった?」
「……!」
尋ねれば、無言で何度も頷きつつ、一冊の本を手に取り、表紙をこちらへ向けて来た。
そんな幼子のような一連の仕草がやけに様になっていて面白い。
「よかったねぇ~」
「はい!ふひひ……」
闇属性のその笑い方に反し、とても良い笑顔であった。
なんとなくその笑顔を横目に眺めながら庭先のブバルディアの花を連想する。一見小さくて目立たないが、彩り鮮やかで可愛らしい所が良く似ていた。
……などと思ってから勝手に恥ずかしくなり、目を逸らす。
友人を花に喩えて喜ぶとか中二ポエマーかよ。中身いい歳したおっさんぞ。
……などと、レジへと進む佐々木さんの背中を見守りつつ、俺はそんな事を考えていた。
要は油断していた。
故に、俺は背後から迫ってきたその人物に気が付かなかった。
「ウワッ安城ちゃんじゃね!?やっぱそうじゃん!オッスオッスー!ウェーイだーれだ!私服ゲキマブ!!あっ飴ちゃんあげよっか?」
「うおっ!?」
突然のバックハグにより拘束される。ウェーイじゃねぇのよ。だーれだ!じゃねぇのよ。
「ちょおっ、飴ちゃんいらんけど!」
咄嗟に護身めいた反撃を試みなかったのは相手が女性であったからだ。
もしこれが男であれば踵でタマを撃ち抜いていた所である。
というかそもそも、間違いなくその声には聞き覚えがあった。その独特のノリと、脈絡の無さにも覚えがある。あと背中に遠慮なくブチ当たっている大いなる乳の存在にも。
「ひ、日野目さんだよね!?ちょ、一旦離して!」
「おぉ~」
感心した声と共に、バックハグによる拘束が解かれる。
心臓を抑えつつ振り返れば、そこに居たのはやはり俺と佐々木さんが現在最もクラス内で恐れている一軍ギャルこと日野目カナ氏その人であった。
姉の友人の田中先輩といい、ギャルというものは同性との距離感がバグるのが自然界の掟なのだろうか。んな訳ねぇだろ。
「正解!飴ちゃんあげる!」
「だから飴ちゃんいらんけど」
つい呆れながら断るとゲラゲラと爆笑された。相変わらずマジでノリが分からん。
救いを求めて視線を彷徨わせれば、そんな俺達の様子を笑顔で眺めている井上さんと目が合った。
井上さんは人懐っこい笑みと共にこちらへと歩み寄る。
「やっ!安城さん奇遇だね!私達も偶然遊びに来てたんだ」
「うん、奇遇すぎてビックリした。マジで心臓止まるかと思った」
主に日野目さんのせいで。言外にそう答える。
「いいね!」
「うんうん」
すると二人揃って満面の笑みであった。何も良くないが。
まぁ確かに井上さんに会えたのは嬉しい。
ただしこの距離感バグり散らかし系ギャルは存在自体が特異点そのものなので困った。あと単純にギャルなので怖い。
うん。
まぁ、ここは速やかにこの場を去るべきだろう。
というか佐々木さんが戻って来たら厄介な事になる事は容易に想像できる。
なんせ今日の佐々木さんはめちゃかわいいので、この距離感バグり散らかし人間大好き系ギャルの目に留まろうものならそれはもう凄いアレでアレに違いない。あまりにアレ過ぎて語彙がアレしている。
俺は無難にうんうん、と相槌を打ち、さり気なくその場を立ち去る事にした。
「そうだね。じゃ、ワタシはこれで……」
「で、安城ちゃん何してたん?あっもしかしてデートだったり?彼氏?彼女?安城ちゃんならどっちいても不思議じゃないしなぁ。でも安城ちゃん女の子のが好きでしょ?お隣なのに加藤ちゃんにめっちゃ塩だし。クラスの子も良く安城ちゃんの事――」
「ウヌウ……ヌオオ……!」
しかし回り込まれてしまった。
つい、どこぞの優しい王様のような呻き声が漏れる。ふザケルな!
「カナちゃんカナちゃん。安城さん忙しいみたいだよ?」
すると流石に俺の態度を察してくれたようで、我らが守護天使こと井上ミカエルさんが助け舟を出してくれた。
「あっヤバ、ゴメン!安城ちゃんと会えて嬉しくてね?アハハ!」
日野目さんはそれを受け、あたふたとしつつ慌てて謝ってくる。
こうもストレートに好意を示されるとどうもムズ痒いし、やや申し訳ない気分になった。
ノリが独特でマジで意味分かんないだけで断じて悪い子ではないんだよな、日野目さん。あと別に下心とかないけど巨乳だし。いやマジで下心とかないけど。スタイルが良いって話だし。マジで。
ただ一軍ギャルはその周囲が色々と怖いので、よく分からない内はお近づきになりたくないのもまた事実ではあるのだが。この子の周囲がみんな井上さんみたいな子なら何も怖くないんだけどな。
ともあれ無事にお開きの空気になってくれたので、佐々木さんが会計を済ませて戻ってくる前に速やかに回収し、かつ密かに撤収するべきだ。
少し後ろ髪を引かれつつも二人に別れの言葉を述べた。
「いや。ワタシも二人に会えて嬉しいよ。ただ、今はちょっと用事があるからさ。また学校で――」
「すみません安城さんお待たせしました!ふひひ……!無事に買えました……新刊……!ああ……新品の本の匂いって良いですよね……!インクの香りにさながら絹のような手触りの裁断面の感触。私今生きてるんだなって実感できますよね……くんくん。ふひひ……しかもこの中に大好きなあの作家様の分霊と言っても過言ではない可愛い可愛い文字達が詰め込まれていると思うと……もう本当に嬉しくてしょうがなくって…………あれ?」
間に合わなかった。ごめんよ佐々木さん。
満面の笑みで戻ってきた佐々木さんは日野目さんにも断じて引けを取らないマシンガントークを繰り出していたが、俺以外の二人の存在に気が付くと不思議そうにそれを中断した。
「「………………」」
井上さんと日野目さんは、佐々木さんを見て絶句している。
しかも完全に瞳孔が開いていた。
ごめんよ佐々木さん。俺があと少し早く切り上げていれば。
「「可愛いいいい!!!!!!」」
「ヒッ――」
俺はただただ己の不甲斐なさを詫びつつ、二人の手によって死にかけのリスと化していく彼女を見ている事しか出来なかった。
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