29.佐々木さんと遊ぼう・AM

土曜日。

高校入学から実に一週間が経ち、俺は初の週末を迎えていた。


現在、俺はいつもの公園で佐々木さんと待ち合わせている。

学校へ行くのではない。なんと今回我々は初のお出かけを試みているのだ。


と、いうのも。

先日の昼休み、俺がアマネに呼び出された事で、佐々木さんは井上さん達と一緒に昼食を取る事になった訳だが、どうもそれによって色々とを越えてしまったらしい。

昼休み終了間際、歯磨きを終えてから教室へと駆け込んだ俺が目にしたのは、自席にて遂に地蔵と化した佐々木さんの姿であった。


井上さんに訳を聞くと、どうも日野目カナ氏によるかわいがり(文字通りの意である)によって体力を使い果たしたらしく、今まさに六道を巡っている最中さなかの地蔵菩薩が如き穏やかな表情をしていた。おいたわしや。

つい日野目さんの方を見ると向こうもこちらの視線に気付いたらしく、満足気に微笑みながら手を振ってきたので、俺はなんとも言えない気分でそれに応じるのであった。


今回は、そんな佐々木さんを元気づける為に街へ繰り出そうという魂胆だ。

昨晩、改めて昼の事を謝りつつ遊びに誘った所、例のゴリラスタンプと共に了承の返事を頂いた。

ちなみに井上さんについては土日も忙しそうだったので誘っていない。

いつも距離感が近いので何かと勘違いしがちだが、あの子は引く手数多の人気者なのだ。スケジュールの濃さは恐らく俺や佐々木さんの比ではない。多分、友人の数は桁からして違うだろう。


時計を見る。

待ち合わせ時刻より少し早く、なんとなく俺は自分の身だしなみを確認した。


有名スポーツブランド(前世で言うadidas的ポジション)のロゴが刺繍されたグレーのキャップに、同ブランドのややオーバーサイズな白トレーナー。それにデニムのショートパンツとグレーのスニーカーを履き、デニムパンツの色に合わせて紺のボディバッグを身に着けている。


ショートパンツを除けばメンズめいた組み合わせだと自負しているが、あくまでレディースファッションの範疇である。

流石に、何の理由も無しに男装をしようとは思わない。肉体的に女子である事は可能な限り楽しもうと思っているので。


というのも、前世の時点でファッションはそれなりに好きだったのだが、メンズと比較してかなり自由度の高い着飾りが気兼ねなく出来るというその点に於いて、俺は女子に転生した事を大変嬉しく思っていた。

ただ、自由度の高さとは何の指標も無ければあっという間に漂流する羽目になる事も示しており、世の女性たちがこぞってトレンドという名の羅針盤を追い求める理由も身を以て理解したのだが。

まだ学生の時分でこれなのだから、社会人になってからが本当に恐ろしい。俺もビジネス用のメイクの練習とかする時が来るんだろうか。めんどくせぇ。



「お、おはようございます……すみません安城さん、お待たせしました」


そんな事を考えていると、いつの間にか待ち合わせ時刻になっていた。

ふと聞き覚えのある声がしたのでそちらを見る。


「あぁ。時間丁度――」


そして、俺は思わず息を呑んだ。

何故なら、とんでもない美少女がそこに居たのである。


良く手入れされたゆるふわロングの黒髪はハーフアップにアレンジされ、後方で軽く編み込まれている。

レトロ調の淡い若葉色のロングワンピースと白のスニーカーの組み合わせが絶妙にマッチしており、それを見事に着こなしている様はアイドルにも引けを取らない。


思わず、俺は無言で見入ってしまった。


「…………」


「……あ、あの。安城さん……?」


そんなとんでも美少女こと、佐々木ミツハさんは言葉を失っている俺へと不安げに話しかけてきた。

我に返った俺は、慌ててそれに応じる。


「えっ。あっ、ご、めん、あ、えと……お、おはよう」


「お、おはようございます……あの、この服、やっぱり似合ってないですよね」


どうも、ぎこちない俺の様子を誤解してしまったらしい。

佐々木さんは悲し気な表情で襟元をつまみつつそんな事を言う。


「似合わ……えっ、普通に似合ってるけど!?」


一瞬本気で何を言っているのか分からなかったが、言葉の意味を理解した俺は慌ててそれを否定した。

佐々木さんはそれでも不安げにこちらの表情を伺っている。


「ほ、本当ですか……?実はこれ、母が昔着ていたものだそうで……我ながらファッションには疎いので、かなり奇抜な服装をしているのではないかと……」


「いやかなり良いと思う。違和感全くないし。むしろ普通にオシャレに着こなしててすごいよ。ガチで可愛い」


素直に本心を述べる。

少なからず人を選ぶデザインだと思うが、佐々木さんの清楚な印象も相まって実に見事に調和している。

仮に俺が着ようものなら昭和アイドルのコスプレにしか見えないだろう。それはそれで別にいいだろうとは思うが、何より自然体で着こなせている事が凄いと思ったのだ。


「……あ、ありがとうございます」


佐々木さんはそんな俺の言葉に嘘が無いと理解したらしい。俯きつつ少し照れ臭そうに笑ってくれた。死にかけてないリスみたいで可愛い。


「……あの。安城さんも……かっこよくて、良いと思います。その服」


更に、佐々木さんは上目遣いでこちらをちらちらと伺いつつそんな事を言ってきた。

不意打ちである。


「ンッ……ありがと」


俺はつい目を逸らしつつ、素っ気なくお礼を述べた。顔あっつ。

なんだか、今日の佐々木さんはやけに心臓に悪かった。


「――えと……じゃあ行こうか!」


「は、はい!」


何だか互いに気恥ずかしくなってしまった俺達は、そんな空気を誤魔化すように笑顔で駅へと向かうのであった。



改札を通り、普段の通学時から見て反対側のホームへ向かう。

入学してからまだ一週間しか経っていないが、普段とは逆方面への電車を待つのはやけに新鮮な気分だった。


「佐々木さんって普段の休みはどっか行ってる?」


「基本的に家から出ないです……勉強したり、読書がメインですかね。あの、安城さんは?」


「んー。今日みたいに友達とその辺まで出かけたり……あ、妹とか姉の荷物持ちで連れ回されるのは多いかも」


互いの休日の過ごし方について他愛の無い雑談を交わしていると、やがて電車がやってくる。

休日の昼前という事もあって車内はかなり空いている。俺達は端っこの席へ並んで腰かけ、小声で談笑しつつ過ごした。



「よっしゃ着いたー。じゃ、行こうか」


「あっ、はい」


やがて目的の駅へ到着し、改札を出た俺達は駅に併設された商業施設へと向かった。


二人並んで歩く。ショッピングモール入口の自動扉を過ぎたところでふと佐々木さんが疑問を口に出した。


「ところで、今日は何を買うんですか?」


「んー、服でも買おうかな。入学祝いでお小遣い貰ってるし」


にこやかに答えると、佐々木さんはなるほど……と頷いていた。

ちなみに今日の予定は特に固まっていない。なんとなくモール内をウロウロしつつ、互いに興味があるものを見て回る予定だった。


「佐々木さんは何か欲しい物とかある?」


「えと……そうですね。ネットで買うつもりでしたけど、今週発売した小説の新刊があれば買おうかなと」


「いいね」


佐々木さんが控えめに微笑む。

それに頷きつつ、俺達は互いの目的地を目指す事にした。



「いらっ↑しゃい↓ませェ~♡(裏声)」


えらく独特なイントネーションを操るアパレル店員のお姉さんに歓迎されつつ、俺達はまず目についたセレクトショップへと入った。


「ヒェッ……呪文……」


「歓迎の呪文だから安心していいよ」


佐々木さんはそんなお姉さんにえらく怯えていたので、俺は苦笑しつつ宥めた。

背後で小さくなっている佐々木さんを先導しつつ店内を見て回る。


「あ、このカーディガンかわいい」


ふと、マネキンが羽織っている白い薄手のカーディガンが目についた。

落ち着いた印象の涼し気なアイテムである。デザインも無難で、手持ちの服に合わせやすそうだと思った。

これからサマーシーズンを迎えるにあたって、夏服としても良さそうでもある。


「佐々木さん、これどう思……ん、あれ?」


背後の佐々木さんに意見を求めて振り返ったのだが、そこに彼女の姿はなかった。

ついさっきまでそこに居たのに、一体どこへ消えたのだろう。


首を傾げつつ店内を探す。

すると、俺が目にしたのは悲惨な光景であった。


「お客様↑なら↓それもお似合いになるかと~♡最近↓かなり流行ってて↑つい昨日再↑入荷↓したばっかりなんですよ~♡」


「…………アッ……ハイ……」


「佐々木さーん!」


そこで俺が目にしたものは、店員のお姉さんの呪文を一身に受け、HPをゴリゴリに削られ続けている佐々木さんの姿であった。

どうしてこんな状態になるまで放っておいたんだ!俺のバカ!


慌てて佐々木さんを救助した俺は、すかさず店員さんのターゲットを自身へと移すと先程のカーディガンを試着し、着こなしに関する的確なアドバイスを貰ってから悩むことなく購入し、その場を後にしたのであった。


「…………地蔵になりたい……」


「まぁまぁ。ご飯食って元気出そう」


そんなこんなで間も無く昼である。

地蔵モードに入りかけている佐々木さんを引き摺りつつ、フードコートを目指して進むのであった。

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