28.生徒会の面々について
「
「仰せとあらば」
俺は速やかに土下座をやめ正座へ移行する。
「弁明があれば一応聞くわ。言っとくけど現時点では彼女にアンタを売って平穏を取り戻す算段だから。身内として、念の為事情だけは聞いてから判断しようと思っただけで」
アマネは当然のように言い放った。鬼か?
とはいえ、俺による先日の悪ふざけを起因とした面倒事に巻き込んだのはこちらである。
客観的に見ても正当性はあちらにあった。
そして、いくら俺でも相手が女子なら誰だって良いという訳ではない。
いやまあ部長の宮先輩は除くのだが。あの人は普通に良い人だと思うし……とはいえ、気まずいのでこちらから絡みに行く事は無いと思うのだが。
問題はその他の先輩方である。先日のあの捕食者じみた瞳を思い出すと未だに身震いがする。
ほんの数日前、陸上部の先輩方が男子部員を同じような目で見ていた時は妬みすら抱いていたというのに、いざ当事者になってみればたまったものではないのだから不思議である。
こんな世界でも、いや。こんな世界だからこそ、貞操って大事だと思うの。人として。
しかしながら大元の原因は俺にあるので、それを指摘されれば何も言えないのもまた事実であった。因果応報。
「……で。もう一度聞くけれど。アンタ、吹奏楽部の子達に何してくれてるの?バカなの?」
アマネが呆れた顔で俺を見る。
余程しつこく俺について質問されているのだろう。
その表情からは、前述の通り、同級生である吹奏楽部の先輩への憐憫と、自身の穏やかなる学校生活、そして身内である俺の動機とを天秤にかけようとしている事が見て取れた。
それはそれとしてストレートな罵倒はちゃんと突き刺さるのでやめて欲しい。しかもただの事実だからこそ、尚の事悪辣である。悪辣なのは俺だが。
こうなっては仕方がない。下手に保身を交えた説明は心象を悪くするだけであろう。
俺の生殺与奪の権を握っているのは他でもないアマネなのである。
溜息を吐き、俺はサスペンスドラマの終盤で主人公に追い詰められた犯人のような心境で、動機を全て明らかにした。
「――ちょっとした……悪戯のつもりだったんです。あの頭のおかしい部活勧誘に対する、ささやかな報復のつもりで――」
独白。
静かに、淡々と、凶行へと至った経緯を述べる。
回想を交え、過去の因縁、犯行の準備、犯行当時の状況――それらを述べた。
アマネはそれを静かに聞いていた。
一方、他の先輩方は話を聞きながら爆笑していた。笑うな。
「……つまり、結果としてそうなってしまっただけ、と」
「そうです」
「あくまでお遊びのつもりだった……と」
「そうなのです!」
アマネはふむふむ、と数回軽く頷く。
そして、再びスマホの画面をこちらへ向けながら言った。
「これだけ本気で男装しといてその言い分が通用するとでも?バカじゃないの?」
「だからそれも含めて想定外だったんだってば!」
思わず立ち上がり、駄々っ子のような口調で反論する。
いや確かに我ながらイケボが云々とか男性的な仕草が云々とか、相当に乗り気ではあったのだけれども。ここまでの事態は想定外である。
一方、他の先輩方は爆笑していた。だから笑うな。
とはいえ、第三者から見れば俺は本気で男のフリをして吹奏楽部の先輩方を弄んだやべーやつでしかないのもまた事実だった。我ながら救えねぇな。
一連の犯行が故意であるか否かなど、結局は当事者にしか分からないのである。
つまり状況証拠だけを
アマネは溜息を吐きつつ、哀れみに満ちた表情で言う。
「とりあえず、アンタの連絡先は先方に伝えておくから。責任を取って添い遂げるなりスピード破局するなり好き勝手にそっちで処理しなさい」
「頼むからやめて!妹の貞操がどうなってもいいのか!」
「アンタが勝手に蒔いた種でしょうが。私の方まで雑草が生える前に隔離しておくのは当然の対処だから」
「庭に生えたミントみたいな扱いをするな!」
俺にも
一方、他の先輩方は笑いすぎて涙を拭い始めていた。ツボ入ってんじゃねえよ。
「ひひ……ハァーッ!お、面白ぉ……あーお腹痛い……!妹ちゃんヤバいわ……」
「ッフフ……お、趣がある姉妹やなぁ……」
「あ、アマネ……許してあげなよ。姉妹でしょ……ップフゥーッ……!」
さっきからうるせぇなこいつら。
そう思いつつアマネを見ると「さっきからマジでうるせぇなこいつら」とでも言いたげな目をしていた。やはり姉妹である。
とはいえ、恐らくアマネにとって彼女らはこういった会話を共有できるだけの信頼に足る人間なのだろう。
俺とのやり取りを聞かれるリスクよりもこの場所を使う事のメリットを優先しているというのはそういう事だ。ぶっちゃけ鬱陶しい。
とはいえ、この状況下においては猫の手も借りたくなるというもの。
数の力で相手を説得するというのは古来より有効とされる手段でもある。
「くぅ……あの、先輩方。どうか、姉を説得してくれませんか……お願いします……!」
元よりプライドなんざあって無いようなものだ。俺は藁にも縋るような気持ちで助力を請う。
事実、あまりに情け容赦のないアマネに対し、俺はちょっと涙目であった。元凶が俺であるという点にさえ目を瞑れば我ながら可哀想な女の子である。中身はアラサーおじさんなのだが。
先輩方はそんな俺を哀れに思ったのだろう。俺に対し、同情の目を向けてきた。
「……うーん、可哀想に……お名前は?」
「安城ナツメと言います……」
「そっか……ナツメちゃん、私は中野ヤスハ。生徒会の書記です」
彼女は、慈悲深い笑みを浮かべつつ俺の近くへ寄ってきた。優しそうだ。
しかし、それと同時に何故かアマネが身構えた。何故?
少し疑問に思いつつ、俺は中野先輩に声を掛ける。
「えと……じゃあ中野先輩と姉は生徒会の仲間なんですね」
「そういう事。入学以来とっても仲良しなの。ちなみに、三条先輩は生徒会会計」
「三条マリ言います。よろしゅうね」
三条先輩が穏やかに微笑む。俺は改めて頭を下げた。
「で、あっちの派手なのが――」
「田中ルミ。部外者だけど生徒会室とかここにはよく入り浸ってる!」
そう言い、田中先輩は輝くような笑みを浮かべた。派手な見た目のギャルである。コワイ。
俺はそこまで聞いて、まず真っ先に思い浮かんだ疑問を述べる。
「……ん?あの。生徒会関係者が、立ち入り禁止のこの場所を占領してるのって良くないんじゃ――」
「ナツメちゃん、助けて欲しいんだよね?」
「アッハイすいません何でもないです。助けて欲しいです」
アマネを含む四人が凄い目でこちらを見て来た。
触らぬ神に祟りなし。虎の尾を踏む寸前だったらしい。
中野先輩はうんうん、と満足げに頷くと俺の手を取った。
「よろしい!他でもない、アマネの妹の頼みだもの」
そう言いつつ、俺の背中を抱き寄せる。
……あの、なんか近くないですかね。普通にちょっとドキドキするんですけど。
「いいよ、一緒に説得してあげる――それはそうと、ナツメちゃん。相応の働きには相応の対価が必要だよね」
「え、あ、はいっいぃっ!?」
はい、そうですね――と言おうとした所で、中野先輩が俺の背筋を指先でくすぐるように撫で上げた。
細筆で触れるようなソフトタッチに、俺は思わず鳥肌を立てながら飛び上がってしまう。
「つまり対価は、ナツメちゃんの体で支払ってもらうって事でぇっ!?いったぁあ!!」
見れば、アマネが近くに置いてあった古い参考書で中野先輩の頭を勢いよく叩いていた。
快音であった。
俺は何事かと三条先輩と田中先輩の顔を見るが、二人とも平然としていた。
どうも慣れた様子である。なんで?
「私だけじゃなくて妹まで毒牙にかけようとするのは普通に見過ごせないから。せめて見えないところでやって」
「あ、アマネェ……嫉妬しないでぇっ!?角はやめてよ角は!!」
鈍い音であった。
どうも、中野先輩というのはそういう人であるらしい。
節操が無いのは如何なものかと。俺は密かに距離を取った。
ちなみに三条先輩と田中先輩はやはり平然としていたので、俺はその常習性等を色々と察した。
中野先輩、第一印象はかなりまともそうに見えたんだけどな。人は見かけによらないものである。
俺は中野先輩の醜態から目を逸らしつつ、他の先輩方へ頭を下げた。
「……三条先輩、田中先輩。どうか、一緒にアマネを説得して頂けないでしょうか」
「もちろんええよ」
「いいよー」
「ありがとうございまぁす!!」
快諾であった。
中野先輩はそんな二人に「なんてもったいない事を!」と叫び、またアマネに叩かれていた。しかもなんか、ちょっと喜んでない……?
気のせいだろうか。気のせいであって欲しい。
「アマネちゃん」
そんな中野先輩は無視して、三条先輩がアマネへ歩み寄る。
彼女はアマネの手を取ると、穏やかに語り掛けた。
「アマネちゃん。ナツメちゃんも、わざとやらかしたんと違うみたいやし……お姉ちゃんとして、助けてあげてもええんとちゃうかな?」
「……先輩。ですが、この子が吹奏楽部の子達に迷惑をかけた以上、自分で責任を取らせるのも、姉としては正しい判断だと――」
「うん。もちろん、それも間違うてへんよ。アマネちゃんはお姉ちゃんとして、ナツメちゃんにあえて厳しく接してあげてるのもよう分かっとるよ。アマネちゃんが優しい子なのはウチもよう知っとるもん」
「…………」
穏やかで優しい口調であった。
優しく諭されつつ、アマネの表情から険が取れていくのが分かった。
それを見て、田中先輩がアマネに語り掛ける。
「アマネ、ナツメちゃんの顔見てみ?この潤んだ瞳よ。可愛い可愛い妹ちゃんが反省して泣いちゃってるんだし、もうちょい優しくしてあげてもいいんじゃないの?」
そう言いつつ、にこやかに俺の頬へと頬ずりしてくる。うっわいいにおいするギャルヤバい。ギャルこわい。心臓めっちゃ鳴る。
アマネは、そんな俺達を見て何か呆れたように溜息を吐いた。
暫く黙っていたが、やがて口を開いた。
「……ナツメ。一緒に対応策を考えなさい。お昼もまだだし。食べながら話し合いましょう」
そう言い、ボードゲームを囲んだ席へと腰かける。
三条先輩と田中先輩もそれに倣いつつ、アマネを見て微笑ましいと言いたげな表情を浮かべていた。
「あ……アマネぇ。ごめんよぉ……」
俺はさめざめと涙を流しつつ、三人が囲む机へ向かい、椅子へ腰かけた。
なんとも優しい人ばかりだ。自身の愚かな行いへの後悔と反省が湧き上がるぜ!
「……わ、私も混ざっていいかなぁ……」
あれは除くものとする。
話し合いの結果。
結論として、我らが生徒会長パワーで対処して頂く事となった。
イケメン(架空)たる俺にはイケメン(実体)をぶつけるべし。
確かに、イケメンにイケメンをぶつければ俺は死ぬので理に叶っている。
ちなみに三条先輩の案であった。
「会長がこんな面倒事に関わる訳ないでしょ?」
と難色を示す姉に対し、先輩方は生暖かい表情を浮かべていた。
どうも、生徒会内では会長の恋慕は公然の秘密であるらしい。罪な女である。
まぁまぁ、ダメもとで……とアマネを押し切って連絡させたところ、案の定二つ返事で了承。
かの先輩は無事に会長によって説得されたようで、アマネと俺の平穏なる日々は無事に取り戻されたのであった。
ありがとう会長。この借りはいつかちゃんと耳を揃えて返します。これはマジで。
そんなこんなで紆余曲折、波乱万丈ありつつも、俺は生徒会の面々(中野書記を除く)との絆を深めたのであった。
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