27.安城アマネ(水戸黄門)について
チャイムが鳴り響き、午前の時間割りと共に実力テストが終了する。
後方から回答用紙を回収してくれる女子生徒に笑顔で軽くお礼を言った後、俺は後ろの席の井上さんとその隣の佐々木さんへ声を掛けた。
「テストお疲れ。手応えどうだった?」
「私はまぁまぁかなー。元々、中学の頃から勉強好きじゃないからさ。成績もそこそこって感じだし」
井上さんはそう言いつつ笑う。
こういうタイプに限って優秀な事を俺はなんとなく知っているので、相槌を打ちつつも話半分に受け流す。
「あ、私もそこそこ……って感じです」
一方、佐々木さんは自信なさげにそう言った。
そして、こういうタイプが一番信用してはいけないのだ。中学時代は俺やレンと並ぶ順位だったことを知っている。
「安城さんはどうだった?」
弁当箱を取り出しつつ井上さんが言う。
俺は自身の無さげな表情を浮かべ、これ見よがしに肩を落とした。
「うーん……正直自信ないかも」
「あ、あらら……まぁ、成績には反映されないって話だし。これから一緒に頑張っていこうよ」
そう言うと、井上さんは心配そうに微笑みつつ俺の肩を優しく叩いた。優しい。
が、もちろん嘘である。なんなら全教科満点も視野に入っていた。
俺のようなタイプが誰よりも一番信用してはいけないのである。
中学時代の俺の成績を知っているのであろう、佐々木さんは俺の事をチベットスナギツネのような表情で見つめてきたので、俺はそれをホッキョクウサギのような表情を意識しつつ見つめ返した。
まぁ自ら喧伝するものでも無いからしゃあない。能ある鷹は爪を隠すというし。隠した所で何か目的がある訳でもないのだが。
そんなこんなでひと段落ついたところで、俺は話題を切り替えた。
「今日はどこで食べようか。井上さんは教室だよね?」
「うん、今日もカナちゃん達と約束してるから……良ければ安城さん達も一緒に食べない?」
クラスの後方で楽し気に話している一団を手で示しつつ、井上さんが誘ってくれる。
カナちゃんというのはクラスメイトの日野目カナ氏の事であり、ザ・今時のギャルである。
つまりは俺と佐々木さんが最も苦手とするタイプの一軍女子グループであった。ギャルコワイ。
ちなみに一度絡まれた事がある。
いや、別に悪い子ではなかったのだが。とはいえノリがあまりに独特で、どうにか笑顔でいなした記憶しかない。
ちなみに佐々木さんは視界の端で置物と化してやり過ごしていた。
あんなギャルともいつも楽し気に絡んでいる井上さんはやはり超人であると思う。
というか先日の部活見学の件といい、俺達とも楽しく遊んでくれる辺り、本当にコミュ力の権化だ。いい子過ぎる。
「ありがとう。けどワタシ達、外で良い感じのスポット探すのが楽しみになっててさ」
そう言うと佐々木さんがコクコクと頷いた。今この瞬間、俺たちの心は一つだった。
「そっかぁ、残念。実はカナちゃん、二人の事割と好きみたいだからさ」
井上さんは残念そうに笑いながらそんな事を言った。
俺たちのどこにギャルから好かれる要素が?と思いながらも、笑顔で謝りつつ教室を後にしようと席を立った。
そんな時である。
「失礼。安城ナツメはいるかしら」
良く通る、凛とした声。
教室の前方扉から響いたその鶴の一声に教室内はしんと静まり返り、隣のクラスの話し声すら鮮明に聞こえて来る。
声の主は俺の良く知る人物だった。
今や一年生の間でも有名人と化している、我が最愛の姉こと安城アマネ生徒会副会長の姿がそこにはあった。
隣の席の加藤君が、頬をうっすらと赤く染めながらアマネの事を見つめている。
それどころか、クラスメイトの女の子達までもアマネの姿に見惚れているようだった。
流石、昔から男女問わず告白されまくっているだけある。
俺は少し驚きつつ、最愛の姉からのご指名に応じた。
「……どうしたの?お弁当忘れた?」
「仮にそうだとしてもアンタには頼らないわ――とっても大事な話があるから一緒に来てくれるかしら」
そう言うアマネは、笑顔であった。
そして、怒気を孕んだその笑みから察するに、確実にキレていた。なんで?
昨晩は食卓を囲みつつ普通に仲良く学校の話をしていたし、特にこれといった心当たりがない。
マジでなんでキレてんのこの人?
あまりに訳が分からなかった為、思わず疑問を声に出す。
「えぇ……アマネ、なんか怒ってない……?なんで……?」
「来てくれるかしら?」
「あっはい、喜んで」
有無を言わせぬ圧である。
反抗の芽を摘まれてしまった俺は大人しく連行される事となった。
姉に勝る妹なぞ存在しない。いや、我が家に二人程居るけども。
井上さんに佐々木さんを任せる旨を伝えると、二人は正反対の表情を浮かべていた。
ごめん佐々木さん。そんな死にかけのリスみたいな顔しないで。ほんとかわいい。
弁当箱を片手に持ち、アマネの後を歩く。
すれ違う生徒は皆男女を問わずアマネに見惚れており、かくいう俺も彼女の小柄な後ろ姿を見ながら、相変わらず素敵だな、なんて間の抜けた事を思っていた。
無言で廊下を
階段を上へ上へと突き進み、やがて辿り着いたのは俺も見知った空間であった。
この場所は、施錠されている屋上扉前の
即ち、俺がつい先日簡易的な更衣所として利用したあの場所である。
だが先日とは明らかに異なる点があった。それは先客の存在だ。
「おや、もう来はった。えらい早かったなぁ」
「その子が妹ちゃん?似てないねぇ!けど綺麗な顔してんじゃん」
「えっ!?アマネ、妹居たの!?」
見知らぬ上級生が三名、勝手に引っ張り出したであろう机と椅子に腰かけ、それぞれ菓子パンや弁当を傍らに、ボードゲームを囲んでいる。
先日見かけたあの私物類はどうやら彼女らの物であったらしい。
つい困惑しているとアマネが俺の手を引く。
なされるがままに誘導され、俺は彼女らが囲む机から少し離れた場所に置かれた椅子に腰かけた。
「……さて、ナツメ。どうして私がアンタをここへ連れて来たか、分かるかしら」
いや、だから分からんて。
首を振りつつ、思わず批判的な目でアマネを見るが、その顔は相変わらず怒りを秘めていた。だからなんでさ。
すると、先客の一人……アマネの知人と思しき女子生徒が椅子から立ち、こちらへと近寄ってきた。
他の二人も、椅子に腰かけたまま、こちらへ体を向けている。
いくら中身がおっさんとはいえ、こう
それが表情に出ていたのだろう。こちらへ近寄ってきた女子生徒は笑顔で言う。
「あぁ、ごめんなぁ。怖がらせよ思てへんよ。アマネちゃんを宥めたげよ思って」
関西風の訛りが混ざった喋りが特徴的なその先輩は、穏やかな口調でそう言った。
なんというか、はんなりとした感じの清楚な印象を受ける。和風美人という言葉が良く似合う人だと思った。
アマネはそんな彼女に対し、少しムッとした表情で言った。
「三条先輩。この子はちょっとビビってる位が素直で良いんです。甘やかさないでください」
そう言うと、三条先輩と呼ばれた彼女は苦笑しつつ下がった。
二年のアマネが先輩と呼んでいるという事は、彼女は三年生であるらしい……なんて事を思っている暇は無い。
鬼のような事を言いだした姉に対し、俺は思わず反論する。
「いやいや!そもそもそっちがキレてる理由も分かんないのにその扱いはおかしいでしょ……てか、まずこの先輩方は何者なのさ?」
俺の至極真っ当な意見に対し、アマネはこれ見よがしに舌打ちをして見せた。理不尽が極まっている。
「あのさぁ、アマネになんか迷惑かけた?マジで心当たり無いんだけど……」
「……」
不機嫌そうな姉に、つい俺は不貞腐れた態度でそう言ってしまう。
するとアマネは無言でスマホを取り出し、画面をこちらへ突き付けてこう言った。
「ここに、クラスメイトから送られてきた画像があるんだけれど」
「え?」
何事かと思いつつ、画面を注視する。
そして俺は血の気が引いていくのを自覚した。
思わず、黙り込んでしまう。
「……」
「…………この子、朝からずーっとアンタの事について私に聞いてくるの。ずーっと。どんなに受け流してもずーっと聞いてくるの。ずーーーーっと。ずーーーーーっと」
「…………」
「もう一度聞くわ。どうしてここへ連れて来たか分かるかしら……アンタ、吹奏楽部の子達に何してんの?」
「アマネ。いえ、お姉ちゃ、お姉様」
俺は椅子から腰を下ろし、床に正座する。
両手を地につけ、心の底からの謝意を込め、額を床へと叩き付けんばかりの勢いで下げた。
「本当に……本当に、申し訳ありません。この愚妹をどうかお許し下さい。その件につきましては、全面的に
姉から見せつけられた紋所は、男装した俺と吹奏楽部の先輩による、先日のツーショット写真であった。
先の副将軍、水戸光圀公もビックリの御威光をその身に受けた俺は、高校入学後初の土下座を敢行する事しかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます