31.女子高生とコーヒーラテと俺
俺の視線の少し先、書店の端には併設されたカフェスペースが見える。
そこはダークブラウンを基調としたモダンなインテリアで飾られており、非常に落ち着けそうなデザインで統一されていた。
「ン゛ニ゛ャ゛ア゛」
一方、俺の目前にいる佐々木さんの現状は安堵やリラックスといった言葉からはかけ離れており、小柄な体躯のどこから出ているのか分からないそのおどろおどろしい声は、喩えるならば詰まりかけの排水口から辛うじて水が流れていく時の音にも似た響きを伴っていた。
というかぶっちゃけ可愛い少女の声帯から出て良い類の音では無かった。
「ハァハァ……カワイイ……カワイイ……」
「ヤバい……マジヤバい……」
その元凶たる井上&日野目コンビは呼吸を荒げつつ、一心不乱に佐々木さんの頭部を撫でまわし続けている。シンプルに手つきと目がヤバい。
というかとてもではないが見目麗しい女子高生達が浮かべていい類の表情では無かった。猛獣のそれである。
俺はどうしたものかと思いつつそんな三人を無言で見つめていたのだが、30秒程経った辺りで無限ループに突入している事に気が付く。
このままでは佐々木さんがマジで天に召されかねないと判断し、軽く手を叩き鳴らして注意を引いた。
「二人ともそこまで。佐々木さん死んじゃう」
それを受け、興奮に顔を赤く染め上げた二人が、僅かに残っていた理性によりピタリと動きを止めてこちらを見る。
すかさず佐々木さんを回収して小脇に抱えて歩くと、二人はヨロヨロと俺に追従してきた。さながらカワイイに反応して襲ってくるタイプのゾンビである。
そこで、俺は皆を落ち着かせる為にカフェへと向かった。カフェインのオアシスに救いを求めて。
喫茶スペースの端にある4人掛けのソファー席。
カフェインを摂取した事でようやく我に返った井上さんと日野目さんは、プラ容器に刺さったストローから口を離すと揃って頭を下げた。
「完全に暴走してた。マジごめん!」
「ほんっとにごめん……!」
容器の中身はホイップクリームがたっぷりと乗った甘ったるいコーヒーラテだ。
ちなみに俺の奢りである。アラサー的感覚では女子高生相手に飲食物を奢るのはなんだか喜ばしかった。なんか我ながら犯罪臭いな。
「い、いえ!大丈夫です。お二人ともどうか顔を上げて下さい……」
佐々木さんは困惑しつつも二人からの謝罪を受け入れた。
ちなみに彼女にも同じ物を飲ませている。お蔭ですっかり落ち着きを取り戻していた。カフェインは偉大なり。
しかしまぁ、ぶっちゃけ二人が狂うのも無理はないと思う。そもそもああなる事が予想できたので佐々木さんを遠ざけようとしたのだし。
大人しい佐々木さんが好物について語る場面は何気に貴重であるし、ましてや今日の佐々木さんはその服装も相まってアイドル顔負けの美少女そのものだ。
ギャップにまみれた姿を不意打ちでモロにくらってしまったのだから、感受性豊かな彼女らが壊れるのはむしろ当然と言えよう。というか俺も今朝少し壊れかけたので人の事は言えなかったりする。
謝る二人と、それに対して逆に謝る佐々木さんの双方をまぁまぁと宥めつつ、俺はとりあえず話題を切り替える事にした。話のタネを絞り出す。
「えー……あ、それにしても、まさか二人と学校以外で出くわすとは思わなかったな。ついテンパって逃げようとしちゃったし。ごめんね」
ついでにさり気なく二人から佐々木さんを引き離そうとした事を誤魔化しつつ謝罪するのも忘れない。こういうのは早めに理由付けしといた方がこじれないし。
すると先程までの若干の気まずさを一瞬で吹き飛ばしながら日野目さんがケラケラと笑った。
「いやそれな!ミカちんとヒマ潰ししてたら綺麗な子見つけてガン見してたら安城ちゃんでビビったもん!マジ爆笑」
露骨に調整をミスっている信号機みたいな切り替わりの早さである。
とはいえこの場においてそれは彼女の美点であった。お蔭で妙に気を遣わなくて済みそうだ。
空気が弛緩する。
それを見逃さず、井上さんはニコニコと口を開いた。
「ミツハちゃんもだけど、安城さんの私服もいいよね!可愛いしかっこいい感じ」
ありがたい事に日野目さんと佐々木さんまでウンウンと頷いていた。あくまでお世辞と分かりつつも普通に照れてしまう。
「ンッ……ありがと……えと、井上さんも、日野目さんも可愛いよ。二人ともワタシの好みだし。それと朝にも言ったけど、佐々木さんも……可愛くて大好きだな。アイドルみたいで」
褒められたら褒め返すのが女子としての礼儀というもの。
なるべく目を見るよう心掛けながら、笑顔で照れを誤魔化しつつ可愛い可愛いと、彼女らの服装を褒め立てる。
とはいえ前世の感覚的に、見目麗しい女子高生三人にそんな事を言うのは色々な意味で気恥ずかしかった。俺の主観ではどうにも犯罪的である。
「……あっ、う、うん。ありがと……」
「……」
「…………ふ……ふひ……」
するとどうにも微妙な反応であった。誰もこちらを見ようとしない。
日野目さんに至っては無言でそっぽを向いている。
嘘だろ?あの距離感バグり系ギャルこと日野目さんが……!?
ふと。
何故か、前世の中学生時代にクラスでちょっと仲の良かった女子の髪型やら何やらを人前で露骨に褒めた時の事を思い出した。
最終的に「みんなから勘違いされたら嫌だから……」と距離を置かれるきっかけになった、あの素敵な思い出だ。
――いやキッツ……前世の知識があるせいで急にこういう黒い記憶まで降ってくるの本当にやめて欲しい。マジで。
しかし後悔先に立たず。せめて堂々としておくべきだろう。
ここで下手に「……な、なんつって!ニチャア……」等と言おうものなら下心があると誤解されても仕方がない。
あくまで本心からの言葉を述べただけに過ぎないのだから、さも当然の事として堂々と微笑むしかない。
今こそ、前世にてクソ営業を繰り返す中で身に付けた、顔で笑って心で滝の汗を流すという対人に必須のスキルを活用する時であった。
「あ、安城ちゃんさぁ……その顔でそういう事言うのヤバいっしょ?フツーにビビるってぇ……」
すると、日野目さんが顔を逸らしたまま横目にこちらを見つつそんな事を言った。浮かべているのは苦笑いである。
俺の心臓がバクバク言っているが、ここは堂々と流すポイントだ。平静を保て。
俺はにこやかに。それでいて堂々と言い放つ。
「だって本心だから。好きなものは好きだよ」
いかにもギャルといった感じの服装で肩口などの露出も多いが、日野目さんには物凄く似合っているし、俺が着こなせるかどうかは別として、正直かなり好みのファッションではある。普通に可愛い。
「ン゛ッ」
急に吹き出しつつ、再び日野目さんが黙り込んでしまった。俯いたまま肩を震わせている。笑いでも堪えとるんか。
こちらの発言を冗談として受け取ってくれたのだろうか?
それならそれで、妙に真に受けられるよりは断然良いのだが。
「……安城さん。冗談でも、そういうの禁止!」
「えっ」
そんなやりとりをしていると井上さんが急に叫んだ。
困惑しつつ三人の顔を見ると、やけにむず痒そうな表情でこちらを見ていた。
しかも皆何故か顔が赤い。
……なるほど。
さては余程俺の発言がキツく、共感性羞恥が発動してしまったのだろう。
どうも簡単に誤魔化せるものではなかったらしい。
「……ごめん。今後は控えます……」
そう言うとそれはそれで何かを惜しむような、なんとも言えない表情を浮かべる三人である。
俺はどうすりゃいいのかと思いつつ、手元のコーヒーラテを飲み込むが、偉大なるカフェインは何も教えてくれなかった。
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