04.高校入学と幼馴染
遂に高校の入学式の日がやってきた。
前世の記憶を持つ俺は小学生の頃から先取り学習の鬼と化しており、中学を卒業する時点で高校の学習範囲をしっかりとマスターしていた。
恥ずかしながら前世では勉強が苦手だったので、今生に於いては前世の二の轍を踏まないよう努力した結果である。
実は我が家の父は歴とした現役教師であり、普段は高校で教鞭を握っている。
各種の課題を始めとして、俺の自宅学習は進行度合いも含め、父が監督してくれていた。
小学生の頃、父から飛び級での進学も視野に入れてみてはどうかと勧められた時期もあったが、俺が断固として拒否した事と、中学まではともかく、高校レベルの範囲になってくると普通に躓きがちになってきた事もあって、俺には今のペースが適しているのだと理解してくれた……という裏話もあったりする。
とてもではないが、大学レベルの学習を片手間にこなす自信はない。なんせ前世はただの高卒営業マンである。
父は昔から「俺が自分で考えて自分で決める」というその一連の事実をこそ重視していた。
姉や妹達に対しても同様であり、なんなら母達に対しても同じようなスタンスであった。
言い方を変えれば全肯定パパであり、妹達は勿論の事、家族にはツンツンしがちな姉ですら父に対しては素直に甘えている様をよく目撃した。
かくいう俺も、前世の自分と父の今の年齢は然程変わらない筈だが、思慮深く、助言を惜しまず、常に相手の自主性を尊重するそのあり方を一人の人間として素直に尊敬していた。
父の人柄はまさに教師の鑑だと思う。
鑑すぎて生徒から異常に慕われており、父が貰うバレンタインチョコからは髪の毛とか爪とか、何か鉄の匂いが混じったやつとかが毎年ごっそり出てくる。
何より恐ろしいのは、そういったものに限って市販品に巧妙に偽装されている点であった。執念とガチさを感じる。怖すぎる。
それでいて、妻三人による品質チェックが無かったら気付かずにそのまま普通に食ってそうなのが父の隙の多さを表していた。
母さん達にしてみれば、いつか変な女に寝取られるんじゃないかと気が気じゃないと思う。
ともあれ。
俺はそんな父の助力もあって、地元でも有数の名門進学校である
ちなみに、同じ中学から進学した同級生は俺を含めてたったの三名だった。
その内の一人は幼馴染である中沢レンその人である。
中学時代はまともに会話すらしていないので、当然ながら示し合わせた訳ではない。
志望校が被っている事は親同士のやり取りを経由して知ってはいたものの、そもそもレンは昔からかなり頭が良かったので、最も偏差値の高い泰禪乙川を選んだのはある種当たり前であった。
そんな感じなので、俺はレンと同じ高校に通う事自体は特になんとも思っていなかった。
家を出る前、玄関の姿見で身だしなみをチェックする。
泰禪乙川高校の制服であるブレザーとスカート姿。
着慣れていない事もあり、鏡越しに見る自分の立ち姿にはまだまだ違和感しか無かった。
藍色を基調とした特徴的なデザインは泰禪乙川の象徴でもあり、つまりは優等生の証である。
その為、街中でこの制服を身に纏っている生徒は良い意味で目立つ事になり、道行く中学生からは羨望の眼差しを向けられる事になる……と、今年から俺にとって泰禪乙川の先輩となる姉が言っていた。
いずれ、この制服を着こなせる日も来るのだろう。
制服の次は髪型チェックである。
中学の頃まではずっとロングヘアーで通していたのだが、維持があまりに大変すぎた事もあり高校入学を機にバッサリといった。
イメチェンも兼ね、ボリュームを抑えたタイプのショートボブにしてみたのだが、我ながらかなり似合っていた。
よし、と一つ頷き、俺は学校指定のローファーを履き、玄関を開けた。
そして驚いた。
「……あれっ……えと、ナツメ?だよね?髪、切ったんだ」
「……は?レンじゃん。どうした?なんでいんの?」
まさか、自宅の玄関前でレンに出待ちされるとは思わなかった。
予想外である。困惑である。言葉が出てこない。
眉間に皺を寄せたまま固まっていると、レンがそんな俺の顔を見て引き攣った笑みを浮かべた。
そんな微妙な空気を持て余していると、背後から甲高い声がした。
「あらあらあらレンくん!また一段とカッコよくなって!制服凄い似合ってる~!」
俺の実の母、安城ミヨであった。
勤め先である別の高校と入学式が被ってしまった父の分までしっかりと保護者の役目を果たすべくかなり気合を入れており、現在も卸したてのセットアップのレディーススーツに身を包んでいる。
レンは母の顔を見ると嬉しそうに笑った。
昔は良く我が家に入り浸っていた為、当然母とレンも知った仲であった。
「あっお久し振りです。ミヨさんも相変わらずお綺麗で」
「や~ん口説かれちゃった~どうしようナツメ~!」
「きっつヴッ」
思わず本音が漏れるのと、横合いから喉元に手刀が飛んできたのはほぼ同時だった。
目で追えない速さであった。
喉を抑えて悶絶する俺の事など完全に無視したまま、母がレンに訪ねた。
「レンくん、ひょっとしてナツメの事迎えに来てくれたの?」
「あー、はい。えと、ただ事前に何も伝えてなかったんで、迷惑だったかなと……」
「……」
母が真顔でこちらを見る。目だけで「マジかお前」と言っているのが良く分かった。
分かるが、一応こちらにも相応の事情があるのでほっといて欲しい。
正直に言ってしまえば、レンと一緒に学校に行くのは絶対に避けたい。
正確には、レンと一緒に歩いている所を、泰禪乙川の生徒達に見られたくない……と言うべきか。
これはもう間違いない事実だが、レンはそれはもうモテるだろう。先輩方からも全力で狙われるに違いない。
なんせ前世による学力バフを持つ俺を当然のように抑えての首席入学を果たしている上、顔がとんでもなく良い完全無欠系男子なのだ。
十中八九間違いなく、こいつを巡った骨肉の争いが起こるだろう。
存在自体が核地雷みたいな男だ。
何より困った事に、レンはそれを自覚していない。
ここ最近はかなり疎遠になりつつあるとはいえ俺はレンにとって昔からよく知る幼馴染だ。
小4の時のあの忌まわしき"イリュージョンショー"までは、間違いなく互いを親友だと思っていたし、ひょっとしたら高校入学を機にまた仲良くしたいと思ってくれているのかもしれない。
その点については純粋に嬉しく思うし、有り難いと思う。
が、ダメ……!
申し訳ないが、その善意を受け入れる事は出来ない。
俺はこっそり溜息を吐きつつ、レンの顔を見て首を振った。
「レン。悪いんだけど、お前と一緒に登校してるとこなんか見られたらオレの高校生活はいきなり終わってしまう」
「えぇ……」
レンが悲しそうな顔をする。
どうやら「お前なんかと一緒に歩けるか」という感じのニュアンスで受け取ったらしい。そういうとこだぞお前。
若干ち〇こもげろと思いつつ訂正する。
「いやそうじゃねぇよ。お前絶対モテるから、仲良くしてたらオレが他の女子から目の敵にされるって話」
「そんな事ないと思うけど……」
「金玉蹴り潰すぞお前ヴッ」
あまりに無自覚系クソハーレム主人公ムーブをかましてくるレンに対しイラッとした俺が反射的にとんでもない事を言い放つのと同時、喉元へ母による愛の手刀が再度飛来する。
「ごめんねレンくん。ウチの馬鹿娘はちゃんと折檻しておくから~……また今度誘ってあげて、ね?」
「あ、はは……ナツメ、無茶言ってごめん……また学校で」
レンがトボトボと立ち去り、母は無言で俺を見下ろしてきた。
察しが良いのか悪いのか。
何か言いたげではあるものの、母は俺に何も言わなかった。
恐らく、俺達の微妙な関係性に深く干渉すべきではないと思ったのだろう。その判断は正しい。
「……あー、いてーよ、もう……」
「機を見てちゃんと謝っときなさい」
これ見よがしに悪態をつく俺を、母は呆れ笑いと共に
俺は無言で頷く事しかできなかった。
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