01.幼馴染について

今世において、男という存在は生まれ落ちたその瞬間からハーレムを築く事を是とされている。

なんなら原始時代よりも前、哺乳類の中から霊長類の祖が誕生したその瞬間からと言い換えても良い。


人類を含むこの世の全ての霊長類は、オスとメスの比率、つまり男女比が1:10という奇妙なバランスを保った状態で生まれてくる。

野生におけるチンパンジーやゴリラの群れは、それ自体が群れのリーダーであるオスのハーレムそのものでもあるのだという。

それはこの世界の人類が辿ってきた進化の歴史を大真面目に紐解いてきた超絶頭の良い生物学者達も口を揃えて肯定する、アホみたいな事実である。


自然界の生存競争においてその特性がどのような利点を持つのかは正直な所よく分からないのだが、最も大きな理由として考えられるのはオス同士の競争の発生を抑制しつつも効率の良い繁殖活動を行う事が可能……とかなんとか。



詳細は分からずとも、とにかくそういった理由でこの世界の男は重婚を前提として生まれてきているのだ。どいつもこいつもみーんなハーレム主人公と同じ生態なのである。


俺こと、安城ナツメは女子である。

正確に言えば、肉体的には女子である。性自認はアラサー成人男性なので、これをストレートに女子と形容する事には少なからず抵抗がある点は理解してほしい。


当然の帰結として俺はこの世界の男共が羨ましい。いや、妬ましい。憎い。

死ね……とまでは言わずともみんなち〇こもげろと思っている。

せめて睾丸の一つでも潰れて欲しいと思うのは人として何ら歪みの無い、健全で爽やかな正しい思考だと言えよう。


しかし、だからと言ってこの世に生きる男共が嫌いな訳ではない。

あくまで俺が一方的に妬んでいるだけに過ぎない。我ながらどうしようもねぇな。

ともあれこの世界の男女比の偏りによるとあるトラブルに巻き込まれるより以前は普通に何の僻みも無く接していたし、高校入学を目前とした今でも別に嫌っている訳ではない。



幼い頃からの友人である中沢レンなどはその最たる例だろう。


中沢レン。

一応は幼馴染というやつである。そしてヤツは男である。

家が隣同士で親同士も仲が良く、俺とは同い年だ。

昔から暇さえあれば我が家へ遊びに来ていた事もあり、俺にとっては一緒に育った弟のような存在だった。

レンは地頭がかなり良く、幼稚園児の頃から普通に中身アラサー成人男性の俺の話し相手になってくれていた。

恐らく将来的には前世の俺なんかよりも遥かに優秀な男になるだろう。

おまけに性格も顔も良いときている。


俺には一つ上の姉が一人と、一つ下の妹が二人いる。腹違いの姉妹というやつだ。

そんな彼女らも、幼稚園のクラスメイトの女の子たちも皆、案の定というべきか、誰もがレンにメロメロだった。


要するに、ハーレム世界に愛されたハーレムの申し子のような存在であった。

羨ましい光景を間近で見せつけられた俺としては全く面白くなかったというのもまた偽らざる本音である。

嫌いじゃないけどち〇こはもげろ。タマ爆発しろとはいつも思っていた。というかぶっちゃけ今でも常々思っている。



そんなレンに関する、小学校四年生の頃の話だ。


俺が通っていた小学校は一学年4組で、1クラス30人中男子の人数は3〜4人だった。

彼らは必然的に数少ない同性同士で集まっていたし、男同士の仲はとても良さそうだった。


ちなみにレンと俺は小学校入学から中学校卒業まで、見事にずっと同じクラスだったのだが、俺は小4当時、レンとクラスで仲良くつるんでいた。

当時のクラスには、レンを含めて3人の男子が居た。

俺は肉体はともかく中身は男なので、彼らと混ざって遊ぶ機会が多かった。

その点については一年生から三年生の頃まで同じ状態であった事もあり、俺は特に何も考えていなかった。


そして、それが良くなかった。非常によろしくなかった。



小学校四年生というのは男女の成長過程に於ける一つの大きな岐路でもある。

第二次性徴に伴い、男子と女子の間には互いを意識する事で明確に別のコミュニティが形成され始めるものだが、俺を取り巻く環境においてはそれがまさにこの時期であった。

当時はそういった変化に全く気付いていなかったのだが。


結論だけ言うと、俺は女子からとんでもなく嫌われた。

しかも凄まじくいじめられた。

具体的には休み時間に一瞬トイレに行って戻ったら机が校庭の端っこに瞬間移動していたり、朝登校してきたら上履きが消失していたりと、とんでもイリュージョンショーが毎日のように無断で開催されていた。


要は他の女子からの嫉妬と、それによる嫌がらせである。


俺にとって男子は異性ではなかったし、精神年齢の離れた彼らは皆可愛らしい弟か、あるいは親戚の子供達のような存在だった。

それに俺自身も普段から男じみた言動をしていたので、向こうからもほぼ同性として扱われていた節がある。


一方で、そんな俺の存在は女子グループから見るとまぁ面白くない。


傍から見れば数少ない男子全員と親しげにしており、なんなら媚びを売っていると思われていたらしい。

特に、同級生の間では王子様のような扱いを受け、当時もやはり凄まじくモテていたレンと幼馴染であったのは、羨望と同時に憎悪を集める要素としてはあまりに十分だった。

考えてみれば当然の話である。


なんせここは遥かなる昔から男女比1:10、優れたオスを巡って熾烈で陰惨な女の争いが繰り返されてきたであろう世界だ。

そんな中、学校という極めて閉鎖的な世界で3人もの男子を独占してしまえば碌な目に合わなくて当然だろう。


なんというかこの事件がきっかけで、俺はこの世界に対する怒りや絶望というものを越えて、普通に失望してしまったのかもしれない。

なんというか、今にして思えばこれは"安城ナツメ"という歪な存在を型に嵌めるように、真上から押し潰すような出来事だったようにも思う。


一応、一連のいじめに関わった犯人はすぐに判明した。

特段意外でもなんでもなかったそれはクラスの一軍女子集団であった。


俺がいじめられたと知った父と母三人が学校に乗り込み表立って問題にもなったが、正直なところ、この事件のお陰で俺は当時の自分の迂闊さに気付き、この世界での身の振り方を理解する事ができた。

言わば授業料だと思っている。

ましてや犯人の女の子達は幼い少女であり、アラサー成人男性としての精神を持つ俺からしてみれば、小学生にいじめられたからといって対等な立場で相手に制裁を科す事にはかなり大きな抵抗があったので、最終的にはなぁなぁで済ませる事になった。


俺とレンが疎遠になり始めたのは明確にこの出来事がきっかけだった。

それからは学校でレンと話すのは控えるようになったし、中学に入ってからは互いに別々の部活に入った事もあり、クラスが同じである事以外は接点自体が希薄になっていったように思う。


ちなみに俺がレンと距離を置いている事を知った姉と妹達からは恨めしい目で見られた。

いや自分で仲良くなれや、と思ったが、可愛いのでOKです。

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