22.男装計画

「佐々木さん。部活見学行かない?」


翌日の放課後。


先日の喜多上アンナ氏主催による死のお友達歓談会を乗り越え、実力テストの前半戦を踏み越えた俺は、諸々の恐怖を共に飛び越えた戦友である佐々木さんとの親睦を深める目的で、そのような提案をしていた。


「えぇ……」


そんな彼女の反応は苦虫をダースで嚙み潰したようなものであった。うん、気持ちは分かる。


なんせ部活と聞いて真っ先に思い出されるのは始業式の、あの体感型の地獄絵図だ。

部活勧誘のビラで呼吸を妨げられた経験のある人間として、その反応は極めて正常であると言えた。


だがしかし、当然ながらそんな事は承知の上である。

俺は口角を引き上げ、悪そうな表情を意識しながら佐々木さんをいざなう。


「復讐したいと思わない?あのふざけた真似をしてくれた先輩方に――特に、ワタシのスカートのファスナーにビラ突っ込んできた吹奏楽部の先輩方とかに……!」


「い、いえ……復讐は新たな復讐を生むだけだと思います」


これまた至極当然の反応であった。

普通の生徒はちょっと過激な部活勧誘程度で先輩相手に復讐を試みたりしないのだ。

非暴力非服従を貫くその様はまさに文明人の鑑である。

そういった訳で全く以て気乗りしていない様子の佐々木さんであるが、とりあえず無視して連れて行く事にした。


「よし。そうと決まれば冷やかしに行こう。出発!」


「えええ……」


我ながら、無言の抗議を都合よく賛同とみなすその様はまさに人間の屑である。


佐々木さんはなんとも嫌そうだった。

まぁ、こういうのはノリと勢いが大事だから……と押し切る。

とはいえ本当にしんどそうならばすぐに切り上げる事を誓いつつ、佐々木さんの背を押しながら廊下を突き進んだ。


ちなみに、俺達は今朝からC組の前だけは絶対に通らないよう注意している。死にたくないので。

互いに口には出さないが、あの出来事は禁忌タブーそのものである。示し合わせた訳でもなく自然とそうなっていた。

昨日の帰宅中など終始ほぼ無言のまま、俺は佐々木さんの震える手を握り、背中をさすりながら帰った。

その様は端から見れば葬儀の直後か戦場帰りかの二択であったと思う。


さて、俺と佐々木さんによる冷やかし行為という、極めて残忍かつ無慈悲な報復行為の対象となった吹奏楽部の部室を目指す。

泰禪乙川の校舎は本棟と別棟に分かれており、目的地である第一音楽室は本棟の最上階に位置していた。


「頑張れー。あと五段」


「はぁ、はぁ……はいぃ……」


息を切らせる佐々木さんの背を押しながらゆっくりと階段を登っていると、俺達もよく知る人物が目の前を横切った。


「井上さん」


「ん?あぁ!安城さん達。どうしたのこんなとこで」


声をかけるとこちらへやって来た。

階段を登り終え、酸素を求めて息を荒げる佐々木さんの背をさすりつつ、俺は質問に応じる。


「今から吹奏楽部の部活見学行こうと思ってさ……冷やかし。スカートにビラ突っ込まれた恨みを晴らそうと思って」


そう言いつつニヤリと笑って見せると、井上さんは愉快そうに笑う。


「あは。安城さん悪いなぁ」


「まぁ本気で害するつもりは無いけどね。ちょっとした暇つぶしみたいなもんだし」


事実、遊びのつもりであった。復讐云々は口実、あるいは雰囲気づくりの為のエッセンスである。

堂々と胸を張って部活見学に行けるのは一年の今の時期くらいのものだ。

佐々木さんと共通の話題を作りたかったし、何よりこういった青春めいたイベントを逃す手は無かった。


それに、実は吹奏楽部を選んだのにもの理由がある。

今世では小学生の頃から運動一筋を貫き通してきた俺であるが、実は前世ではバリバリのインドア派かつ文化系ボーイであった。


中高の六年間は吹奏楽部に所属していた事もあり、吹奏楽に関する心得を少なからず持ち合わせていたりする。

しかも前世では社会人になってから楽器に触れる機会は一切無かったので――色々と取り繕ってはいるものの、単に数十年ぶりに楽器に触りたいと思っただけなのであった。


井上さんはそんな俺の内心など露知らず、ほうほう、と悪そうな笑顔を浮かべていた。

どうも、野暮用を済ませて帰宅する所であったらしい。

便乗したくなったらしいので、当然快諾する。


「フフ……三人も居れば存分にぬか喜びさせられるだろう」


「あ、安城さん……」


ほくそ笑む俺を佐々木さんが呆れた目で見てきた。

うんうん。こういう悪ノリはストッパー役がいてこそだ。

あとその表情に何故かゾクゾクしてしまう。間違いなく昨日の恐怖体験による後遺症だった。

そしてまた何故か全く無関係のサヨさんの顔が思い浮かんだのでなかったことにする。ホームシックかな?きっとホームシックだな。


「よし。では――」


「あっ、ちょっと待った!良い事思いついた!」


いざ鎌倉――と宣言する直前、井上さんがそんな事を言う。


何事かと顔を見れば「ちょっと待ってて!」と言い残し、スマホを取り出しつつ階段を下って行った。

誰かに連絡を取っているようだった。

佐々木さんと顔を見合わせて首を傾げる。どうしたのだろうか。



佐々木さんと明日のテストの話をしつつ待っていると、五分程で井上さんが戻ってきた。

勢いよく階段を駆け上がってきたせいで、かなり息を切らせている。


「はぁ、はぁ……ごめん、お待たせ!これ!」


井上さんはそう言いながら、右手に持ったナイロン生地の通学鞄を突き出してきた。


降りる時には持っていなかった。

俺は不思議に思いつつ、一体何が入っているのかと手を突っ込む。


「……制服?」


鞄から出てきたのは制服であった。

それも、泰禪乙川の制服だ。特に何の変哲もない、ただの制服である。


ある一点を除いて。


「――井上さん。なんで、男物の制服を?」


「えっ」


見紛う事なく、そこには男子用の制服一式が入っていた。

俺の当然の疑問に、佐々木さんはややギョッとし、井上さんは悪戯な笑みを浮かべた。


「加藤君に借りてきた!丁度今日、陸上部の体験入部行くって聞いてたから」


……なるほど、そうじゃない。

俺が聞きたいのは入手経路では無かった。

そもそも井上さんの事を非合法的に男子の制服を入手してくるような人物だとは思っていないので。


俺は、改めて井上さんに問う。


「……ワタシにこれをどうしろと?」


「着てみよっか」


にっこりと。

井上さんはそんな事を言い出した。


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