15.メンヘラ生徒会長について

「すいませんでした」


生徒会室へと連行された俺は、真っ先に頭を下げた。


「いや、別に怒ってはいないんだけど。ただ、なんであんな嘘を吐いたのか……」


「すいませんでした」


「……う、うん。わかった」


「すいませんでした」


謝罪という名の黙秘を貫き通す。

流石に面と向かって「あなたと関わりたくなかったので避けました」とは言えない。

姉の知り合いを相手に、これ以上の無礼を重ねられる程面の皮は厚くなかった。


なんなら既に3アウトも同然であった。

本当に今更ではあるが、一応、建前上の礼儀のつもりだ。


生徒会長はそんな俺の様子に溜息をく。問い詰める事は既に諦めたようだった。


「どうぞ、好きなとこ座って。お菓子も良ければ食べて」


無骨だがそれなりに値が張りそうなローテーブルと応接椅子を指してそう言う。

テーブルの上には菓子類の入った丸い木皿が置かれていた。

まるで応接室のような一角だが、普段からここで来賓対応をしているのだろうか。

どうもこの学校に於ける生徒会の立ち位置が掴めない。

例の部活勧誘といい、もっと事前に色々な事を姉に聞いておくべきだった。教えてくれるかどうかは別としても。


「じゃあここ失礼しまっ、おっ……?」


椅子に腰かける。

見た目よりもかなりふかふかで、想定していたよりも深く沈み込んでしまいそうになり、つい片膝を大きく上げてバランスを取ってしまった。

パンツ見えたかもしれない。

向かいに腰かけようとしていた生徒会長をチラ見すると、露骨に目を逸らしていた。


……うん、見られたっぽい。

けどまぁ別に減るもんじゃないし……そもそも向こうも興味ないと思う。

それに、こういうのは恥じらいが大事だというのは良く知っているので、あえて平然としておく。


「……そう無防備に脚を晒すべきじゃないと思うよ」


と思っていたら案の定というか、釘を刺されてしまった。

まぁ、正論である。不快なものを見せたのはこちらの落ち度であった。

俺は痴女では無いので、そのご指摘を甘んじて受け入れた。


「すいません気をつけます。で、早速ですけど本題はなんでしょう?」


「……う、うん。えーと……」


生徒会長は、どうも俺との会話のテンポが掴めていないようだった。

一応、狙っての事である。パンチラに関しては断じてわざとではないが。


彼は暫く無言で思案していたが、やがて意を決したように切り出した。


「……そうだね。迂遠なのは嫌いそうだし、率直に言うけど。ナツメさん、生徒会に入らない?」


「……はぁ。えと、生徒会、ですか」



正直、予想してなかった。つい言葉に詰まる。

間違いなく裏があると見て良いだろう。面倒事の匂いがする。


こちらの困惑が表情に出ていたらしい。

俺を見て、生徒会長は片目を瞑った。ウィンクすな。


「実は一年の生徒会役員候補としてナツメさんの事は入学前から目を付けてたんだ。アマネさんの妹で、入試では学年副首席の好成績。いい人材だと思って」


生徒会長はそう言って少し蠱惑的に微笑むと、前髪を左耳にかけた。

髪で隠れていたが、よく見れば耳の上部に小さなフープタイプのピアスを付けている。その仕草はやけに様になっており、妙な色気を発していた。

メンヘラ好きの女子が食いつく訳である。恐らくこういうギャップに惹かれるのだろう。


「……どうかな。ナツメさん……これは、君にしか頼めないと思ってる……」


彼はそう言って微笑むと、影を孕んだ瞳で俺の目をじっと見つめてきた。


あ、ちなみに。

ピアスは目立たなければ校則違反ではないらしい。

泰禪乙川の身だしなみに関する校則は、成績優秀で素行良好、且つ制服を着崩し過ぎなければ髪色や髪型も含め割と自由だったりする――と、姉から聞いている。

かくいう姉もこっそりインナー側にヘアメッシュを入れている。とても似合っていてかわいい。

高偏差値の名門進学校ならではの慣例である。

歴代の先輩方が節度を弁えた上で前例を作り、且つ問題を起こさず学校の評判を保ってきて下さってきたからこそ許されているのだろう。

俺もその内ピアスとか開けてみてもいいかもしれない。

軟骨ピアスは実は前世から興味があった。前世では営業職だったのと、きっかけが無かったこともあって結局手を出す事は無かったが。

姉に相談すれば、良い感じの塩梅も教えてくれるだろう。そう思うと、かなり本格的に興味が――


――思考が変な方向に逸れていた。ピアスに心躍らせてる場合じゃねぇだろ。


とりあえず、会長の言動はあざとい。

こうやって女子を堕としているんだなと思うとムカつく。ち〇こもぐぞ。


俺はこれ見よがしに溜息を吐きながら答えた。


「会長さん。さっきの男子、首席ですけど声かけました?」


「え?……いや。中沢くんとは、まだちゃんとした面識がないから」


「ワタシも会長とは初対面なんですけど。顔も知らなかったでしょ」


「……いや。ほら、ナツメさんはアマネさんの妹だから。生徒会活動をよく知る人物が近くにいた方が……」


恐らく、俺の反応は予想外だったのだろう。

残念ながら男の色仕掛けは通用しない。先程までの芝居がかった空気が崩れていく。


一連の態度で概ね察しがついた。

ある意味、恋愛相談なんかよりも遥かに厄介な事を考えているらしい。


「……お菓子頂きますね!」


とりあえず、変な空気を作ろう。


机上のクッキー菓子を遠慮なく手に取る。

サクサクと生地を噛み砕く愉快な音が室内に響いた。


「…………」


会長は何か良く分からないものを見る目で俺を見ていた。

無視して菓子を食う。うまい。


そんな俺を見ながら、どう攻めたものか……とでも考えていそうだったので、適当に先手を打った。


「てか会長、姉の事好きですよね?」


そう言うと、彼は見事にフリーズした。

大変にクリティカルな手ごたえであった。図星らしい。

目を点にして、俺を見て固まっている。いや、いくらなんでも分かり易すぎるだろ。


俺は無言で菓子受けに手を伸ばす。

もう一つ、菓子の個包装を開け口へと放り込んだ。

互いに無言であった。


クッキー菓子が俺の口の中で砕けていく音と、秒針の音だけが響く。

時折、張り切った運動部の掛け声が遠くから聞こえてきては、静まり返った室内に空虚な華を添えていた。


生徒会長は固まったままだ。心なしか、耳が赤くなっているような気もする。

あざとい手口で俺を生徒会に勧誘しようとした理由にも察しが付いていたので、あえて口に出してやる。


「ワタシを口説いてから、姉との間を取り持たせようとか。そんな感じですか?」


会長は何も言わない。というか何も言えないようだった。耳だけがどんどん赤くなっていく。


少しだけ可哀想な事をしている気分になる。

しかしながら、ここで同情なんかすればイケメン二人と姉によって生じる三角関係に巻き込まれて轢死れきしする羽目になるのは確実なので、手心を加える訳にもいかない。

絶対に関わりたくない案件だった。


「申し訳ないんですけど、姉は昔からずっと一途に好きな人が居るので、ワタシにはどうにもできそうにないです。すいません。なので、生徒会入りも遠慮しときます」


「……え、と。いや。その」


会長は、少し涙目になっていた。顔まで赤い。うーん恥ずかしい。


いや、俺も好きで辱めてるわけではない。

まぁ面倒事に巻き込もうとしたその点については思う所がなくも無いが、それはそれ。別件だと思っている。


俺を利用して……いや、利用という言い方にも語弊があるか。

俺を介してでも姉と結ばれようとするその手段自体は何も悪い事ではない。


むしろ、一夫多妻を正しい愛の形とするこの世界において、姉妹にまで粉をかけるという事はそれだけ本気で向き合おうとしている証左と言える。

前世の感覚ではやや不誠実にも見えるが、まぁそういう世界なのだから仕方ない。

仮にそれが上手く行った場合、結果だけを見れば、が先かが先か、という話に落ち着く訳であるし。

この反応から見ても、つまりはそういう事だろう。


まぁ、相手が悪かったと思って欲しい。

何も言えなくなったポンコツメンヘラ生徒会長を見かねて、俺は困惑しつつ励ましの声をかけた。


「……え、えーと……まぁ、姉の好きな人はかなり競争率高そうなんで。頑張ってみると良いのではないでしょうか……うん、頑張ってください」


「うぅ……」


泣かせてしまった。

なんか、姉の名前が出た途端にダメになったな、この人。


さめざめと泣く生徒会長と、クッキー菓子を食う俺。

校庭からは運動部の楽し気な笑い声が響いていた。なにこれ気まず。


「……お、お菓子、ごちそうさまでしたー。じゃ」


あまりに微妙な空気になってしまったので、俺はそのまま生徒会室を後にするのであった。

結局、3アウトどころでは済まない結末になってしまったが、仕方ないと思う。


何はともあれ……姉の攻略難易度は恐ろしく高いと思うけど頑張って欲しい。

俺を巻き込まない限りは外野から応援してるので、健全に頑張れ。


もしも俺の義兄になれたなら、その時はこの出来事を肴に酒でも飲みましょう。頑張れ。

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