24.大いなる力
廊下の突き当りにある第一音楽室の近くまでやってくると、中からは一つのフレーズを繰り返し練習するトランペット、一曲を通しで練習しているクラリネット等、その他様々な音色が規則的かつ無秩序に混ざり合いながら聞こえて来た。
凄まじい
先陣を切るのは井上さんである。
俺と佐々木さんは、音楽室の簡易な防音扉を開けて中に入る背中を黙って見つめていた。
扉が開くと、くぐもって聞こえていた音が一際鮮明になる。
先輩方はすぐに井上さんの存在に気付いたらしく、ワンテンポ遅れて静かになった。
「こんにちは!部活見学に来ました!」
井上さんが花の咲くような声で用件を伝えると、何やら喜色に満ちた話し声がこちらにも聞こえて来た。
俺と佐々木さんは中から見えないように隠れているので、やり取りから間接的に様子を伺う。
相手の言葉はよく聞こえないが、代表者らしき人物と話しているらしい。井上さんは何度かやり取りすると、こちらにも聞こえるように言った。
「今日は三人で来ました。二人とも入って!」
入室の合図である。
佐々木さんに先行してもらい、その後に続くがまだ中には入らない。
中からも見えないよう、廊下の隅に寄りながら話し声に耳を傾けた。
「こっ、こんにちは……ささっ、佐々木です……」
「部長の
「あっ、えと……いえ……」
佐々木さんが緊張しつつ自己紹介をすると、部長を名乗る女子生徒が明るい声で応じた。
まさか「冷やかしに来ました!」と宣言する訳にも行かず、気まずそうに受け答えをしている。
いい子だなぁ。俺とは大違いである。
「もう一人は?」
部長を名乗った彼女が不思議そうに佐々木さんに問うた。
ここぞと思い、壁から体を離しつつ中へと入った。
「……ンども。ン見ン学希望の……ン安城ォです……」
全力のねっとり雰囲気イケボをぶちかます。「ン」が多過ぎる。やりすぎた。
右手はポケットに突っ込み、左手は首の後ろを抑えつつやや気だるげに。別に頸椎損傷とかはしていない。
ダウナー系イケメンがよくやる寝違えポーズというやつである。
そんな感じで俺はこれ見よがしなイケメン仕草を心掛けながら挨拶した。
井上さんを見ると、目を逸らして笑いを堪えていた。かなり気合を込めて堪えているのか顔もやや赤い。
さっき「いっそやるなら全力で」って振ったのはそっちでしょうが。ウケてて嬉しいけども。
「……ッ、エッ、アッ……!?ダ、ダンシ……!?」
しかし効果は
部長氏はほぼ鼻で喋っているような、俺の吐息多め雰囲気イケボに眉を
部室内にも驚きが広がっている。
部員数はさほど多くはないようで、部長を含めて20人弱といったところ。
男子部員の姿はない。
前世ですら俺の所属していた吹奏楽部は50人程居る中で3人しか男子が
居なかったのだから、この世界ではさもありなん。
更に俺は井上さんの手によって髪型もバッチリ整えられており、見た目はかなりハイクオリティな男子生徒と化していたのだから、その驚きはかなり大きいらしい。
道ですれ違った程度ならまず分からないと思う。骨格に詳しい整体師とかは例外とするが。
部長氏はまるで関節の壊れたロボットのようにガチガチと体を震わせていたが、動揺をどうにか飲み込んだらしく、改めて俺へと向き直った。
「エッ……ト!ぶ、部長の宮です!い……いらっしゃい!」
「ン……よろしく、宮先輩」
クソ生意気なタメ語で応じる。
俺が部長であればローキックで
むしろ嬉しそうに、にへら、と笑った。なんで喜ぶ?
「三人は、吹奏楽の経験はあるの?」
数分経ち、どうにか落ち着いた部長が俺達に質問する。ちなみに部員は皆無言でこちらに注目していた。
どう答えたものかと思っていると、井上さんが応じた。
「ないです!今、いろんな部活見て回ってて、その流れで……って感じです。ね、二人とも」
佐々木さんが頷く。俺は否定とも肯定とも取れるよう、曖昧に首を傾げておいた。
部長はうんうん、と頷いた後、少しだけ何かを考えてから言った。
「そうだなぁ……うん。じゃあ、折角だし、気になる楽器とかある?実際に触ってみよっか」
「おぉ。ありがとうございます!安城、くんは何かある?」
井上さんは一瞬言い淀みつつこちらへ話題を振る。あと、何故か顔が赤くなった。茶番とはいえ言ってて恥ずかしくなったのだろう。
ともあれ選択権を与えられたのは喜ばしい。俺はもちろん迷わなかった。
「ンやっぱ……トランペットかな」
前世で六年間ずっとトランペット一筋だったので大変に思い入れが深い。するとそれに驚いたのは部長だった。
「そっ!?そっか。えと……一応、私トランペットだから……どうしよ。三人とも、一緒でいいかな?」
皆で頷くと、部長は緊張しつつも何らかの覚悟を決めたようだった。
ちなみに、他の部員らはただただ興味深そうにこちらを見ていた。誰も話しかけに来ないのが少し不思議だった。
部長に誘導され、音楽室の端に椅子を並べて円を作る。これからレクチャーをしてくれるらしい。
「えっとね。じゃあまず、音の出し方なんだけど……」
金管楽器というのはただ息を吹き込むだけでは音が出ない。
息を吐きながら唇で振動を作り、それを吹き口から増幅させてやるという仕組みになっているのだが、要するに物凄くコツがいる。
部長が実演を交えつつ説明してくれているが、井上さんと佐々木さんは二人とも首を傾げていた。
「ン……宮先輩。ちょっと楽器借してもらっていい?」
「えっ?あっ、うん。大事に扱ってね?」
俺は部長の手からトランペットを受け取る。金管楽器特有の、人肌に慣れた
マウスピースと呼ばれる、吹き口の部品を別のものに付け替えてから口に当てる。
部長は少し心配そうにしている。初心者に自分の愛用している楽器を触らせるのは怖いと思うが、命より大切に扱うのでまぁ安心してほしい。
あまりに懐かしい。
思わず嬉しくなりながら、俺は真っ直ぐに音を出した。
「……え、上手。初心者とは思えない……っていうか、初心者?」
当然ながら部長は驚いていた。
俺は思わず微笑みながら首を振る。何かを言う代わりに、吹き慣れた曲のワンフレーズをいくつか奏でた。
昔取った杵柄というやつだ。
生まれて初めての演奏だというのにすぐに馴染んでいき、思わず楽しくなってしまった。
気付けば、遠巻きにこちらを見ていた部員の皆さんのみならず、井上さんと佐々木さんも驚いた顔でこちらを見ていた。
演奏自体はブランクもあって全く大したものではないのだが、それでも突然慣れた様子で奏で始めたのだから驚いて当然だろう。
内心したり顔で笑いつつ、平静を装いながら二人へ声を掛けた。
「……ン。ま、こンな感じで……二人もやってみなよ」
「いやできるか!」
井上さんが叫んだ。
佐々木さんは心底感心した様子で、尊敬の眼差しすら感じる。
部長はというと、よく分からない表情でこちらを見ていた。少なくともゴミを見る目ではなかったと思う。
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