Chapter 1.

「もうびっくりしたよ」

「スミマセン。 あまりにもショックだったので」

 登校していきなり机に突っ伏したまま絶望に染まった顔の雫ちゃんに『終わりデス』と言われ、心臓が止まるかと思った。でも、そうなった経緯は私の為で──なんと雫ちゃんはいつもより早く登校して、学校でアイドル活動が出来る部を作る為に部活申請書を提出してくれた。

 でも、残念ながら断られてしまい、先程の絶望顔に。

「ありがとう、雫ちゃん」

 部の申請自体は断られてしまったとはいえ、その気持ちはすごく嬉しい。

 だけど、あれはフィクション。あくまでアニメの中だけの話。もし現実でやろうとしても学校側からすれば前例もなく認めれないだろうし、責任問題や世間体だってある。それに他の部と違って活動内容が不明瞭だし、顧問を引き受けてもらうのも難しいと思う。

 いくら白陽の校風が生徒の意志を尊重することだとしても限度があって、何でも許してくれたりしない。

「やっぱり、アニメみたいにはいかないけど。 私、頑張るから!」

 机に突っ伏したままの雫ちゃん。

 その沈んだ空気を振り払うように笑顔を向けると、

「コレを見てクダサイ」

「ん? え」

 目の前に突きつけられた雫ちゃんのスマホにはとあるSNSのアカウントが表示されていて、そのプロフィールには『東心とうしん高校アイドル部』と書かれていた。それを素直に信じることが出来ず、画面をスクロールして投稿されている動画や写真を見てみると。体育館や公民館、幼稚園等、様々な場所でライブを行っていた。

「ねぇ、これって。 フェイク、とかじゃないよね?」

「ハイ、実在してマス。 それに──」

 雫ちゃんの調べによると、過去にアイドル部が存在していた学校はいくつかあり。今でも、北海道・宮城・群馬・東京・千葉・愛知・福井・大阪・岡山・福岡、それぞれの場所で一校と先程の東心高校を合わせ、十一もの学校で活動が行われていた。

 そもそも架空の存在と思っていたアイドル部が実在していただけでも驚きなのに、活動している学校がそんなにもあるなんて。

「ま、まさか大会とかもあったり?」

「流石に、それはありマセンガ。 前例はありマス! だから、私達の学校ガッコーでもアイドル活動カツドーをしてもいいはずデス!」

 起き上がり、力強い言葉と突き上げた拳からこれでもかと雫ちゃんの熱意が伝わってきた。

 部活動でのアイドル。それは今まで私が目指していたアイドルとは少し違うのかもしれないけれど。

「そうだね。 私も雫ちゃんと一緒にやりたいな──え?」

 その時、いきなり雫ちゃんはうめき声のようなものを上げ、おどおどした様子で『わ、私も、やるのデスカ?』と聞いてきた。

「アイドル部を作るってそういうことじゃないの?」

「あ、や、その……デスネ……私は、結々ユユさんの……チカラに、なれればと……デスカラ……えっと……」

 いかにも都合が悪いといった様子の雫ちゃん。てっきりアイドル好きだからノリノリでやってくれると思ったけど。

 ここまでの反応をするってことは何かやれない理由が。



 ──それはすぐに分かった。



「ぜぇ……はぁ……はぁっ……ウゥ、もう無理ィ…………」

 力尽きた雫ちゃんは体育館の床にペタンと座り込んだ。

 シャトルラン一桁台は初めて見た、は置いといて。

 その日行われた体力テストの成績はぶっちぎりの最下位。唯一の高得点は長座体前屈のみ。

 なるほど、雫ちゃんは──大のつく程、運動が苦手だったんだ……っ!

「大丈夫? 保健室行く?」

「し、しばら、く……捨て、置いへ……くらはィィ……」

 これだけ運動が苦手なら、どんなにアイドルが好きでも尻込みしちゃうよね。続けていればその内体力は身につくものだけど。それを他人が強いることなんて出来ないし。もし、他にも理由があったら。

「ゆっくり休んでね」

 雫ちゃんの背中をさすり、少しでも早く元気になってほしいと思った。




「ということがありまして」

 放課後。駅からすぐ近くにあるカフェで菊花にアイドル部のことについて話したところ。

「本当にあるなんてびっくりだよね」

「ふーん。 そうだね」

 よっぽど興味がないのか。こちらには目もくれず、店員さんが持ってきてくれたチョコサンデーの写真を撮っていた。

 いいもん。こっちには、いちごたっぷりのふわふわかき氷があるもん。

「いただきまーす。 はむ──んっ」

 一口食べた瞬間。いちごとその果汁、練乳の甘みが口いっぱいに広がって……ッ‼︎

「んん〜っ!」

 それは想像を遥かに超えるおいしさッ‼︎ 私一人だけで堪能するなんて勿体なさ過ぎるッ‼︎

「ねぇ、菊花も食べてみて! ほら、あーん」

「あむ。 うん、美味しい」

「でしょ〜。 雪を食べるって、こんな感じなんだろね〜」

「雪と言えば、あの時は大変だった。 こっちじゃ滅多に降らないからって」

「ちょっ⁉︎ それ思い出させないでよ‼︎」

「ケーキシロップをかけて」

「もういいからぁ‼︎」

 まさか雪から五歳の頃の話を出してくるなんて。ホント昔のことよく覚えてるなぁ……。

「それより菊花も一口ちょーだい」

「はい」

「はむ。 んんっ! あ〜、このバニラアイス濃厚でおいし〜。 チョコソースも絶妙ぜつみょ〜」

「で、わざわざ話したって事はやるの? アイドル部。 あむ」

「うん。 まだ出来るかは分からないけど、やれることはやろうかなって。 はむ」

「ふーん、そう。 あむ。 まぁ、いいんじゃない」

 菊花の表情はいつもと変わらない。こんなやり取りにはまるで興味がなさそう。

 だけど、

「私はしばらく暇してるから」

「うん、分かった。 また誘うね」

 纏う空気が少し。ほんの少しだけ柔らかくなった気がする。

 それが気のせいじゃないといいな。

「ねぇ、いちごとバナナ交換しようよ!」

「いいけど。 そっちが損するんじゃ」

「いいの! 私がバナナ食べたいだけだから!」

「……そう。 なら、はい」

「ふふ。 ありがと、菊花」



 *



「お願いしますっ!」


 翌日。まだ運動部の子達しか登校していない朝早くから職員室へ行き、アイドル部の設立と顧問の件で担任の峰村みねむら先生に直談判を試みてみたけど。やっぱり昨日と変わらず返事はノーだった。

「何度も同じ事を言わせないでください」

「違います」

「……? 何が違うというのですか」

「昨日は雫ちゃん一人。 今日は熱意が二人分になりました!」

 しばしの沈黙。険しい顔の先生は大きなため息をつき、悩ましげにメガネを押し上げると、昨日と同じように『わざわざ学校でする理由』を尋ねてきた。

 先生が言ったように今の時代、youtubeやTikTok等"アイドルの真似事"が出来る場はいくらでもあって、別に学校でやらなくても個人で好きなようにやればいい。

 残念ながら、その通りで雫ちゃんは答えることが出来なかった。だから、考えてきた。私なりの理由を。

 まぁ、理由なんて大層なものじゃなくて、それしか思いつかなかったんだけど。

「それは」

 しばらく間を置く。

 そして、大きく息を吸ってから一気に。

「アイドル部が本当にあると知ってやりたいと思ったからですっ!」

「ですから」

「どうしても学校でアイドル活動をやりたいんですっ!」

「……全く。 本気で言ってますか?」

「はいっ!」

 めちゃくちゃなことを言ってる自覚はあるので怒られても仕方ないと覚悟していたのに。先生は怒らず、大きなため息をつくと真っ直ぐ私のを見てきた。

「分かりました。 では、まず私を納得させる結果を出してください」

「それって何をしたら」

「私に聞いても意味がありませんよ。 反対する側なのですから」

「……分かりました。 絶対に納得させるので楽しみにしててくださいねっ!」

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