Chapter 4.

 翌日。今週末に行うライブの宣伝をする為、雫ちゃんと二人で朝と放課後に学校の昇降口でビラ配りをした。

 でも、その結果は。

「思っていたよりも駄目デシタネ」

 クラスメイトを除くと、誰も受け取ってくれなかった。

 私達はまだ始まってすらいなくて、好意的に思っていない人もいる。それに大半の生徒にとってどうでもいい存在。だから、こうなることは覚悟していたけれど。例え、覚悟していても平気な訳じゃない。

「また明日も頑張りマショウ」

 雫ちゃんは笑顔だけど心からは笑っていない。そんな悲しい表情をさせてしまった。それが心苦しい。でも、彼女の気持ちを無下にしたくないからにっこりと笑顔を返す。

 そして、

「では、気を取り直して。 週末のライブに向けて特訓をしまショー!」

「あのね、雫ちゃん。 今日は、遊びに行かない?──」




「あの、これは」

「『DaL』って言うんだけど。 知らない?」

「ハイ。 あまりこういうのしたコトなくて……」

 やってきたのは駅から徒歩十五分の場所にあるアミューズメント施設内のゲームセンター。その中にはクレーンゲームやプリクラ、オンラインゲーム等、一緒に遊べるものがたくさんあるけど。雫ちゃんとやりたいのはもちろん音楽ゲーム。そして、今からやるのはダンスアクション系の『Dance a Live. Arcade』。それは筐体の前で踊るシンプルなゲームで人目につくことを除けば、初心者でもプレイしやすい。

「──って感じで遊ぶんだよ」

 画面内のキャラの動きを真似てダンスをする。

 筐体上部にあるセンサーカメラが私達の動きを読み取り、ダンスの採点をしてくれる。

 ゲームの説明はその二点だけを伝え、早速プレイすることに。

「じゃあ、一緒にやってみよっか」

「え。 一緒に出来るのデスカッ⁉︎」

「うん。 だから、入り口に置かれてる最新機種じゃなくて奥の古い方を選んだんだよ」

 驚いている雫ちゃんに気づかれないようしれっと筐体に二百円を入れる。そして、画面に手を向けてセンサーの設定を済ませて、選曲画面へ。

「何かやりたい曲ってある?」

「初めてなので結々ユユさんにお任せシマス」

「オッケー」

 とりあえず、最初は有名な曲でウォーミングアップをして、お楽しみはその後にしよう。

 画面に向かって空中で手を動かし、楽曲アイコンを横にスクロールする。その操作がよっぽど珍しく見えたのか。隣の雫ちゃんはキラキラした瞳で、こちらを見つめてきたので。

「やってみる?」

「いいのデスカ! では、お言葉に甘えて。 オ、オォ、オオッ‼︎」

 まるで魔法みたい! と、言わんばかりに嬉しそうにはしゃぐ雫ちゃん。それは文字通り無邪気な子どもに見えて、すごく微笑ましい光景だ。

「見てクダサイ! 動きマシタ! 動きマシタヨ!」

「あ、そんなに手を動かすと」

「へ。 あっ」

 あまりのはしゃぎっぷりにセンサーが反応して楽曲を選んでしまった。しかも、それはゲームオリジナルの『ぺっタンッ! Coo‼︎×2』というお互いに知らない楽曲。なんか随分と変わった曲名だ。

「スミマセン……」

「ううん、全然大丈夫だよ。 二回プレイ出来るし、一回目はお試しだしね」

 ちょっとしたハプニングが起きちゃったけど、クヨクヨしてる暇はなくゲームスタート!

 ポップでコミカルな曲が流れるとともに、画面には近未来風のウサ耳天使|(?)みたいな格好をしたかわいい女の子が現れた。そして、見た目通りキュートにルンルンっと踊るのかと思いきや、まるでゴリラが太鼓を乱打しているかのような勢いで踊り始めた。

 流石に、初めてでこんなハイテンポの激しいダンスは厳しいんじゃないかと心配に……っ!

「ペッ! タンッ! ぺたんこッ‼︎ プレスッ‼︎」

 でも、雫ちゃんはすんなり踊っていた。もう『これくらい余裕デス』と言わんばかりにすんなりと。

 前にペンライトを振っていた時も動きがキレキレでリズム感はいいと思っていたけど。こんなにも活き活きと踊れるなんて本当にびっくりだ。

 それに普通こういう曲は恥ずかしがって動きが控えめになりそうなのに、全然そんなことなくて。寧ろ

 、その逆。

「へイッ! ぺったンゥ、コォーッ! コォーッ!」

 全身を大きく動かして、心の底から楽しんでいるのが伝わってきた──。

「どう? 楽しかった?」

「ハァ、ハァ。 ハイ! 最高サイクォレシタ!」

「ふふ。 次はもっと楽しいと思うよ」

 先程と同じように画面へ手を向け、楽曲アイコンをスクロールしていく。

 この筐体、古いだけあって楽曲の更新は四、五年前で止まっている。だけど、お目当ての曲──私も雫ちゃんも大好きなあのアイドルアニメのED主題歌『未来から来る奇跡に』は入っているはずなのでソート機能を使ってジャンル別に探す。

「ん?」

 選択時間のおよそ半分が経過。残念ながらまだ見つからない。

 あれ、おかしいなぁ。高学年の時にコラボして、ウキウキでプレイした記憶があるのに。

「……ン、ンッ……‼︎⁉︎」

 刻一刻と迫る選曲のタイムリミット。次はあいうえお順で検索したのに見つからなかった。

 やばい、やばい、やばい、やばいっ、なんでないの⁉︎ まさかプレイした記憶は私の妄想だったの⁉︎ 嘘でしょ⁉︎

「あ」

 そういえば、コラボ楽曲って期間限定だったりするから……。やっちゃったぁ……。

 と、諦めかけたその時。

「ふぅ」

 コラボ楽曲は別でまとめてあることを思い出し、ギリギリ間に合った!

 今日はこの曲を雫ちゃんと一緒にプレイするのも目的の一つだったから無事に選べて一安心。

「オァッ! EDの『ミラクル』デス!」

「ねぇ、雫ちゃん」

 喜ぶ彼女の耳元でそっと囁く。どうしてもこの曲を一緒に踊りたかったんだ、と。


 ──穏やかなピアノの伴奏が流れ、始まる。

 夢に向かって走り出す少女達を未来から迎えに来たような奇跡。それは明るく道を照らしてくれる光。でも、暗く先の見えない闇へ誘う影でもある。

 今ならその歌詞の意味も、このダンスが指し示す道も。痛い程、心に響いた。

 時に脆く、自分の弱さに負けても情熱は消えない。どんなに小さく、弱くなっても、胸の奥で再び目覚める時を待っている。何度だってあの夢へ手を伸ばすことが出来る。

 他人じゃない。自分の内にあるものを信じることの大切さ。そうすることでしか見えないものがある。

 雫ちゃん、菊花に気づかせてもらった。

 だから、確かめたい。

 トクン、と高鳴る。この気持ちが私の目指すものなのか。


「アァ、夢のような一時ヒトトキデシタ。 ありがとうございマス、結々ユユさん!」

 プレイ後、雫ちゃんは昇降口の時とは違う暖かい笑顔を向けてくれた。

 その時。トクンッ、と激しく胸が高鳴って。もっともっと彼女と楽しみたいって気持ちが溢れてきた。

 だから、

「よーしっ! じゃあ、他にも色々あるから一緒にやろっ!──」




「──はい」

「ありがとうございマス」

 自販機で買った缶ジュースを雫ちゃんに手渡し、私も休憩所のベンチへ腰かける。

 今日は通称洗濯機と呼ばれる『may may』、鍵盤をモチーフにした『ノスタルジーナ』や落下してくる音符に合わせてボタンを押す『ほっぴんグ』等。ここにある音楽ゲームを一通り遊び尽くせたし、雫ちゃんもたくさん笑ってくれたし、大満足だ。

「いやぁ、楽しかったね!」

「ハイ、とても楽しかったデス。 本当ホントーにありがとうございマス。 ……気を使ってくださって」

 缶ジュースを握りしめ俯く雫ちゃん。その胸の内は聞かなくても分かる。だから、ほんの少しだけ間を置いて、今日は最初から一緒に遊ぶつもりだったと打ち明けた。

「どうして、デスカ」

「前にカラオケが初めてって言ってたでしょ? だから、この街には雫ちゃんにとっての初めてがたくさんあるんじゃないかなって。 そう思ったらね、一緒に色々やりたくなったんだ。 それに、私──もっともーっと雫ちゃんと仲良くなりたい」

「ア。 ……私も、結々ユユさんと、もっと、仲良くなりたい、デスッ」

 先程とは違う意味で俯く雫ちゃんに頬が緩む。今はまだこうやって、にっこり微笑むだけ。

「うん!」

 この手を差し出すのは──。




 またビラ配りをして、二人で特訓をして。

 瞬く間に時間は過ぎ、ライブ当日になった。

 それは待ちに待った日なのに。




「はぁ。 はぁ。 はぁ。 ん、っく…………」


 どうしよう。なんで、こんなにも──



 "怖いんだろ"

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