Chapter 3.
「じゃあ、まったね〜」
雫ちゃんを駅の改札まで見送り、帰路につく。
日は落ち、辺りは真っ暗。ここ数日、こんな遅くまで雫ちゃんが特訓に付き合ってくれるおかげでダンスは大分良くなってきた。
けれど、『肝心なところ』はまだまだで。
「…………」
見つめた手のひらをぎゅっと握りしめる。
このままじゃダメだ。せっかく雫ちゃんがこんなにも協力してくれてるのに。
「……ゃ、だよ……」
絶対に。ここで終わらせたくない。
週末の日曜日、ライブまでちょうど一週間。泣いても笑っても来週には結果が出る。その時に後悔しないよう、今日は開店と同時にカラオケへ来た。もちろん、それは最後の追い込みをかける為に。
学校にいる時も家にいる時も可能な限り『Mirage Strike.』を聴いて、何度もMVを見返した。歌詞もダンスも神姫命の歌声も完璧に頭の中に入っている。
なのに、肝心の『表現』が掴めないでいた。当たり前だけど、私は神姫命本人じゃないから彼女がこの曲をどういう想いで歌い、表現しているのかは分からない。でも、それをイメージして掴まなければ、また空っぽなパフォーマンスをしてしまう。
それだけはもうしないと誓った。
だから、
「よし」
──歌おう。今は歌うことでしか前へ進めない。
「っぱ、ダメだぁ…………」
昔、役者が役になりきる為に表現したい気持ちや価値観を念仏のように何度も唱えたり、ノートにビッシリ書いて理解することがあると聞いた。だから、表現を掴むきっかけになればと『Mirage Strike.』を四時間近く歌い続けてみたけど。今のところ、いたずらに履歴を積み重ねているだけだった。
「ホント、何も考えてなかったんだね。 私」
今まで歌もダンスも有名な人の動画を見たり、分かりやすくまとめてくれたブログを読んだりして知識を蓄え、その技術を自分のものにしようとガムシャラに頑張ってきた。そうすることで夢へ近づいていると思っていた。確かに、何も知らなかった頃よりは前へ進めていたから、その方法自体は間違っていない。
だから、いけなかったのは私自身。知識や技術を身につけただけで、そこから先を考えなかった。言ってみれば、おもちゃをかき集めただけで満足して肝心の遊び方を分かっていなかった。集めたおもちゃでどう遊ぶか。その想像力が一番大事なのに。
「はぁ……──ん‼︎」
今まで休まずに歌っていたので少し休憩しようとソファーに寝転んだ、その時。スマホから通知音が鳴り響いた。
確認すると、それは待ち望んでいた彼女からの返信。
すぐさま部屋番を伝えて、それから数分後。やってきた彼女は──菊花は何故か学校のジャージを着ていた。
「どうしたの? その格好」
「バスケ部の助っ人に行ってた」
「なんでまた?」
「体力テストでクラスの子に目をつけられて、仕方なく」
「あー、なるほど」
「で、いきなりカラオケに誘ったりしてどういうつもり?」
「しばらく暇してるって言ってたでしょ? だから、誘ったんだよ」
「ふーん。 ところで随分と好きみたいだね、『Mirage Strike.』が」
「ゔっ⁉︎⁉︎」
早速タブレット端末の履歴を見られてしまった。さらに、どうしてずっと同じ曲ばかり歌っていたのか問い詰められてしまい……。
しょうがない。言うしかないよね。
「……実は──」
ライブをするにあたって『表現』に悩み、行き詰まってること。
今日呼んだのは、この間のカラオケで胸が熱くなった時の気持ちを思い出したかった。その気持ちが今の自分にとって大切な気がしたから。
と、素直に話した。
「なるほど。 だから、前と同じ部屋に入ってたんだ」
「うん。 って、気づいてたんだ」
「フロントの人に『あの部屋、好きなんですね』って言われたから」
「あー。 そうい、ぅ…………」
「結々?」
その時、モニターに神姫命のPVが映し出されて──。
「すごいよね、神姫命って。 歌もダンスも上手で、自分の表現もあって。 私なんかじゃ比べ物にならないや」
それは初めて会った時から分かっていること。だから、今さら弱音を吐いたってしょうがないけれど……抑えられなかった。
「結々もああなりたいの?」
「うん。 いつかああいう風に自分を表現出来るようになりたいって思うよ」
「そうじゃなくて。 誰も寄せつけないギラギラしたパフォーマンスをやりたいか聞いてる」
誰も寄せつけない。ギラギラ。
それは力強い自己表現を持つ神姫命にピッタリな言葉だと思う。そう、神姫命にはピッタリだ。でも、私なんかには全然似合わなくて……。
「どうなの?」
「私と彼女は違うし、同じにはなれないよ」
「それが分かってるなら、こんな事してる場合じゃないでしょ」
「……うん、その通りだよ」
いくら自分の不甲斐なさを嘆いたって前には進めない。そんなことをするくらいなら強い気持ちを持って、自分なりに少しでも前へ進む努力をした方がいいに決まってる。
「結々は結々なんだから」
「へ」
私は、私……。それって。
「はい」
菊花はすました顔で私にマイクを手渡してきた。そして、彼女自身の手にもマイクがある。
その行為が意味するのは、聞くまでもなく。
「あの日の気持ちを思い出したいなら、歌うしかないと思うけど」
「菊花。 『スウィート♡キャンディ』歌えるの?」
「一回聞けば十分」
「えぇっ、すごっ‼︎⁉︎ 流石は、菊花だね──」
それから菊花は退出時間まで一緒に色んな曲を歌ってくれた。その時間はとても楽しくて、私の目指す『表現』に少し触れたような気がした。だから、家に帰ってすぐ、その感触を忘れないうちに見る。
私を私たらしめる原点を、あのアイドルアニメを──画面の向こうの二人を。
「そっか、そうだったんだ」
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