side.菊花
夏休みも終わりが近づいた頃、結々からメッセージが届き、カラオケに行こうと誘われた。特に断る理由もなく、今年の夏は一度も一緒に遊んでいなかったので。
『いいよ。 いつ?』
『週末の土曜日はどう?』
『大丈夫』
『やった! じゃあ、土曜日で! 雫も来るよ!』
しずも一緒だと知らされた時、もしやと思った。
だけど、一度いいと言っておきながら断るわけにはいかない。それにもし、本当にもし。ほぼないとは思うけど、しずがあのことを結々に話していたとしても、別に構わない。結々に何か言われたとしても私は変わらない。
そう思っていたのに。
当日。
どうして。私のために歌を作って。
なんでそれをここで。
私は、二人が一緒に歌って、踊るところを見ても。
私は──
*
幼い頃、別に一人が好きなわけじゃなかった。誰かと一緒にいても楽しくないわけじゃなかった。でも、何をしても。そう、大好きな歌を歌っても、みんな『すきじゃないの?』、『たのしくないの?』と聞いてきて、『ううん、そんなことないよ』と言っても信じてくれなかった。それが嫌だったから一人でいた。
本当は寂しい。だから、歌ってその気持ちを誤魔化していた時。彼女が、結々がやってきて歌うのが好きかと聞いてきた。どうせ彼女もみんなと同じで信じてくれないし、また傷つくことになる。そうなるくらいなら無視して嫌われればいい、と。
でも、
『ねぇねぇ! うたうのってすっごくたのしいんだね!』
訳が分からなかった。
どうしてそう思うようになったのかも分からないし、何故私のおかげと言うのか。本当に分からない、分からないけど。無邪気な笑顔を向けてくれたのが、妙に嬉しくて。
──気づけば友達になっていた。
元々大好きだった歌は結々のおかげでもっと好きになった。
だけど、人前で歌うのは苦手で。小学生の頃、それがつらい時もあった。
『────』
歌っている時にヒソヒソと話す子達。別にそれは私の悪口を言ってるわけじゃない。授業が退屈程度のことしか話していないのは分かっていた。でも、気になって、もしもを考えると喉が苦しくて、心はいつも壊れてしまいそうだった。
だけど、歌い終わるといつも結々が笑顔で『良かった!』と言ってくれた。だから、どんなにつらくても歌を嫌いになることはなかった。
──私にとって結々は太陽のように眩しくて、太陽以上に欠かせない存在。
偶然だった。
従姉妹のマリちゃんが遊びに来て、しつこくアニメは良いという話をされた。それで気になるものはないかと聞かれて動画配信サービスで物色していた時、あのアニメに出会った。
アイドルを題材とし、歌で自分を変えていく少女たちの物語。
単純に弱さを抱える少女たちが試練を乗り越え、前へ進んでいく姿に憧れたのもあるけど。出てくる少女たちがどことなく結々に似ていて、すぐ好きになった。
ランドセルにそのアイドルアニメのキーホルダーをつけたのは結々に気づいてほしかったから。そして、それをきっかけに結々にもあのアニメのことを話したら、きっと好きになってくれると思ったから。
私の想像していた流れとは違うけど。結々はあのアニメに興味を持ち、夏から始まる新シリーズを一緒に見ることになった。
私は嬉しかった。また結々と『好き』を共有出来る。あの時みたいに無邪気な笑顔を見せてくれるんじゃないかって。期待で胸が膨らんで、とても待ち遠しかった。
でも、あんなことになるなんて。
『ねぇ、キッカもいっしょにやろうよ! アイドル!』
同じように結々も好きになってくれた。でも、結々の『好き』は私とは違っていて。
複雑だった。
私は人前で歌いたくない、踊りたくない。きっと、周りの声が気になって本気になれない。だから、首を縦に振ることが出来ず、支えていくようなことを言って誤魔化し……いや、嘘をついた。
酷いことに結々もそこまで本気じゃない。今はそう言ってても、すぐに諦めるだろうと思っていた。
だけど、結々は諦めなかった。それどころか諦めなければ、いつか絶対にアイドルになれるとさえ。
──やっぱり、結々はそっち側だったんだ。私と違って。
私は自分を恥じ、あの日の嘘を嘘にしないために本気で結々を支えていくと決めた。その為に必要なことは何でもした。
マリちゃんに洋裁を教えてもらい、結々の衣装を作れるように。いつか役立つかもしれないとSNSを始め。そして、影から支えるためにダンスも習った。
結々にとってダンスを習いたいなんてワガママは到底言えなかったらしい。今はネットで基礎知識を学べる動画を見れるから大丈夫だよ、なんて言ってたけど。そんなはずがない。ちゃんとした知識を持つ人に教わらなくてもある程度は進めると思う。しかし、いつか必ずどこかで壁にぶつかり、挫折するに違いない。
私は結々にそうなってほしくなかった。だから、代わりに私が始めた。幸い身近にダンス経験者もいたので、それとなく結々に助言するのは然程難しくなかった。まぁ、言い訳作りは少し大変だったけど。
世の中は厳しく、上手くいかないことはたくさんあった。でも、結々は少しずつでも壁を乗り越え、確実に前へと進んでいた。このまま続ければ、結々は本当にアイドルになる夢を叶えれると思っていた。
しかし、あのオーディションで。
『え。 ほ、ほら、春から高校生なんだし……色々忙しいよね! あはは』
中学三年の冬。突然、結々は何もかも投げ出した。
無論、結々はそのことについて何も言ってくれなかったから、理由は分からなかった。でも、結々が落ちたオーディションの最終審査の配信を見て、あの女──神姫命が原因で挫折したのだろうと察した。
結々は完全に諦めた訳じゃない。それは結々を見ていればすぐに分かった。だから、じっと待ち、備えておいた。結々の方から私を頼ってくれるまで。じっと。
挫折した結々は立ち上がり、再びアイドルになる夢を追いかけ始めた。
けれど、まさか学校でアイドル活動を始めるなんて思ってもみなくて。それじゃあ、本当に結々はあのアニメの少女たちみたいに。
複雑だった。
とてもじゃないけど、直接結々のライブを見に行くことは出来なかった。だから、助っ人を頼まれていたバスケ部の先輩に交換条件を出した。試合に出る代わりに結々のライブを見に行って、動画を撮ってきてくださいと。
動画越しの結々の歌に胸が高鳴った。
本当はSNSにあげるつもりなんかなかったのに、無意識のうちにそうしてしまった。きっと、私は知ってほしかったんだと思う。多くの人にあの笑顔を。
──そんなことをしてしまったから、結々は。
結々が私に直接ステージに立つ姿を見てほしいと思っているのは分かっていた。だから、決意して、フェスを見にいくと。
しずのことで悩んでいる結々の背中を押したのは約束していたから。作りかけのあのドレスを完成させた理由はそれだけ。
フェスの当日。結々達のステージが始まるまでの時間、ずっと気が気じゃなくて。
あの遠いステージで歌う結々を直接目にした時はもう。
──分かっていた。
私は嘘つきだ。
あの日の嘘を嘘にしないために支えていくなんて結局嘘だった。私は自分では叶えられない夢を結々に託した気になって、ずっと本当の願いから目を背け、逃げていただけ。
どうして私はこんなにも、弱いんだろう。
──私は自分を許せない。
私が結々を支えることはもうない。そんなことをしなくても今の彼女なら大丈夫。それに彼女の周りには頼れる人、かけがえのない仲間がいる。だから、もう彼女の夢とは関わらない。自らの足で進もうとしなかった私に彼女と関わる資格なんてない。
こんな私に許されていることがあるとすれば、それは遥か遠くから見守り、後悔することだけ。あの時、一歩踏み出していればと。
*
「どうだった?」
歌を聴いている間、心はずっとざわついていた。でも、歌い終わった結々がとても晴れ晴れしい笑顔をしていたから、素直に『良かったよ』と言えた。
今貴方達が踏み出した世界がどれだけ楽しく、素敵なものかと容易にイメージ出来る真っ直ぐな歌詞。未熟ながらも情熱に満ち、前へと踏み出す勇気をくれるようなダンス。そして、それらを包みこみ、心へ沁み渡らせるような芯のあるメロディ。
私のための歌にするには勿体なさ過ぎる程、素晴らしいものだった。けれど、例え素晴らしい歌を披露してもらっても私の心は変わらない。
「あの!
突然、しずにぎゅっと手を握られ、そのままマイクを手渡された。
「次は
「は? 私の? なんで」
「だって、カラオケですから!」
「いや、カラオケだからってそんな」
「そうそう。 それに、これは菊花のための歌。 "菊花が歌うための歌"だよ!」
「結々」
「もちろん、もう覚えたよね?」
にっこりと微笑む結々。得意げな顔で、もう曲を流す準備はバッチリと言わんばかりにスマホを構えるしず。こうなってしまってたら断ることなんか出来なくて。
「あーもう、一回。 一回だけだから──」
──そうだったんだ。二人はこんな気持ちでこの歌を。
あっという間に曲は終わり、マイクを手放すことさえ惜しくて。
でも、私は。
「どう? 楽しかった?」
結々の問い。
悔しいけど。嘘をつくことは出来ず、素直に『楽しかった』と返していた。
「ねぇ、菊花。 一緒にやろうよ。 アイドル同好会」
「どうして。 どうして今さらそんなことを言うの。 私は今まで一緒にやろうとしなかったし、それに……」
「一緒にやりたいならちゃんと言えば。 そう教えてくれたのは菊花だよ」
「っ‼︎ それは……」
「私は菊花とも一緒に歌いたい。 心の底からそう思ってるよ」
「ハイデス! 私も
「結々。 しず」
それでも私は、自分を許すことは出来ない。
「ごめん、二人とも。 私には無理だよ。 私じゃ、歌えない」
マイクをテーブルに置き、ドアへと向かう。
重たい空気。背中に集まる視線が痛く、悲しい。一歩、一歩と踏み出す度、心に激痛が走る。それでも歩みを止めない。止められない。
だって、こんな私が二人と一緒にステージに立てるわけがないから。
「…………」
ドアノブに触れた時、声が聞こえた気がした。
"二人は一緒に歌いたいって言ってくれてるのに。 ここで踏み出さないともう。 本当に、それで──後悔しない?"
そんなの。そんなの分かってる。
でも、
「……くっ……」
結局ドアを開けることは出来ず、振り返って二人に。
「いいの、かな。 こんな私が、二人と。 歌っても、いいのかな」
視界が滲んでよく見えない。
だけど、見えなくても二人がどんな顔を向けてくれているのかは──。
もう呆然と立ち尽くすのはやめる。だって、そんなことをしても時間の無駄で何にもならない。
今はまだ自分を許すことが出来なくても、私は二人と歌いたい。後ろめたさより、この気持ちを優先したい。
だって、二人はこんな私のために大切なことを教えてくれたから。
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