Chapter 4.
「どうぞ」
茜ちゃんからヘッドホンを受け取り、装着する。そして、彼女がカタカタっと慣れた手つきでテーブルのノートパソコンを操作するとメロディだけの曲が流れてきた。
「…………」
その曲はワンコーラスだけで、まだ完成はしていない。
けれど、
「どうでしたか?」
「……いい。 すっごくいいよ!」
素直な感想を述べると作曲者である茜ちゃんは『なら、良かったです』と返し、ノートパソコンを閉じた。
「これ、一人で作ったんだよね? すごい!」
雫と一緒に曲作りを始めてから数日後の朝。雫から『すぐ家に来てください!』とメッセージが届き、向かったところ。着くや否や茜ちゃんの部屋に通され、何がなんだかよく分からなかったけど。まさか、雫に共有していた歌詞。しかも悩んでいてまだ数行しか書けていなかったのに、それを見てこんなにもピッタリな曲を作ってくれただなんて。
「あの、すみません。 使い回しみたいで申し訳ないのですが、これは昔作っていたものをアレンジしただけで」
「昔って。 え、そうなのっ⁉︎ 茜ちゃんっていつから作曲やってるの?」
「い、一応、小学四年生の頃からです」
「おぉ、そんなにも前から」
「ふふん。 因みに
隣からの圧倒的ドヤ顔! 何故茜ちゃん本人ではなく、雫が自慢げに言うのかはさておき。『なら、ぜひ聴いてみたい!』と、お願いしたら。
「それは……」
何やら申し訳なさそうに瞳を伏せる茜ちゃん。一体どうしたのだろうかと不思議に思っていたその時。今さらながら大変なことに気づいてしまった。
「ごめんね! 受験生だから忙しかったよね」
「え。 いえ……そうではなくて……」
「素敵な曲を聴かせてくれてありがとう。 じゃあ」
これ以上、受験生の貴重な時間を奪うわけにはいかない。だから、雫に目配せをして、部屋を後にしようとしたところ。何故か茜ちゃんに『あの!』と大きな声で呼び止められた。
「勉強は大丈夫です。 毎日ちゃんとやってますから。 だ、大丈夫じゃないのは。 私、あんまりギター上手くないので、その……それでも、良ければ……」
返事はもちろん決まっている。
自信なさげな茜ちゃんに笑顔を向け、再び聴かせてほしいとお願いした。だって、私が聴きたいのは上手なギターじゃないから──。
「…………」
「…………」
「あの、二人とも?」
「雫」
「デス」
どうやら直接聞かなくても、お互いに気持ちは同じみたいだ。
なら、
『最っ高だよ(デス)!』
ピッタリ声が重なるのは必然だった。
「ゆ、結々さんはともかく、お姉ちゃんは……。 別に、気を使わなくても」
身内ゆえの疑いに満ちているジトーっとした
「何を言ってるのデスカ! 姉妹だからといってそんなコトしません! 素直な気持ちデス!」
「なっ⁉︎ ちょ、お姉ちゃ」
「うんうん、そうだよ。 聴いてて『あぁ、いいなぁ』ってなったよ!」
「うぐっ、結々さんまで……」
私には技術的な意味での演奏の良し悪しは分からないし、披露してくれた曲が私達の大好きなあのアニメの劇中歌だったから贔屓目なしで見れていないのかもしれない。
けれど、雫が言ったように私もこれが素直な気持ちから来るものだと。この胸が熱くなっているのは彼女の演奏が私にとって『最高』だったからだと信じている。
指先の動き、奏でる音から伝わってくる想い、そして直接顔には出ていなくても分かる茜ちゃんの『楽しい』って気持ち。きっと彼女は音に自分の気持ちを乗せて表現するのが『好き』なんだろうなぁって。
だから、
「ねぇ、茜ちゃん。 リクエストいいかな?」
「別に、構いませんけど。 何の曲ですか?」
「茜ちゃんが作ってくれた曲。 ギターでも聴いてみたいな──」
「い、いきます」
深呼吸をしてからギターを奏で始めた茜ちゃん。それはさっきとは打って変わってぎこちなく、緊張や不安を肌で感じる。今にもプレッシャーに押し潰されそうな彼女の顔は、初めてカラオケで歌った時の雫によく似ていた。
ピンッと音が外れ、ピタリと演奏が止む。
「ごめんなさい! えっと……やり直します」
茜ちゃんは勢いよく頭を下げて謝ると、また一から弾き始めた。でも、やっぱりまたぎこちない。
このままでは茜ちゃんは楽しく演奏出来ず、つらいだけ。そんなのは嫌だよね。
「ラ、ラララー」
あの時のように、優しく、寄り添うような声で。茜ちゃんのギターに合わせ、私も一緒にメロディを口ずさむ。すると、追うように雫も口ずさんでくれた。
またピタリと演奏が止み、再び始まる。
けれど、さっきとは全然違う。茜ちゃんの手つきはまだ少しぎこちなくて、顔もやや険しい。でも、緊張や不安は感じなかった。それどころか、少しずつ本来の茜ちゃん。いや、それ以上に楽しく演奏していて──ここから始まる。
彼女の指からひとつひとつ丁寧に紡がれるメロディ。音に乗せた想い。それらが胸の奥まで沁み渡り、鮮明なイメージが湧き上がってくる。
いつも側にいる大切な人に届けたい気持ち。心で念じても、紙ヒコーキを飛ばしても伝わらない。伝えれる方法はただ一つ。勇気を出して、ぎゅっと手を握り、
『泣かないで』
そして、笑顔で、
『怖くないよ』
まだ知らないだけで、ボクらなら大丈夫。真っ暗で先が見えない夜でも、前を向いて進んで行けば、どんなに遠く、つらく、険しくても。明日は、未来はやってくる。
だから、
「ありがとう、茜ちゃん」
「いえ。 寧ろ、それはこちらのセリフで」
「ううん。 茜ちゃんのおかげで今すっごく良い気持ちでね。 このまま作詞をしたいって思った。 だから、ありがとう」
「結々さん。 ……でしたら、ここで書いてくれませんか? 歌詞。 私もこの曲、完成させたいので」
おずおずしながらも紡いでくれた予想外の言葉に胸がトクン、トクンと高鳴る。あまりにも嬉しくて、自分でも分かるくらい頬が緩んじゃって。
「なら、お言葉に甘えちゃおうかな」
*
フェスで織音さんの歌を聴いて、私もあんな風に歌いたい。大切な人のために、この胸の熱い想いを込めて、歌を届けたいと思った。
でも、誰に? 私にとって歌を届けたい大切な人は?
そう考えた時、真っ先に思い浮かんだのはやっぱり菊花だった。
──『楽しい』と『好き』を教えてくれたのは。
菊花と初めて出会ったのは幼稚園。彼女とは同じ組で何度か話す機会はあったけど、最初は全然仲は良くなかった。なにせ彼女は誰とも遊ばず、いつも一人で絵本を読んだり、折り紙をしていた。なので、『このこはひとりがすきなんだ』と思っていたし、暗い子が苦手でちょっと避けていた。
けれど、
『──ラ、ララ──』
外で遊んでいた時。たまたま忘れ物をしてしまい、それを取りに部屋へ戻ったら、誰かの声が聞こえてきた。こっそり中を覗いてみると、やっぱり声の主はいつも一人の菊花。
ボソボソと。他には誰もいなくて静かな部屋なのに、彼女が何を言っているのかはよく聞き取れなかった。でも、それを"聴いている"となんだか楽しい気持ちになって、じわじわと胸が熱くなって、自然と良い"歌"だと。
だから、
『すごいね!』
『っ‼︎』
『ねぇ、うたうのすきなの?』
『…………』
残念ながらその時は返事どころか、こちらには目もくれず彼女は、
『お待たせ、菊花ちゃ──って、あれ。 結々ちゃん。 菊花ちゃんは?』
『しらない。 どっかいっちゃった』
後からやってきた先生はすごく困惑していたけど。私はもっと困惑していた。けど、それ以上に菊花のことが気になっていて、無視されたことなんかどうでもよくなってて。
トクン、と胸が高鳴っていた。
当時の私は歌うこと自体は楽しいと思っていたけど。それが特別好きってわけじゃなくて、数ある遊びの一つくらいにしか思ってなかった。
でも、菊花の歌声を聴いて。歌ってすごく楽しいものかもしれないと思った。それでその日の夜、お風呂であの時の菊花をイメージして、私も彼女のように歌ってみたら──ものすごく楽しくて、歌が好きになった。
翌日、そのことを菊花に話しても『よかったね』と淡白な返事をされただけだった。でも、それから少しずつ、本当に少しずつ話してくれるようになって。仲良くなって、あの時の問いに答えてくれた。歌うのは『きらいじゃない』って。
──あの『輝き』と出会わせてくれたのは。
小学生の時、私も人並みにはアニメを見ていた。と言っても、小さい頃から外で遊ぶのが好きな方だったので、そこまで好きじゃなかった。最低限周りと話を合わせるためだったし、歳を重ねて周りの興味がドラマや芸能人、ネット等に向けば全然見なくなっていた。何なら見てる方が珍しいとさえ思っていた。
『スクー……ル……? ふーん、アニメの。 おもしろいの? それ』
ある時、菊花がランドセルにアイドルアニメのキーホルダーをつけていて、何なのか気になったので聞いた時。彼女は『まぁ、それなりには』とそっけない返事をしてきたけど。私には分かっていた。彼女は好きなものを素直に好きと言えないことくらい。
『なら、わたしも見てみよっかな』
それは本当に軽い気持ちだった。
こういうことを言うと菊花は嬉し恥ずかしの絶妙にかわいい反応をしてくれるし、単純に彼女の好きなものが気になる程度で。良いものなんだろうなぁ、とは思っていても期待はしていなかった。
菊花と一緒にアニメを見て。目にした光景にトクン、トクンと胸が高鳴って。私は感謝していた。
こんなにも素晴らしいものと出会えたのは菊花のおかげだって。
──諦めないで夢を追いかけ続けれたのは。
アイドルになることを目指した時、みんながみんな応援してくれたわけじゃなくて、中には『目立ちたいだけ』とバカにしたり、『夢見過ぎ』と笑ってくる人達がいた。
私は普通の子ども。それがつらくないと思える程鈍感じゃないし、今でも平気なわけじゃない。だって、どうしたってつらいものはつらい。それでもやめなかったのは、強い味方が──菊花がいてくれたから。
菊花は一度だって私の夢をバカにしなかった。菊花は周りに合わせて笑ったり、離れていかなかった。一番苦しい時、菊花は必ず私の元へ来てくれて、力を貸してくれた。
幼い時も、今も。
オーディションに落ち、神姫命のパフォーマンスに応えられなくて、夢から逃げていた時。菊花は私に時間が必要なのを知っててそっとして。ううん、信じて待っててくれた。そして、あんな言い方しか出来なかった私のために歌ってくれた。
あの時も。『Mirage Strike.』の表現で悩んでいた私は菊花に甘えたのに、何も言わずただ私に必要なことだけを言ってくれた。一緒に歌って、道を示してくれた。
あの時もそう。本当は雫と一緒にフェスへ出たいけど。その気持ちを言えず、悩んでいた私の話を聴いてくれて。思い出とともにドレスで背中を押してくれた。
どう考えても、ドレスを一日で作れるわけがない。だから、あれはずっと前から私が大きなステージに立つ日のために用意してくれていたんだってことはすぐに分かって。
本当に心強かった。
──だからこそ、届けたい。親友の菊花に。
初めは菊花が導いてくれたからここまで来れたことへの感謝。もうあの頃のちっぽけな私じゃない。今はこんなにも大きく、光り耀けるようになったよ。なんて、嫁入り前の娘みたいな歌を届けようと考えていた。
けれど、あの日。雫と美采と遊んだ帰り、菊花と心珠ちゃんが一緒にいるところを見て、このままじゃダメだって。このまま菊花が普通の女子高生になっていくのは嫌だって思った。
自分でもどうしてそんな気持ちになったのかは分からない。だけど、感謝や恩返しの歌ではきっと私の想いを菊花に届けることは出来ない気がした。
それで一から作り直そうと思ったものの。いくら考えてもピッタリくる歌詞が見つからなくて、すぐ手詰まりになった。そして、悩んだ末に織音さんに相談するつもりが、うっかり間違えて美采にメッセージを送っちゃって……。
でも、それが巡り巡って雫と茜ちゃんが協力してくれることに繋がり、ようやく見えてきた。
──私は、菊花と。
*
……あったかい……。
何かは分からないけど。柔らかくて。もう二度と手放したくないくらい心地よくて。それをぎゅっと抱きしめると、そのあたたかさがじんわり身体に浸透していって境界線がなくなる。そんな素敵な感覚に包まれて、すごく幸せな気持ちになった。
どうしちゃったんだろ、私。よく分からないけど、すごく良い夢でも見てるのかな? だったら、もう少しだけ、このままで。
「んぅ。 ふー」
ん? 声? 誰の、ん……んんっ‼︎⁉︎
「なっ、なな、なっ⁉︎」
なんでこんなにも近く雫の顔がッ、いま抱きしめているのはッ、この手のぬくもりはッ⁉︎⁉︎ し、雫の……。
いやいやいや、そんなことよりもまずは離れなきゃっっっ──。
「あ」
眠っている雫を起こさないよう、起き上がって数秒。少しずつ思い出してきた。
そういえば、昨日は何だかんだあって雫の家に泊まることになって、三人で曲作りをしてたんだった。作曲は茜ちゃんに任せて、私と雫は作詞や振りつけを考えて、ようやく真夜中に完成させて……からの記憶がない。多分、そのまま寝ちゃったんだろなぁ。
「おはようございます、結々さん」
「っ‼︎ お、おはよう、茜ちゃん。 って、それ」
「あぁ。 ちょっとコンビニに行って買ってきました」
振り向くと、茜ちゃんは首にヘッドホンをかけたままノートパソコンで作業をしていて、テーブルの上にはエナジードリンクの缶が置いてあった。聞くまでもなく、彼女は徹夜をしたようで。
「そっか。 ごめんね」
「謝らないでください。 好きでやってるので。 それより、もうすぐで完成しますので」
「うん」
ヘッドホンをつけ、作業に集中する茜ちゃんをしばらく眺めて──。
「ありがとう、茜ちゃん」
「いえ、これくらい」
「今度、何かしてほしいことがあったら言ってね」
「…………。 考えておきます」
これで完成。
あとは練習して、最高のパフォーマンスを菊花に見てもらうだけ。
そして──
「どうして今さら"そんなこと"を言うの」
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