Chapter 3.&side.美采

「じゃあ、またね」

 夏休みが半分近く終わった頃、夕方までの部活を終えた帰り道。駅まで続く交差点で雫と別れ、美采と二人になってすぐ。

「ねぇ、美采。 少しだけ話いいかな?」

 近くの公園へと場所を移すと空は薄暗くなっていて、話すには暗過ぎるかもしれないと思ったその時。ちょうど照明灯がつき、明るくベンチを照らした。道中で買っておいた缶ジュースを美采に手渡し、ベンチに並んで座り、

「ありがと。 で、何なのよ? 急に」

「えっとね──」

 近頃、雫の様子が変だった。三人で動物園に行った後ぐらいから妙に挙動不審な時や誤魔化すように突拍子もないことを言ったりなど。何かあったのかもしれないと薄々察してはいた。でも、普通に接してくれるし、悩みを相談したそうな素振りも見せなかった。なので、あとから美采と一緒に遊んだことへの戸惑いのようなものが来て気持ちの整理がつかないとか、神姫命ファン的な何とかで。ともかく、時間さえあれば解決するものだと思っていた。

 でも、それは一週間も続き、三日前。週明けの練習日からはボーっとしていることが増えたり、何故か私の顔をジッと見てくる時があったり、時折悲しそうな顔でため息をついていたりと。重大な悩みを抱えているのは明白で、とんでもない勘違いをしていたと思い知らされた。そして、私だけではどうすることも出来なくて。

 だから、そのことを相談したところ、『直接本人に聞けばいい』と美采らしいストレートな答えが返ってきた。

「うん。 そうなんだけども」

「なら、そうしなさいよ」

「一応、聞いたんだよ。 一応ね。 けど、何でもないってはぐらかされちゃって……」

「じゃあ、白状するまで聞けばいいじゃない」

「でも」

「それが無理なら潔く諦めることね」

 美采はやや怒気を含んだ声で力任せに私の言葉を遮ると缶ジュースに口をつけた。彼女の言っていることは正しくて、しばらくは何も言えずただジュースを飲むしかなかった。

「話はそれだけ? なら、帰るけど」

「うん」

「くっ……あーもう! なんで私に聞いたのよっ! こうなることくらい分かってたでしょっ‼︎」

「ごめん」

「謝んないでよ! 全く」

 はぁ、と。美采の大きな、とても大きなため息が公園に響く。そして、追い討ちをかけるように鋭い眼でこちらを睨んで、

「大体、貴方そんな風に悩む余裕があるの?」

「うぐっ」

 ひやりと汗が出る。

 確かに、美采の言うように今の私に悩んでる余裕はない。だけど、元気のない雫を見てると心配だし、気づかないうちに何かしちゃったんじゃないかって不安になったりで、自分のことに集中出来なかった──なんて言い訳を聞いてくれるわけがなく……。

「進捗。 あれからまだ一度も送ってきてないわよね?」

「え、えーと、それはですね」

「送ってきてないわよね?」

「うっ。 はい、送ってないです」

「それでいいのかしら?」

「よ、よくはないです」

「しばらく私がいなかったからって気を抜き過ぎじゃないかしら?」

「おっしゃる、とおりです。 はい」

「だったら、貴方は他のことを考えなくていいから、自分のやるべきことに集中しなさいよっ! 今すぐにっ!」

 まるで子どもを叱る母親のような怖い顔で発する彼女の言葉には容赦がなく、とても厳しい。でも、今これでもかと強調して『貴方は』と言ってくれた。ほんの数週間の付き合いしかなくても、それが素直じゃない彼女の優しさだと分かる。

 だから、

「……ありがと、美采」

「バカ。 お礼なんか言わないでよ、全く」



 * * *



 ・side.美采



「単刀直入に聞くけど。 貴方は何を悩んでいるのかしら?」

 結々から雫のことで相談をされた翌日の部活の休憩時間。『ちょっと顔を洗ってくる』と言って結々が席を外したので、少し様子を伺ってから雫に件の話のことを聞くも、

「へ。 悩みなんて別に。 何もないデスヨ」

 案の定、しらを切ってきた。

 彼女は目を逸らし、声も自信なさげで何一つ動揺を隠せていない。これでは『何かあるので聞いてください』と言っているも同然なのに、よくもまぁ。

「結々が心配してたわよ。 最近の雫は元気がないって」

「それは……」

「言っておくけど。 貴方がそんなだと私が困るの。 だから、隠さず言いなさいよ」

「……心配、ありがとうございマス。 でも、本当に何もないので。 えへへ」

 力なく微笑む雫。その笑みには、繊細で触れると瞬く間に崩れてしまう。そう感じさせるものがあり、どうして結々が一歩引いて諦め、私に相談してきたのかよく分かった。

 なるほど。こんな顔をされたらヘタレな貴方には無理でしょうね。でも、私は違う。自分の目的のためならば手段は選ばず、立ちはだかるものは誰であろうと・何であろうと、全て退ける。

 例え、それが──。

「分かったわ。 貴方がそうくるのなら──今の私は、"神姫みきみこと"よ。 どうして元気がないのか教えてくれないかしら?」

「ひょっわぁ⁉︎⁉︎ ミ、ミコ、ななな、なにを」

「ねぇ、雫。 私はね、友人として貴方の力になりたいの」

「うひゃぁぁぁぁっ……‼︎⁉︎ あ、あわわ。 ち、ちか、ミコ、サマに、あ゛ぁ゛……」

「だから、話して」

「わ、わかり、ました! はなしマス、はなしマスからぁ、いつものカンジにぃ、もどってくらぁ……ひゃぃぃぃ……」

「え、えぇ」

 たかが営業スマイルを向けただけで、こんなにも……まぁ、いいわ。目的は果たせたみたいだし。

「で、何があったのよ?」

「…………。 この前──」


 ──正直、雫の話を聞いて一番最初に抱いた感想は『呆れた』だった。


「ということがありまして。 私は、菊花キッカさんにも同好会に入っていただきたくて。 でも、私じゃ何も出来なくて」

「……あのバカ……雫に話してなかったのね……話してれば、こんな……」

「ミコトさん?」

「はぁ、良いことを教えてあげるわ。 今、結々はその菊花って子のために曲を作ってるのよ」

「え」

「まぁ、作ってると言っても作詞でつまづいてて、まだ全然だけど」

「どうして! どうして結々ゆゆ菊花キッカさんのために曲を作っているのデスカ! どうして!」

「ざっくりしか聞いてないけど。 織音に影響されて、自分の歌を親友に届けたいとか、何とかって」

「ッ。 ……あの、今すぐ結々ゆゆのところに行ってきてもいいデショウカ?」

「はぁ、いちいち聞かないで。 好きにすればいいじゃない」

「ハイデス! ありがとうございマス、ミコトさん!」

「…………。 だからお礼なんか言わないでよ、全く」



 * * *



「はぁ」

 運動場わきにある手洗い場で顔を洗うもひんやりしていたのは最初だけで、すぐに外の熱気によって温水がじめりと顔に張りつくような何とも言えない不快感に苛まれた。当然、気持ちはシャキッとしなかった。

 美采のおかげで今は自分のことに集中すると、決めていたはずなのに。いざ雫を目の前にするとまた迷いが生じて……どっちつかずの中途半端な気持ちになってしまった。

 そんな自分が情けない。

「あ」

 ふと目に入った陸上部の子。彼女は真っ直ぐ前を見て、走っていた。陸上部なのだからそれくらい当然だけど、今の私にはそうやって前だけを見て走れている彼女がとても羨ましく思えた。

 別に前を見て走っているからって心に迷いがない訳じゃないのに。

「いいなぁ、あの子の走り。 すごく綺麗で、楽しそう」

 少しの間、トラックを駆ける彼女を見ていたら、ついそんなことを口にしてしまったその時。

結々ゆゆ‼︎」

 振り向くと、そこには雫がいて、

「手伝わせてクダサイッ‼︎‼︎」

 力強く、ギュッと。手を握られた。

「え゛、えぇ⁉︎ 何をっ⁉︎⁉︎」

菊花キッカさんのための曲づくり、私にも手伝わせてクダサイッ!」

 一瞬、『なんでそれを⁉︎』と思った。でも、すぐにその答えに辿り着いた。この話を知っているのは美采しかいない。もしかしなくても彼女は雫に話したようだ。一体どういう経緯があって、そんなことになったのかは分からない。分からないけど。雫のを見て、何か強い想いがあるのは分かった。

 だから、

「一つ聞いていい? 最近元気がなかったことと関係してる?」

「それは……」

 俯く雫。

 美采が何の理由もなく話すとは考えられないので、もしかしてと思ったけど。そうだったんだ、雫は菊花のことで。

「詳しくは言えませんが。 どうしても、どうしても菊花キッカさんに伝えたいことがありマス! だから、手伝わせてくれませんかっ! 私にもっ!」

 だったら、

「ねぇ、雫。 ほんのすこし聞いてくれないかな。 私と菊花の話を──」

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