epilogue.
季節は流れ、文化祭当日。体育館の舞台袖。
今舞台では軽音部が演奏していて、体育館中に生徒達の楽しそうな声が響く程の大盛り上がり。
私達白陽女子アイドル同好会の出番は彼女達の次。この後に出ると思うと、流石に少し緊張してしまう。
「他の二人は?」
背後から声をかけてきたのは芸能人にも関わらず、まさかの電撃参戦をした美采。本人曰く事務所の方針で仕方なく参加とのことだけど。本当は今日のために予定を開けてくれたと織音さんから聞いている。
「何にやにやしてるのよ」
「別に何も。 雫は教室に忘れ物を取りに行って、菊花はちょっと外の空気を吸ってくるって」
「ふーん、そう」
隣に並び、興味なさそうに舞台へと視線を移す美采。私も同じように舞台へ視線を移したら、『あの子、大丈夫なの?』と聞かれた。
流石は美采。いつもは自己責任だとか、甘えないで、と厳しく接するのに、こういう時はちゃんと心配してくれる。『優しいね』と言ってもどうせ素直に受け取らないし、険しい顔で『私と一緒に出るステージなのだから半端は許さない。 それだけよ』とか言うんだろな。
だから、これは胸に秘めておく。
「大丈夫だよ。 菊花なら」
「そう。 なら、いいわ」
──しばらくの間、何も話さず。
「ねぇ、どうして断ったの。 スカウトの話」
「知ってたんだ。 それ」
「当然でしょ。 狭い世界なのだから」
あのフェスへ出演した後、全く評価されなかった訳じゃない。一部の人は私のことを認めてくれて、専属契約やバーチャルアイドルとして活動しないか等の嬉しい話もいただいていた。でも、全て丁重に断らせていただき、今の道を選んだ。
その理由は、
「私ね、あのフェスで最高のステージを出来たのはみんなのおかげだと思ってるの」
支えてくれた人、導いてくれた人、大切な仲間、私達の好きを受け入れてくれた人。
そして、
「美采には怒られるかもしれないけど。 最後のステージ、私は一人じゃなくて誰かと一緒に歌ってる気がしてて。 あとからそれは
「ッ‼︎」
「それを伝えたい。 だから」
「もういいわ。 言いたいことは分かったから」
──またしばらくの間、何も話さず。
「それでこれからどうするの?」
「……私は──」
ここから始めていく。
雫と一緒に作ったこの場所で。
同じように『好き』を持つ人達と一緒に。
届けていく。私達の『好き』を。
結ぶ。みんなの『好き』と。
そうして『好き』を遠い未来へ繋でいく。
まだ名前のない『好き』のために。
「全く大層な夢ね」
「私もそう思う」
「だけど、忘れないで。 貴方には必ず私と同じ。 "本当のアイドル"になってもらうから」
「うん、分かってる。 だって、私は
fin.
* * *
・+1(プラスワン)
白陽は木造の校舎だから古い。
お姉ちゃんにも、結々さんにもそう聞いていたけど、想像以上だった。今から昭和の学園ドラマを撮影すると言われたら信じる程で、歩く度に床が抜け落ちるんじゃないかと不安になる。
結々さんにほぼ毎日お姉ちゃんはドタバタと廊下を走っているという話を聞いたことがあるから大丈夫だとは思うけど。
「あ。 茜も来てたんだ」
せっかく校内を見て回っていたのに、なんでこの人がここに。
「…………」
「ちょ、無視すんなし!」
「人違いです」
「いやいやいやいや!」
「では、失礼します」
「ちょっ、待って! 待ってってば!」
今すぐにでも彼女を、今田心珠を視界から消し去りたいのに進路を遮られてしまった。最悪だ、この人。
「ここで会ったのも何かの縁だし」
「嫌です。 さようなら」
「や、まだ言い終わってな」
「さようなら」
強引に横をすり抜け、逃げる。
お姉ちゃんはあの人とまた関わるようになったみたいだけど。私には関係ない。あの人は元々好きじゃないし、お姉ちゃんに酷いことをした。だから、絶対に許さな──
「あ。 しーちゃん!」
「へ」
突然現れ、旧知の仲のように声をかけてきたのは茶長髪の眼鏡の女性。彼女は背が高く、モデルのようにスラッとした体型をしていて、すごく綺麗な人だと思った。もちろん、私の知り合いにそんな人はいない。
「あの、人ちが」
「いやぁ、良かったよ。 しーちゃんに会えて。 さっきまでね、連れと一緒だったんだけど。 『お前といるとめんどうだ』って、どこかに行っちゃってね。 ちょうど困ってたんだ」
「で、ですから」
「今は時間があるのかい? せっかくの催しだし、一緒に回ろうじゃないか。 あ、そうだ。 その前に。 じゃーん! 今日はお土産を持ってきたんだ。 はい、前にしーちゃんが食べてみたいって言ってた──」
だ、ダメだ……この人、全然話を聞いてくれないし、止まらない……。
しーちゃんって、多分お姉ちゃんと私を間違えてるんだと思うけど。
「なぁー、茜ー!」
後方から聞こえるあの女の声。
最悪だ。まさに前門の虎、後門の狼。
*
「いやぁ、楽しみだね。 あーちゃん」
「そうですね」
体育館のパイプ椅子に座った瞬間、つい『はぁ……』とため息をこぼしてしまった。
結局あの後、三人で行動することになり、お姉ちゃん達のライブが始まる時間まで彼女に──織音さんに振り回され、すごく疲れた。彼女は自分の興味を引くものがあればすぐ突っ走っていくし、面白いからと色々やらされたし……お連れの人の気持ちがよく分かった……。
「そういえば、良かったんですか? お連れの人と一緒じゃなくて」
「あぁ、大丈夫だよ。 彼は恥ずかしがり屋だからね」
「はぁ?」
まぁ、私としては織音さんがあの女との間に座ってくれて助かっているし。大丈夫なら。
「ほら、始まるみたいだよ」
舞台へ視線を移すと、そこには──結々さん、お姉ちゃん、菊花さん、美采さんの四人が並んでいた。
今から皆さんがあの曲を。
「
「ッ‼︎⁉︎」
「良い曲名だね。 そう思わない?」
「で、です」
ドキドキする。
いつか自分の作った曲を誰かが気に入って、歌にして歌ってくれたらいいな。
そんな贅沢な夢を見ていた。
現実を見て。絶対に実現するはずがない。
曲を作り、こっそりネットにアップする度に何度もそう思ってきたし、諦めていた。
でも、あの時。結々さんの歌詞を見て、内側から胸をくすぐられるような不思議な気持ちになって。しまっていたあの曲を使ってほしいと思った。そして、気づけばお姉ちゃんにお願いしていた。
結々さんとお姉ちゃんが褒めてくれたメロディ。
それを使って、この曲を完成させた時──
『あの、結々さん。 さっきの。 してほしいこと、というか……お願いが、あります』
『何かな?』
『曲名。 良ければ。 良ければでいいので……私に決めさせて、ほしい……です……』
まさか、叶うなんて思ってもみなくて。
「……あ……」
結々さん達の歌を聴いて、
いいなぁ。
私も結々さん達と一緒に。
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