Chapter 1.
『エントリーNo.5
アイドルにならなくたって、
誰でもメイクをして綺麗になれる。
誰でもドレスを着て可愛くなれる。
誰でも世界中に歌声を響かせれる。その気になれば、どこでだって踊れる。
でも、あの輝くステージの上に立たないと【ただの自己満足】でしかない。
*
──ピピピッ、ピピピッ、ピピ。
「……ん、んぅ〜っ……」
もう五時か。
スマホのアラームを止めて、ダンゴムシのように身体を丸める。
しばらくの間、その体勢を続けてから。
「んー…………んっ‼︎」
ピンッ、と身体を伸ばし、愛しい布団くんとさよならして洗面所へ向かう!
「よしっ」
別に、こんな朝早くから誰かに会う訳じゃないけど。いかなる時でも身だしなみは大切。顔を洗い、歯を磨き、ややくせっ毛のある髪を整える等、最低限の身支度を済ませたら、お気に入りのトレーニングウェアに着替え──さぁ、今日も元気よく日課のトレーニングへ!
「うぅ、さぶ」
真冬の運動公園はとても冷える。
いくら下にレギンスを穿いてるとはいえ、半袖半ズボンはやり過ぎたかな。昨日はこれくらい走って身体を温めれば問題ないと思ったけれど。やっぱり、パーカーくらい羽織っても……いや、それは明日の朝に決めよう。
「あ、おはようございます!」
「おはよ、
「はい!」
こんな朝早くでも私と同じようにランニングをしているおねえさんや犬の散歩をしているおばあちゃんがいる。だから、すれ違う人みんなに元気よく挨拶!
それもまた私にとっては大事なトレーニングだから。
「あぁ、生き返る〜」
お風呂上がりの身体に染み渡る豆乳。
ランニング、筋トレ、練習動画を見ながらのダンスレッスンと柔軟。朝のトレーニング、全てを終えてからのシャワーは格別! そして、この瞬間は最高オブ最高で気分は天国!
でも、
「……はぁ」
その後に待っているのは──。
自室に戻り、引き出しから封筒を取り出す。
それは昨日届いたもの。
「よろしくお願いします」
合掌をしてから封を切る。
バクバクの心臓。手の震えが止まらない。
たった一枚の紙切れがこんなにも怖いなんて。出来ることなら、このまま中を見ずに捨てたいとさえ……でも、そんな訳にはいかず、ちゃんと結果を見る。
「……ぁ……」
──小学生の頃。幼馴染の
可愛い服を着て、色んな色の光に照らされたステージの上でライブをする二人の女の子に。並んで歌い、星のように輝く彼女に。
その堂々とした姿はかっこよくて。その歌声は私の心を震わせて。その光景は、今でもこの
あの日から私の夢は始まった。
彼女達と同じアイドルになってあのステージに立ち、同じように歌声を響かせ・踊って、みんなを笑顔にすると。
けど、ダメだった。
全く結果が出せなかった訳じゃない。誰にも諦めろとは言われていない。寧ろ、今でも応援してくれている。
でも、次でダメならきっぱり諦めると決めていた。
だから、私の夢は今日でおしまい。
残念ながら私には誰かに目をつけてもらえるすごい才能も、選ばれる運もなかった。
「……これも、もう……」
私にとって大切なものだけど。
夢を諦める。その決意が揺るがないようダンボールの中にしまい、本棚から押し入れへ。
さようなら。
*
──風が吹き、桜が舞い踊る季節。
「いってきまーす!」
玄関を出た瞬間、世界が書き変えられていく。そんな気がした。
小動物が身を寄せ合うみたいに集まっている家・マンション。その合間を縫うように並ぶ電柱も、気持ち良さそうに猫が眠っている路地裏も、公園の古びた掲示板も、自販機も、坂道も。見知った道を歩いているはずのに、いつもとは違う。みんなみんな、新しく見える──。
待ち合わせ場所のコンビニ前に着くと、見慣れた
「おっはよー‼︎」
「ん、おはよ」
新米JK改め幼馴染の
「やっぱ、
「ん、そだね」
高校の入学式当日だというのに菊花の気分はサゲサゲのサゲ。私とは対照的で活力ゼロの無愛想な顔をしていた。
こんなにも、めでたい日だろうとブレないのは流石だけど。幼馴染として見過ごせない! ここは、ウキウキ新入生トークをして気分アゲてかないと!
「ねぇねぇ、菊花はさ。 部活何入るの?」
「何、急に。 というか、どうして入る前提なの」
「だって、春は始まりの季節! そう、新しい自分の始まり! そして、高校生といえば部活! つまり、やるっきゃないよ! 部活動!」
「……新しい自分、ねぇ」
「で、何入るの?」
「演劇部とかいいかもね」
「え、意外。 菊花って演劇に興味あったんだ」
「別にない。 ただ入るなら自分のスキルを無駄にしないやつがいいだけ」
「わぁ、リアリストさんだ」
「うっさい。 結々は?」
「私? 私は…………私も演劇部、入ろうかな」
「じゃあ、やめとく」
「え、なんでっ⁉︎」
「幼馴染で仲良く入部なんて嫌。 それなら素直に手芸部に入る」
「えぇー、そこは仲良く入部するとこでしょうよ」
「そんなの知らない。 嫌ったら嫌」
「というか、本当に入りたいのは手芸部なんだ」
しばらくの沈黙の後、菊花は冷めた眼で『ホント、バカ。 違うから』と言い放ち、点滅し始めた信号で置いてけぼりを食らった。それくらいの塩対応は今に始まった訳じゃないけど。今日のは何かトゲのある感じがした。
それが気のせいだと、いいんだけど──。
「ふわぁ、すごいっ」
これまで数多くの生徒を暖かく迎え入れてきた。そんな印象を受ける年季の入った門。その先に見える木造の校舎まで続く桜のアーチ。
ここから、私立
「写真! 写真撮ろっ!」
「わざわざいいよ。 そんなの撮らなくても」
「すみませーん! 写真撮ってもらえませんかー?」
「って、聞いてないし。 もう」
近くを歩いていた同じ新入生の子に頼み、正門での記念撮影! 菊花と仲良く並んでパシャリ! 記念すべき初JK写真!
しかし、こんな時でも菊花はムスッとしていた。
「やばいね。 この写真、マジやばいね……」
「だから、撮らなくていいって言ったのに」
「これがJKブランドだよっ!」
「は? 何が?」
「えっ、分かんないの⁇ この写真から放たれてるJKオーラが⁇」
「いや、制服なだけで他はいつもと変わらないけど」
「ほらほら、私のこの顔を見て! これから青春が始まるって顔してる!」
「そうは見えないけど」
「ねぇ、これからはさ。 JKらしく帰りにカフェ寄ったり、お洒落な雑貨屋で買い物したり、カラオケやゲームセンターにも行ったり。 楽しいこと、いっぱいしようよ」
「……まぁ、結々がしたいなら。 付き合うけど」
「うん。 ありがと」
『おはようございマスッ‼︎』
突然、後方から大きな挨拶が聞こえた。それがあまりにも大きかったので何事かと思い目をやると、声の主は──銀髪碧眼の可愛い女生徒だった。
その顔はとても元気に溢れていて、最早太陽のように光を放っているのではないかと錯覚するくらい眩しかった。ああいう髪型は、ゆるふわショートボブって言うのかな。ともかく彼女のくりっとした瞳にとてもマッチしていて、すっごく可愛い。
あんな可愛い子なら簡単にスカウトされてアイドルになれるんだろうなぁ、なんて思ってしまった。
『おはようございマスッ‼︎』
『えっ、あ、おはよう』
どうやら彼女は面識など関係なく、目についた生徒全員に挨拶をしているみたいだ。見た目からして明らかに外国人だろうし、コミュニケーション能力がすごいのかもしれない。
と、他人事みたいに眺めていたら私にも順番が回ってきた。
「おはようございマスッ‼︎」
「うんっ、おはようございますっ‼︎」
「いや、張り合わなくていいから」
「あだっ」
隣の菊花からの無慈悲なチョップ。ただ元気よく挨拶を返しただけなのにツッコむなんて酷い……と、目で訴えかけるもプイッとそっぽを向かれた。
「とても
「こちらこそ、朝から気持ちのいい挨拶ありがとね」
「いえいえ。 それでは、私はこれで!──おはようございマスッ‼︎」
ゆるふわ可愛い銀髪JKちゃんは丁寧なお辞儀をすると、他の生徒のところへ行き、また大きな声で挨拶をした。
「なんか変わった子だね」
「結々には言われたくないと思う」
「へ?──」
あっという間に入学式も終わり、自分の教室。1-Aへ。
一クラスおよそ三十名程。残念ながら菊花とは別々のクラスになってしまったので、新学期は誰も知人がいない状態からスタート──かと思いきや、先程のゆるふわ可愛い銀髪JKちゃんを発見。彼女も私と同じで一人だった。
今朝の感じからして話しかけやすい子だったし、善は急げ! と、声をかけたところ。
「アァッ、今朝の挨拶の人!」
めちゃくちゃ驚かれた。
というか、そのセリフは私のだけど。まぁ、いっか。
「私、宇佐美結々。 よろしくね」
「私の名前は
握手を交わし、彼女の隣に座っていいか尋ねると快くオッケーしてくれた。
それから担任の先生が来るまでの間、彼女とお喋り。どうやら彼女の父はイギリス人、母はアメリカ人のハーフで日本生まれ日本育ち。一応、英語は聞く分には問題ないけど。話すのは苦手らしい。
因みに、日本語がおかしいかもしれないのは気にしないでほしいとのこと。まぁ、親の影響とか色々あるんだと思う。
「どうかシましたカ? 私の顔に何かついてマス?」
「ううん、何でもないよ」
直接話して分かった。
容姿の先入観で私と彼女は違うと思ってしまっていたけれど。そんな事はなくて私と変わらない普通の女の子だ。きっと、彼女とならJKらしく楽しい青春を謳歌出来る──。
「各自、席に着いてください」
七三分けにメガネと、すごく真面目そうな雰囲気の担任の先生がやってきてHRが始まった。
ここからの流れは今までの学生生活と変わらず、明日の連絡事項と自己紹介。前者はさておき、後者は先生含めみんな手慣れたと言わんばかりに無難な内容で済ませ、私もそうした。クラスでの自己紹介なんてそういうものだと思っていた。
でも、雫ちゃんは。
「私は、アイドルが
熱く激しく、堂々と【自分の好きなもの】を語っていた。
それは先生がつい苦笑いしてしまう程、眩しくて。
✳︎
「まさか雫ちゃんもアイドルが好きだとは思わなかったよ」
HR終了後。早速、先程の件で話題を振ると。
「私も好きなんだ、アイドル。 私達、気が合い」
「同志ィィーッ‼︎」
「そ。 えっ、えぇ⁉︎⁉︎」
いきなりハグっ⁉︎⁉︎
む、向こうの文化じゃこれくらいのスキンシップは当たり前って聞いたことあるけど。日本育ちでも、そうなんだ。
あぁ。なんか同性でも、こういうことされると……妙な恥ずかしさが……。
「え、えーと」
「ハッ‼︎ スミマセン。 うっかり大事な確認を忘れてましたネ」
大事な確認? それが何の事か分からないけれど、彼女はとても真剣な顔をしている。きっとものすごく大事なことに違いない。
「
ただ名前を呼ばれただけなのに、ひやりとした。
さらに、しばらく間を置いて彼女の口から放たれたのは──
「お好きなのは
「え? 女性、です」
「
一度あることは二度ある! またもやハグっ!
しかも、さっき以上に喜びの感情が大きいのか……頬擦りまで……。しかも、スベスベきもちぃ……お、恐るべし異文化交流ぅぅぅっ‼︎‼︎
「あ、あの、雫ちゃん。 そろそろ」
「そうと分かれば、いざ参りマショー!」
「え、参るってどこに。 ちょっ、ま、雫ちゃ──」
そのままご機嫌な雫ちゃんに手を引かれやってきたのは、この辺りでは一番品揃えのいいアイドルショップ。彼女曰く、同志とともに行くのが夢だったそうだ。新学期早々それが叶って嬉しいって言われたけど。
「
「実は、そういうのあんまり意識したことなくて。 よく聴いてたのは『
「オォッ、つまり
私とは明らかに熱量が違う。店に入ってからずっと瞳はキラキラしてるし、年代問わずどのアイドルにも詳しいし。自分がニワカに思えてきて、ちょっと心苦しくなってきたり。
まぁ、ある意味ニワカで正しいんだけど。
「あ……スミマセン、つい喋り過ぎてシまいました。
「ううん、そんなことないよ。 雫ちゃんって本当にアイドル好きなんだね」
にっこり笑顔を向ける。
いけない。せっかく友達と遊びに来たんだから楽しまなきゃ。余計なこと考えて不安にさせるなんてダメ。
それに、これから私のアイドル好きは雫ちゃんと同じ。そっち側に、
「……あ……」
その時、とあるアイドルの特設コーナーがあることに気づいてしまった。
「
今SNSで最も話題になっている新進気鋭のスーパーアイドル──
なんて記事が書かれる程の実力者。その躍進ぶりはすごくて、既にライブツアーの準備を始めているなんて噂もあるくらい。つい最近デビューしたばかりだなんて本当に信じられない。
「やはり、結々さんもチェックしてましたカ」
「うん。 よく知ってるよ」
私にとって最後のオーディションに彼女も参加していたからよく覚えている。あの自分が負けることを全く想像していない顔と迷いのない【自己表現】。本当に、すごかった。
もし運良く二次審査を通過していたとしても、最終審査では確実に落ちて彼女の前で無様に大泣きしていたに違いない。あのオーディションは特別で最終審査はネットで配信されることになっていた。そんな大舞台で恥をかかずに済んだから、まだラッキーだったのかも。なんて。
「これ、買おうかな」
神姫命のMV付きデビューシングル。もうアイドルを目指すことはないけれど。やっぱり、彼女のことをちゃんと知っておきたい。でないと──。
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