Chapter 3.&side.心珠 part.1

 フェス当日。楽屋で大きなため息をつくと、雫に『まだ気にしてるのデスカ』とやや呆れ気味に言われた。

「だって、個室だよ。 私みたいな素人が……」

「カッキーは選ばれた演者にプロも素人も関係ないとおっしゃっていたではありマセンカ」

「そうだけども」

 例え、柿崎さんが気にするなと言っても。言ってもぉ……!

「あっ。 始まりマスヨっ!」

 そんな私の複雑な気持ちを他所に備え付けのモニターの前でペンライトを構える雫。どうしてペンライトを持ってきていたのかはさておき。本来ならステージの様子を確認する用のモニターなんだけど、雫は神姫命のライブを楽しもうとしていた。

 今回のフェスの前半は神姫命のライブ、後半から私達の出番になっている。だから、別に前半のライブを楽しんでいても問題ないとは思うけど。もし他の参加者達にその姿を見られたらハメを外し過ぎと怒られていたかもしれない。

 そういう意味では個室で良かったような気がする。

「ハイッ! ハイッ! オォーッ!」

 楽しく、元気よくペンライトを振り回す姿につい微笑んでしまう。雫がこんなにもリラックスしているのは、今の私達には不安なんて何一つないからなんだよね。

 なら、私も──雫が貸してくれたペンライトを握りしめ、

「ほら、結々ゆゆも!」

「うん!」

 一緒に振る。

 もう衣装に着替えているせいか。何だかおかしくって、いつもとは違う楽しさがあった。



 * * *



 ・side.心珠 part.1


 雫と結々が参加するフェス。それ自体はカッキープロデュースで話題になっていたし、割と近場でやるからちょっと行ってみたいな、とは思っていた。

 でも、アタシは今までライブに参加したことがないし、そういう大勢の人が集まる場所に一人で行くのには抵抗があった。だから、学校の友達と予定が合えば行こうぐらいの気持ちだった。けど、二人が参加すると知り、絶対に行くと決めた。その為に死にものぐるいでチケットも取った。

 だがしかし、いざクラスメイトを誘ってみたら、みんな予定があって……。諦めて一人で行こうかとも考えたけど、やっぱり嫌で……。

 最終手段! と、結々に頼ったところ一人心当たりがあるって言ったから。言ったから。

「あのさ、須藤」

「何?」

「そろそろ始まるな」

「うん」

「その、楽しみだな」

「そうだね」

「アタシ、ライブって初めてなんだけどさ。 意外と広いよな。 ここのホール」

「うん」

「てっきり体育館くらいかと思ってたんだけど。 予想の二、三倍くらいあってちょっと驚いたなぁ」

「そう」

「ひ、人も結構いるよな!」

「うん。 いるね」

「あー、早くライブ始まんないかなぁ」

「そうだね」

「…………」

「…………」

「くっ」

 完全に油断してた……。結々アイツの幼馴染みだから、てっきり明るいやつなんだとばかり……。

 ぜっんぜん真逆じゃんっ! めっちゃ無愛想じゃんっ! なんなのその返し! 会話続かないんだけどっ!

 や、ダメだ。ダメだ。アタシが無理言って一緒に参加してもらってるんだもんな。心の中でもそんなこと言ったら悪いよな。

 気持ちを切り替えて。

 きっとライブさえ始まったら──


『オォーッ‼︎‼︎』


 会場内がなんか光ってる棒、ライブレードってやつだったかな。とりあえず、キラキラした光がそこら中で回り、熱狂で包まれる中。

「…………」

「…………」

 アタシ達のとこだけ、しんと静まり返っていた。

 もちろんそれは須藤が原因だ。ライブが始まればなんだかんだ盛り上がって、この空気も何とかなると思ってたけど。まさかライブが始まった途端、腕を組んで目を閉じるとは思わなかった。

 それは結々達の出番まで興味がないからなのか。真剣に聴き入ってるからなのか。

 分からない。分からないけれど、気まずい。ただただ気まずい。

「キャーッ‼︎ ミコ姫ーッ‼︎」

 いいなぁ、横の人。アタシもそんな風にはっちゃけて叫びたかったな。

 右隣からの圧さえなければ。

「……本当に……」

 いいのか? このままでライブを楽しめたって言えるのか? 来て良かったって思えるのか? アタシの人生初ライブ、これでいいのか?

 いや、いい訳ないだろ! ミコ姫の曲を何度も聴いて! 初めてのライブだからって色々調べて準備してきただろ!

 だったら、

「あのさ」

「何?」

「……楽しんでる?」

「それなりには」

「そっか。 なら、良かった」

 あぁ、もう……アタシのへたれぇ……っ‼︎



 ──結局、ミコ姫のライブで盛り上がることは出来ず、その時を迎えた。



「うぐぅ……」

 ほんの数分前までミコ姫がパフォーマンスをしていたステージ。これからそこに雫と結々が立つ。そう思うと手汗が止まらなくて、今にも心臓が壊れてしまいそうだった。

 あー、めちゃくちゃ緊張してるな。アタシ。

 別にアタシは客席から二人のパフォーマンスを見届けるだけで何かする訳じゃないんだけど。

「…………」

 隣の須藤にチラッと目をやると、相変わらずの無言で緊張なんて少しも感じられない。平気そうな顔をしていた。でも、舞台を見つめるは真剣で。アタシとそんなに変わらないんだと思った。


『みんなー! お待たせー!』


 会場内にあざとさ全開の声が響いた。

 それとともにステージ上の大型モニターに映し出されたのは、ようやく見慣れてきた3Dゴスロリ少女── バーチャルアイドル、衣兎いととるて。

 彼女はMCらしくマイクを片手にこれから始まる競演イベントの流れ、投票方法は特設サイトを使用、集計は会場と配信で分ける等、割と丁寧に説明してくれた。そして、今の今まで秘密にされていたパフォーマンスの順番を発表した。


『一番手は、あの命ちゃんも認めてるっ‼︎⁉︎ 話題沸騰中! 嵐を呼ぶビッグウェーブっ‼︎ 白陽女子アイドル同好会っ!──』


 思わず息を呑んだ。

 まさかいきなりアイツらの出番だなんて。

 だ、大丈夫なのか。一番最初ってかなりのプレッシャーなんじゃ。しかも、さっきまでミコ姫のパフォーマンスを見てたから比べられるし。

 それに、今から歌うのは。

「大丈夫」

「ッ⁉︎ な、何だよ。 いきなり」

「あの二人なら大丈夫だよ」

「うぐ。 分かってるよ。 別に」

 信じてない訳じゃない。

 アンタに言われなくたって、アタシも。

「てか、急に話しかけてくるなよ。 ビックリして心臓止まるかと思った」

「…………」

「無視すんなよっ!」

「始まる」

「くっ。 あーもう」

 コイツとはぜってぇ仲良くなれねぇ!

「ん?」

 須藤からステージに目をやった次の瞬間。突然ライトが消えた。

 しばらくして再びライトが点くと、ステージの上には雫と結々の姿があった。

 白のドレスを着て、背中合わせで立つ二人。それは花のつぼみのように見えて、つい笑ってしまった。『なかなかオシャレじゃん』って。

 しばらくして、結々の歌い出しとともに曲が── 『Shooting sonic.』が流れる。そして、観客の視線を誘導するかのように結々はゆっくり天井を指さした。それに続いて雫も歌声を響かせ、同じように天井を指さした、その瞬間。目を疑った。


 あそこにいるのは、『雫』と『結々』なんだよな? アタシじゃ上手く言葉に出来ないけど。いつもと違うどころか、何かこう。全然知らない別人に見えた──


 普段アニソンを聴かないから『Shooting sonic.』のことは全然知らなかった。そもそも高学年になる頃にはアニメを見なくなっていたから知る機会自体なかった。

 別に誰かが言い出したとかじゃなくて、何となくもう卒業。あれは子どもの見るものだと決めつけた。周りの子もそうだったから、それが普通だと思っていた。

 事前に調べなかったのは前情報無しで聴きたかったのもあるけど。一番の理由は、そういう経緯でアニソンも下に見ていたから。

 けど、実際に聴いてみて、

「おぉっ」

 目が覚めたような気持ちになった。

 ひとりじゃないから、諦めずに憧れの星を追い続けれる。大切な仲間だから喜びも悲しみもぶつけ、向き合う──絆の物語。そういうポジティブな歌詞がいい。それを彩るメロディは優しく、夜空に広がる星々のイメージに包まれていく。

 トクン、と。何だろう、この感覚。

 まるで胸の底から湧き上がってくる熱を糧に自分の中で何かが育っていくみたいな。

 アタシの知らない世界にこんなにも良いものがあったのか。今まですっげぇ勿体ないことしてたような気になってきた。


 会場内に響くのは二人の歌声だけ。

 まるで鏡に映っているのかと思う程息ぴったりで踊る二人はとても綺麗で。

 華やかな笑顔。時折見せる真剣な顔、強く熱い眼差しが目に焼きついて。

 親指と人さし指をピンと伸ばした結々ゆゆの右手と雫の左手。それを重ねて描く星は本物のように煌めいていて──。


 みんながみんな二人のパフォーマンスに心を奪われてる訳じゃない。中にはあくびをしたり、スマホをいじってる人もいる。

 だけど、アタシは今日ここに来て。あんなにも楽しそうな二人を見れて良かったって心の底から思う。

「ちぇ。 だよ」

 歌詞を再現して重なる手と手。その光景を見ていると少し妬けるのに、そんなことは些細だと思えるくらいアタシも楽しい気持ちでいっぱいになって。

 あー、ヤバい。ほんとヤバいな。

 泣く。これ、絶対泣くやつだ。あぁ、もう。

「…………」

「あ、おい」

 本当に突然。まだ二人がパフォーマンスをしているにも関わらず須藤は立ち上がり、そのまま外へ出ていった。

「急に。 あぁ、もう!」



 ──アタシはアーカイブで満足出来る。満足出来る。満足出来る。



「アイツ。 どこに」

 廊下に出て辺りを見回すも須藤の姿はない。とりあえず、エントランスホールの方に向かうとトイレに入っていく須藤を目にした。

だよ。 トイレならトイレって。 ……ったく」

 さっきの須藤の横顔。変わらず平気そうな顔だったのに、何となく嫌な予感がした。

 だから、放っておけなくて。

「っ⁉︎」

 トイレに踏み入った瞬間、足が止まった。

 唯一閉ざされた奥の個室。そこで誰かが泣いている。

 それはついさっきアタシが流しそうになった涙とは違う。アタシは、その涙をよく知っている。

 だって、アタシもアンタみたいに友達を想って悔し涙を流したことがあるから──

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