side.雫&side.心珠 part.2

 ・Side.雫



「いよいよデスネ」

 本番直前の舞台袖。

 結々ゆゆの横顔は、

「うん」

 いつも以上に煌めいている。

 これから立つステージを見据える彼女の瞳には迷いも恐れもない。

 あるのは、

「ねぇ、雫。 全力で楽しもうね!」

「デス!」

 今日も結々ゆゆの笑顔は素敵で──




『お姉ちゃん。 またその話』


 あかねが呆れる程口にした言葉。

 結々ゆゆの笑顔は前へ進む力を、勇気をくれる。そして、想像もしなかった未来へ導いてくれると。


『そ、良かったね。 素敵な推しがいて』




 ──暗闇から一転、結々ゆゆと背中合わせでステージへ。


 胸の高鳴り。ピッタリとくっついた背中越しに感じる体温。を瞑り、心の中で呟く。ともに立つ盟友ともだちの名前を。

 すみません。ほんの少し怖いデス。

 さっきまで何の不安もなかったのにいざステージへ立つと、何かミスをしてしまうかもしれない。どんなに頑張っても、誰も見てくれないかもしれない。それどころか拒絶されるかもしれない。そんな嫌なイメージで頭がいっぱいに。

「ッ‼︎ ……んぅ……!」

 その時。不安を察して、それを拭い去るように結々ゆゆの左手の指先が私の右手に触れ──そのまま手を握ってくれた。

 嬉しい。

 だって、それは私たちが憧れる少女たちのように言葉にせずとも気持ちが通じ合っているみたいだったから。


 もう何も怖くない。ひとりじゃないから、なんて。


 結々ゆゆの力強い歌声が響き、ついに始まる。

 私たちのライブが──



 *



 私の中にもあるはずの『なりたいアイドル』。

 それが何なのか。結々ゆゆが私を信じて夢を、『なりたいアイドル』を話してくれた日からずっと探していました。



 再び結々ゆゆとの練習を再開して、近くでその笑顔を見て、情熱を感じて。

 大好きなアイドルたち・ミコト様の動画、私の人生を変えてくれたあのアイドルアニメを見返して。

 何度も、何度も自分の心に問いかけて、私にとってアイドルは夢や希望、感動。勇気をくれる存在だと改めて思いました。


 より良いパフォーマンスの為ならば努力を惜しまず、どんなにつらい練習でも投げ出さない。弱音を吐いて立ち止まるコトがあっても、自分を支えてくれる人たち・仲間の想いに応え、成長し、必ず前へ進む。そして、ステージに立つとまばゆい笑顔で『最高の姿』を魅せて、皆の【大好き】とともに光に満ちた一時ひとときを描く。


 リアル、フィクションを問わず、素晴スバラシイアイドルたち。そのまばゆい輝きに憧れ、ときめいて。



 いつかあんな風になりたい。



 変わりたい。変えてほしいと願っていた私に、この胸に小さな光を灯してくれたアニメの中の異国の少女。私はその少女とおなじように唯一無二の親友と出会いたいと願い、自分を変える為の一歩を踏み出し、それを叶えました。


 だから、めでたし、めでたし。で、おしまいなのデスカ?


 結々ゆゆにアイドル部の存在を伝えたのも。あの笑顔を失いたくなくて寄り添ったのも。隣にいれる存在になりたくて頑張ったのも全部。全部、繋がっているのでは。

 アニメの中の異国の少女に憧れ始めた日から。勇気と自信がなくても、あの少女たちのようなアイドルになりたい。そこから見える景色をこので見たい。と、胸に秘めていたのではないデスカ。

 だったら、



 私の『なりたいアイドル』。それは一人では成し得ない。彼女と二人で掴みたい未来。



 初めてのカラオケで一緒に歌った時。

 ちゃんと歌えるか不安で、見えない何かに怯えて、どんどん喉が苦しくなっていた。そんな私を彼女は優しい歌声で包み、歌うコトは【楽しい】と教えてくれた。

 そして、彼女の溢れんばかりのアイドル愛はじんわりと私の胸を暖めて。もっと知りたいと思いました。


 彼女を家に呼んで、ライブBD鑑賞会。

 本当は一度もペンライトを振ったコトはなくて、あの時が初めて。誰かと一緒に見るのも、あんなにはしゃいで見るのも初めて。

 でも、一緒になって楽しんで。見終わった後に語り合ってくれた。

 自分とおなじ【大好き】を持つ彼女といるとどんどん胸が熱くなって。少しずつ、少しずつ【言葉に出来ないキモチ】が大きくなっていって。


 夜の公園で彼女と『Shooting sonic.』を歌って、鮮明にイメージしました。

 色んな色の光で照らされた私たちだけの世界で。あの満天の星の下、桜が舞うステージで歌う姿を。

 もっと。

 見ているだけで幸せにしてくれる笑顔も。心に沁み渡る素晴スバラシイ歌声も。この胸が爆発しそうになる程ときめくダンスも。

 もっと、もっと。

 彼女の耀きをもっと見ていたい。



 眩しいね。



 彼女は私にとって太陽のよう。

 その光で私の胸を焦がして、その熱さで私の心を焼き尽くす。

 そんな貴方だから私の真っ白な憧れ、【アイドルへの想い】は明るく色づきました。

 だから、彼女──結々ゆゆがいい。

 この道を一緒に歩んでいきたい。楽しいコトも、苦しいコト、嬉しいコトも、悲しいコトも二人で分かち合いたい。

 そして、いつか朽ち果てる日も、最後おわりの瞬間も。



 結々ゆゆ。私も貴方が【大好き】です。



 ようやく見つけた答え。しかし、それは答えと呼べる代物ではないかもしれマセン。でも、私は【このキモチ】を大切にしたい。いえ、誰に何と言われようと大切にすると誓いマス。


 私はなりたい。


 すぐ側で結々ゆゆを支える【一番のファン】に、隣で【おなじ夢を見るアイドル】に。



 *



 ──楽しい。


 息が苦しくて、今にも壊れそうな程心臓が痛くて。身体中が悲鳴をあげているのに、まだ大丈夫。まだやれる。

 まるで身体を駆け巡る熱が私の殻を突き破り、持てる力の全てを。いえ、それ以上の力を引き出してくれているみたいで。今ならどこへだって飛んでいけそうデス。


 トクン、トクンと。最高デス。


 パフォーマンスの最中、結々ゆゆが合う度にときめきが加速していく。

 向かい合い、力強い眼差しと勝ち気な表情かおを見せる結々ゆゆ。それは歌詞とリンクし、夢を追い続けて叶える。その決意を表現したもの──私たちの些細なこだわりのひとつ。もちろん客席からはほぼ見えなくて、ちゃんと見れるのはきっと私だけ。

 けれど、ひとつ。またひとつ、とペンライトの明かりが灯っていく。


 嬉しい。


 私たちの歌が、ダンスが、想いが届き、結ぶ。私たちとおなじ"大好き"を持つ人を。

 残念ながら今の私たちでは、まだここにいる全ての人に想いを届けられない。まだまだ未熟デス。でも、例えそうだったとしても、この景色、この時間が素晴スバラシイコトには変わりありマセン。


 だから。まだ、もっと。


 終わらせたくない。

 結々ゆゆの言っていた"きらきら"。

 もっと、もっと。こので。

 まだ終わらないでクダサイ。

 もっと。この瞬間を結々ゆゆと、一緒に。


「……ァ……‼︎」


 突然左足に痛みが走り、足元から崩れていく。結々ゆゆが遠のいていく。

 なんでデスカ。こんなにも楽しくて、まだ終わりたくないのに。どうして、こんなにも大切な時に足を捻って、おしまいに。些細な不注意で全てを台無しに。

 嫌デス。まだ私は結々ゆゆと。でも、私にはどうするコトも出来なくて。

 ごめんなさい、ゆ──


「──ッ‼︎‼︎」


 そんな絶望的な状況だったのに。

 結々ゆゆは諦めないで、ガシッと私の右手を掴み──そのまま素早く抱き寄せ、腰に手を回して、にっこりと微笑んだ。

 そして、私の痛めた左足に負担をかけないよう、その体勢のままクルクルと旋回するようなダンスを続けてくれました。


 それはオリジナルを無視したダンスだとか、プロから言わせればそれらしい動きをしているだけだとか、反感を買ってもおかしくないデス。

 それでも、私との時間を選んで。


 結々ゆゆの声にしていない。出来るはずがない『言葉』。

 でも、ちゃんと聞こえました。


 そうデスネ。

 まだ終わらない。終われない。終わりにしたくないデス。

 私も──






『いこう。 雫』 『ハイデス! 結々ゆゆ






 結々ゆゆに支えてもらいながらの僅かなシンデレラタイムも、いよいよおしまい。

 ラストパフォーマンス。クルリと一回転しながら、私を横に抱きかかえたのはきっと──



 "星とその軌跡を表現するため"



 * * *



 ・side.心珠 part.2



「はぁ」

 後を追いかけたことがバレないように会場へ戻っている時、ついため息を溢してしまった。

「結々絡み、だよな。 あれ」

 口にしなくても分かってはいたけど。口にしないとどこかふわふわしていて信じられなかった。

 今朝ここに来るまで一緒だった時、二人は普通に友達に見えた。何かを抱えているようには全然見えなかった。

 なのに、なんで。

「……あぁ、もう」

 分っかんねぇ! そもそもアタシに分かる訳がない!

 けど、今はそっとしておくべきなのくらい分かる。だから、見て見ぬふりをするしかない。

「あぁ……アタシ、こういうの苦手なのに。 はぁ」

 重たい。心がめちゃくちゃ重たい。こういう時は何か別のことで気を紛らわして──あ、そうだ。

 ふと今回のフェスはリアルタイム配信でコメントが出来ることを思い出し、スマホを開いてみたら、

「な、何が起きてんだよ。 これ‼︎」

 走り出さずにはいられなかった。

 慌てて会場へ戻ると──もう誰もいないステージに向け、あちこちでオレンジと水色の光が揺れていた。

 その数は観客の半分にも満たない。フッと息をかけたら消えてしまいそうな程、弱々しい光。

 でも、その景色はすごく綺麗で神秘的だった。


 [何だろう 全然期待してなかったし、すごかった訳じゃないんだけど 目が離せなかった] [あぁ あの時のりゅーちゃんもこの二人みたいに必死に頑張ってたの思い出して涙腺が……] [未熟だけど、いや未熟だからこそのパフォーマンスなのかもね] [他の人みたいな気持ちは分からないけど 見ててすごく気持ち良かった] [さいっこぉ……]


 ついさっき目にしたコメントが頭を過る。

 すげぇな。二人は歌とダンスを通して、この人達を一つに。

 こういうこと、プロじゃなくても出来るんだ。

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