Chapter 4.&extra side.
「うっ、ぐぐっ、うぅ……!」
パフォーマンスを終えて、舞台袖に戻った直後。思い出したかのように体力の限界がやってきて、雫を抱きかかえたままへたり込み、そのまま下ろしてしまった。
「大丈夫デスカ、
「あはは。 かっこつけるなら医務室まで頑張りたかったんだけど。 まだまだ鍛え足りなかったよ」
「もうバカ言わないでクダサイ」
「足。 大丈夫?」
「少し痛みマスガ。
雫はそう言ってニコッと笑ってくれた。
「ほんの少し待ってね。 すぐ歩けるようになると思うから」
「二人とも、お疲れ様」
拍手とともに私達に労いの言葉をかけてくれたのは織音さんだった。
「胸が熱くなる。 本当に素晴らしいパフォーマンスだったよ。 しーちゃんの想い、ゆーちゃんの情熱はちゃんと理解したよ。 だから、そこで聴いててほしい。 私の【歌】を」
織音さんは相変わらずの勢いで話し終えるとステージへと視線を移し、そのまま歩き出した。
何でだろう。彼女の背中を見ていると、今から私達にとても大切なことを伝えてくれる。だから、絶対にここで聴かなくちゃいけないって気持ちになった。
*
医務室で雫の手当てをしてもらい、それから楽屋へ戻った。
ステージの状況を確認するためにモニターをつけてみると、すでにもみじさんのパフォーマンスは終わっていて、最後の演者である
『しろい朝に。 流れてく──』
鈴華さんの声はモニター越しでも美しく、見事な歌唱力を発揮して、心がスッと洗われていくような心地良さに包まれた。
だけど、
「Shion様の【歌】、すごかったデスネ」
「うん」
彼女程の実力者であっても、織音さんには程遠い。
急遽歌う曲を変更し、会場がざわめく中。織音さんは派手な演出も、パフォーマンスもないどころか、文字通りただ歌った。しかも、一切曲が流れない──無伴奏で、中国語の【歌】を。
『んー。 今から歌う曲はね、私の【始まり】なんだ』
幼い頃にたまたまネットで聴いて、それっきり。月日が流れ、いくら調べても何の情報も出てこない不思議な曲。織音さんはその曲が忘れられなくて、中国語を勉強し、朧げな記憶を頼りに完成させた。
『────』
聞き慣れない中国語の歌詞は全然分からなくて、織音さんの表情・立ち振る舞いと歌声から伝わってくる感情が頼り。
希望に満ちた瞳。それは秘密の宝箱を見つけたような嬉しさからくるもの。無邪気な笑顔は世界が色づいて、どんどん広がっていき、貪欲に楽しさを求めていく姿。
そんな楽しさに溢れていた様子から一転し、寂しげな歌声。何かを失い、不安に押し潰されてしまいそうな心。
そんな弱い自分を断ち切るかのようにグッと引き締めた顔。強がりなのか、何かから勇気を得たのかは分からない。けれど、"彼女"には進むべき未来が確かに見えていた。
理想を追い求める"彼女"とともに駆ける暖かく、優しい光。それは先の見えない迷路に迷い込んだ"彼女"の手を引き、出口へ・望む未来へと導く。そして、数々の苦難を乗り越え、様々な想いを受け継いで、辿り着いた景色を華やかに彩った。
"織音さん"じゃない【誰か】の
すごく幸せな気持ちに満たされて、いつか私もこんな風に歌いたい。織音さんに応えれるようになりたいという気持ちが湧き上がってきた。
だけど、生まれたのはそういうポジティブな気持ちだけじゃない。私は初めて織音さんが遠く、届かない──別世界の存在なんだと実感した。
「私たちも、いつかあんな風になれるのデショウカ」
「分からない」
雫の問いに対する答え。それは私の正直な気持ち。
「たくさん練習して、色々勉強して。 楽しいこと、嬉しいことと同じくらいつらいこと、苦しいことを経験しても織音さんみたいにはなれないとしたら。 雫はどうする?」
「てぇーい!」
「ん゛んっ⁉︎⁉︎」
突然の雫からのハグ。それはいつも以上に力強く密着していて、溶け合うみたいに鼓動が重なる。
「伝わってマスカ?」
耳元で囁かれた言葉が妙にくすぐったくて、『うん』と返事をするのが少し遅れてしまった。
「
もう、雫は……。言おうとしていたこと、忘れちゃったな。
「ありがとうございマス」
その気持ちは私も同じ。だから、彼女の背中に手を回し、耳元で囁き返す。
「お互い様だよ」
*
もみじさん、鈴華さん。そして、織音さん。神姫命との対決を巡る競演の参加者が集うステージはまさに精鋭揃い。改めてこの面々と競い、並んで立っているなんて……。それに加えて観客の視線も集まり、プレッシャーが……あまりにも心臓に悪過ぎる……。
さっきから手汗も止まらないし、つい雫が一緒にいてくれたら。と、考えてしまう。
「……だ・い・じょ・ぶ……」
客席から見えないように後ろに手を回し、何度も手のひらの中央を押して、気持ちを落ち着ける。そして、笑顔で送り出してくれた雫の言葉を思い出す。
──ガッツ注入! 任せましたヨ。
ケガをしていなければ、雫もここに立ちたかったよね。
なら、雫の分も笑顔で前を向く。それがアイドルというものデス! って雫がいたら言ってくれたのかな。なんて。
『まずは演者の皆さん、最高のパフォーマンスありがとうございましたー』
ようやく準備が整ったのか。愉快な音楽とともに大型モニターにとるてさんが現れ、ニコニコと手を振った。普段なら可愛いと思うところなんだけど。今はちょっぴり小悪魔に見えてしまう。
何せこの後には。
『それではお待ちかねの結果発表! の、ま・え・に。 宇佐美結々さん、今のお気持ちをどうぞっ!』
「え! あ。 し、心臓が痛い、です。 はい」
『ですよねー。 もうバクバクで破裂しそう! ってとこでしょうかね』
こ、小悪魔だぁ……! このタイミングでいきなり素人をイジってくるなんて……。
もう私には彼女が小悪魔にしか見えない。これから、ずっと。
『えぇ、ほんわか和んだところで重大なお知らせです。 これは私からではなく、ご本人の口から直接どうぞ』
つい先程まで『THE 陽キャ』のようなおちゃらけた雰囲気だったのに、突然とるてさんは声のトーンが落ち、モニターに表示されているアバターも深刻そうな顔になっていた。
ここに来て、素人を騙すドッキリだった……とか言わないよね? と、先程の件もあって疑心暗鬼になっていたその時──隣にいた織音さんが一歩前に出て。
「ごめんね。 実は私参加者じゃなくて、特別審査員だったんだ」
「え。 えぇーっ⁉︎⁉︎」
「やっぱ、そうか」
私と違い、全く動揺しないどころか、織音さんに呆れたような目を向けるもみじさん。それに続いて鈴華さんも『そんな気はしてました』と、腕を組みながら涼しい顔で頷いた。
「お二人とも気づいてたんですかっ?」
「気づいてたっていうか。 ねぇ」
「明らかに一人だけ浮いてましたし」
鈴華さんの言うように、この中での織音さんの存在感は圧倒的かつ実力差も歴然だった。実際、観客の誰もが織音さんの勝利を信じて疑っていなかったと思う。
それにネットではフェス開催前から二羽のウサギとカメの競走にライオンが混じっているようなものと揶揄されていたけども……っ!
「でも、だからって」
「まぁまぁ、こういうサプライズも悪くないでしょ? 一度やってみたかったんだよね。 あっはっはー」
呑気に笑い出す織音さん。
うん。これはあれだね。気にしたらダメなやつだ。
とはいえ、お客さん的にはそれで大丈夫なの? と、不安もあったけど。特に不満を言われることもなく、すんなり受け入れられていた。
『では、話がまとまったところで結果発表です!』
話がまとまったも何もないのはさておき。ついに大型モニターに投票結果が映し出された。
その投票の集計方法は少し変わっていて。単純な獲得投票総数で競うのではなく、現地と配信で分け、各投票によって順位をつけ、それに応じて入る得点で競う。
配点は、一位・三点、二位・二点、三位・一点、四位・零点。
一応、織音さんが抜けたことで四位の零点はなくなっているけど。
『まずは、現地から! 素人ながら素晴らしいパフォーマンスで我々の度肝を抜いた白陽女子アイドル同好会! 残念ながら三位でしたが──』
私達の投票率は二三パーセント。一位のもみじさんは三九パーセント、次いで鈴華さんは三八パーセント。
一般的に見れば、負けてる以上良い結果とは言えない。でも、これだけたくさんの人がいて、その中の二三パーセントもの人に私達の想いが届いたなら。良かった。
『それではドキドキの配信! ななな・なんと! ちょっとした大盤狂わせが──』
次の投票結果は圧倒的な差をつけ鈴華さんが一位。そうなるような気はしていたけど、やはりネットを介すると凄まじい人気だった。
続く二位は順当にもみじさんかと思いきや私達で、ちょっとウルッときてしまった。自分達のパフォーマンスに自信がなかった訳じゃない。だけど、それに結果が伴うかはどうか見てくれた人達次第だから。すごく嬉しい。
しかし、集計結果は鈴華さん五点。もみじさん四点。私達が三点のビリ。
残念ながら神姫命の前に立つことは叶わなかった。聞きたいこと、あったのにな。
でも、全力を尽くし、私達の最高のパフォーマンスをしたから悔いは──。
『これで終わり、か・と・思いきや! まだ! まだです! まだまだ逆転のチャンスはあります!』
ぎゃくてん、ちゃんす?
ま、まさか……クイズ番組恒例のラスト問題正解であり得ない点数が入って大逆転みたいな展開がっ⁉︎⁉︎
『実は、覆面審査員がおりまして。 何と先程と同じように、もう一回得点が入ります!』
あぁ……そういう……。
やっぱり、世の中そう都合よくはいかないよね……。
あれ? でも、それならもし。
『あ、ぬぁっ⁉︎ 何という事でしょう……順位はまさかの一位白陽女子アイドル同好会! 二位は天乃もみじ! 三位は細波鈴華で、三人の得点が並んでしまいましたっ‼︎‼︎』
驚きのあまり少しの間、呼吸を忘れていた。
だって、私が思っていたのはもみじさんと鈴華さんの得点が並んだらどうするんだろって。まさか三人が並ぶなんて思ってもみなかったから。
「いやぁ、良かったよ。 私の出番がなくならなくて」
「え。 織音さん? それってどういう」
「特別審査員っていうのはね──」
織音さん曰く。演者と同じ目線を持ち、最も近くでパフォーマンスを見て、それぞれが抱く想いを感じてきたものだからこそ最後の審査を委ねられる。
それが特別審査員。
織音さんは私達の時と同様に、もみじさん、鈴華さんの元にも訪ね、フェスに懸ける想い、目指す表現、それを成し得る意志があるのか。演者としての誇りを確かめていた。
そして、当日も舞台袖で私達全員のパフォーマンス。その煌めきを見届け、選んだ。
彼女の、神姫命の前へ立つに相応しい人を。
「私が選ぶのは最も可能性を感じた
* * *
・extra side.織音
本当は、あの【歌】を披露する気はなかった。
他の誰にも触れさせたくない。胸の中に大切にしまっておきたい。この【歌】はあの人との絆で、忘れ形見。だから、もう二度と歌わない。
私にとってそれ程大事な【歌】だった。
でも、彼女の──ゆーちゃんのパフォーマンスを見ていると、揺らいだ。
ゆーちゃんはあの人によく似ている。
いつも笑顔で、楽しそうで。周りを幸せにしてくれる。
容姿も似てなくて、歌声も、才能さえも違うのにあの人と同じ。太陽のよう。
真剣な瞳、あのパフォーマンスを見れば、どれだけ努力したのか。どれだけ悩み、苦しんだのかは容易に想像出来る。
きっと、ゆーちゃんもあの人のように楽じゃない道を歩んできたんだろうね。
あの人の影が重なる。それは私の贔屓目かもしれない。
けど、『Shooting sonic.』を歌うゆーちゃんを見て、いいかもしれないと思った。君なら私には出来なかった事が出来るんじゃないかって。
そう思っていた矢先、心が震えた。
アクシデントにも負けず、仲間を想い、ライブを続ける姿。かつて私はそれによく似た場面を見た事があって、その時も今と同じように心が震えていた。
──なるほど、
最後の瞬間。二人の想い・情熱が星のように輝いていて、分かったよ。
君たちの中にもあの輝きが灯っている事に。
暖かい。
春になって雪が解ける。そして、雪解けのあとには花が咲くように私の中で止まっていた時間が少しずつ、少しずつ動き始め──この【歌】を君たちに届けたい気持ちでいっぱいになっていた。きっとあの人がここにいたら、笑顔でそうする方がいいと言っていただろうね。
──もうすでに変わり始めているのかもしれない。
あの人にとって大切な人。
『そこで聴いててほしい。 私の【歌】を』
君たちはまだ未熟だ。でも、君たちが放つ耀きは純粋で、強く、人の心を動かす力を秘めている。
君たちなら一つの未来に拘る
"未来への扉を開く鍵を渡すと"
* * *
神姫命との競演まで少しだけ時間がある。だから、柿崎さんの元へ向かい、
「わざわざ、何の用だ?」
「聞きたいことが、あるんです」
他に誰もいない静かなスタッフ控え室は空気が重く、やや気後れしてしまう。でも、私はどうしても知りたい。
「あの。 覆面審査員って柿崎さんですよね?」
「何故そう思うんだ」
「根拠はないんですけど。 柿崎さんなら自分の
「全く。 だとしたら何だと言うんだ」
「……どうして。 私をこのフェスに招待したんですか? どうして私を選んで」
「勘違いするな」
鋭い眼をした柿崎さんは凄みのある声で『命との取引に応じただけ』、『お前の参加など望んだ事は一度もない』と口にした。
「
「い、いぶ……そこまで……」
「だが、お前は俺の思惑を超え、結果で示した。 だから、評価した。 それだけだ」
どこからどう見ても不機嫌そうに見える柿崎さん。だけど、さっきまでの威圧するような凄みはなくなっていた。
「一応言っておくが、俺も
「……あ……」
その言葉の意味が分かり、つい笑ってしまう。
柿崎さんって、ただ単に不器用な人だったんですね。まぁ、行動のまわりくどさは普通に性格が悪いと思うけど。
「すみません! 別に疑ってた訳ではないんです。 ただ、一言」
「そういうのはいい」
「でも」
「用が済んだのなら、さっさとステージへ行け」
「柿崎さん。 はいっ!──」
*
不思議だ。ステージに向かう足がすごく軽い。
私の初めてのステージは学校の体育館。あの時も今と同じように神姫命のパフォーマンスに応えたい。そう思いながらステージを目指した。
だから、今日もあの時みたいに。ううん、あの時以上に怖くて、不安に押し潰されてもおかしくないと思っていた。
だって、今日は幻じゃない。本当の神姫命と対峙するのだから。
舞台袖に入った瞬間。トクン、と胸が高鳴った。
ダークブロンドの長髪、黒のドレスを見に纏った彼女。背中越しでも伝わってくる勝気なオーラと絶対的な自信。
オーディションに落ちた日からずっと、ずっと応えたいと思っていた彼女が本気の姿で目の前に。
グッと手に力がこもる。
恐る恐る『お久しぶりです』と声をかけると、まるで十年来の友人かのように好意的で穏やかな返事をされた。それはあまりにも予想外の反応で内心驚いていると、彼女は雫のケガの心配までしてくれた。
「しばらく安静にしていれば大丈夫みたいです」
「そう。 良かった」
軽く微笑む神姫命。その表情の優しさに、あの言葉──私がオーディションに落ちたのは彼女のせい、というのは悪い冗談だったんじゃないかって。
でも、
「あの子には悪いけど。 私は貴方にしか興味ないから」
優しい表情の裏側から見せつけるように滲み出す
「そういえば、知りたがってたわね。 貴方が落ちた理由」
「……話してくれるんですか?」
「貴方が私に勝てたら、とかベタでいいんじゃない」
「そういうの。 お好きなんですね」
「だって、その方が貴方もやる気が出るでしょ?」
彼女がニッコリと微笑んだ、その時。
『おーまーたーせーしましたっ! さぁさぁ、泣いても笑っても──』
ステージの大型モニターからとるてさんのはつらつとした声が響き渡り、神姫命はステージへと視線を移した。それに倣って私も同じ方を向く。
「いよいよね。 まぁ、結果は見えてるようなものだけど。 半端なステージにならないよう頑張ってね。 一人でも」
どうしてそんなことを言うんだろう。
私は彼女のことを全然知らないけど。彼女の言葉、この煽りが本当じゃないような。何が何でも私とぶつかりたい。その理由を作るためだけに言っているように聞こえる。
「何、その顔? 今さら怖気付いたの?」
反応がなかったからか。彼女は私の顔を覗き込んできた。
前に織音さんが『今の命にはゾクゾクしない』と言っていた理由が分かった気がする。力強く、完璧に見えていた彼女も"何か"抱えていて、それが彼女自身を縛りつけているんじゃ。
だったら、
「ううん、私は一人じゃない。 この場にはいなくても、私と雫は繋がっている。 だから、一人じゃないです」
彼女の望み通り、真っ向からぶつかる。今の私の全てを懸けて彼女に応える。
きっと、そうすることで織音さんが託してくれた想いにも応えれると思うから。
「……その
突然苦々しい顔になり、何かを呟いた神姫命。彼女が何を言ったのか分からなくて聞き返そうとしたら──鋭い眼、さっきまでとは別人のように怖い顔を向けられて、
「今度こそ分からせてあげる。 私のこの【歌】で」
何か言わなきゃ。そう思っていたのに上手く言葉に出来なくて、結局何も言えなかった。
彼女はそんな私を突き放すように背を向け、そのままステージへと歩き出した。そして、観客の前へ立ち、彼女の登場を祝う歓声が轟く中。とるてさんによって告げられたその【歌】の名は、
『なんと命ちゃんが歌うのは本日初公開の新曲! 【カタストロフ・ピアース】!』
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