Chapter 4.

「先、ありがとね」

「いえいえ。 では、少しの間お待ちクダサイ」

「うん。 いってらっしゃい」

 入れ替わりで雫ちゃんはお風呂へ。その間、私は雫ちゃんの部屋でお留守番をすることに。

 とりあえず、お風呂上がりの柔軟をしようかな。

「ん、んっ、んん──」




「──ふぅ、おしまいっと」

 時刻は、九時二十分。

 あとは、雫ちゃんが戻ってくるまでテキトーにスマホをいじっていれば。

「…………」

 ふとクローゼットに目がいってしまった。

「別に、見るくらい良いよね」

 バカみたい。一体誰に、何の言い訳をしてるんだろ。

 折戸おりどを開き、先程手に取ることの出来なかったアイドルアニメのBDに手を伸ばす。

「雫ちゃんも、好きなんだ」

 あの日、私に夢をくれた大切なアニメ。もちろん、私も持っている。

 頑張ってお小遣いを貯めて買って、何度も見た。その度に胸が熱くなって、身体を動かさずにはいられなかった。

 つらくて挫けそうな時、彼女の姿に何度も何度も勇気をもらった。負けない、夢に向かって進むんだって。

 私にとって彼女は進むべき道を照らしてくれる光だった。

 だから、迷わない。これから先何があっても彼女とともに歩んでいくと思っていた。

「…………」

 なのに、

「それ、見たいデスカ?」

「うひゃぁぁぁっ‼︎‼︎ し、雫ちゃんっ⁉︎⁉︎ い、いつの間に、戻ってきたの」

「今デス」

「そ、そうなんだ……。 あ、そのモコモコパジャマ可愛いねッ! いいなぁ、私も今度そういうの買ってみようかなぁ〜」

「見たいのデスカ?」

「うっ、それは…………すっごく好きだったんだ、このアニメ。 だから、つい──っ!」

 その時。手を握られ、笑顔で。

「では、今すぐ見まショウ!」

「……うん」



 ──断れなかった。最後のオーディションを受けたあの日から見ないようにしていたのに。



 挫折しても、胸に刻まれてる大好き。初めてでも挑戦し、諦めないキモチ。迷いながら、戸惑いながらも夢のステージへ立つと決意。

 画面の向こうの彼女が眩しい。

 今までならその姿に心を動かされていた。

 彼女に憧れ、彼女に恥じない生き方をする。そう自分の心に誓ったはずだった。でも、今の私は……。

 それが申し訳なくて、恥ずかしくて。嫌いになって、しまいそうで。

 だから、見たくなかった。

「……ぁ……」

 でも、嫌いになんかなれなくて。

 涙が溢れるのは悲しいからじゃない。つらいからじゃない。苦しいからじゃない。

 今でも、変わらないから。

 二人の絆が花開く瞬間。その手で輝かしい未来を描き出す。

 色んな色の光に照らされたステージの上、二人は。彼女は──こんな私でも、こんなにも激しく、熱く。この胸を高鳴らせてくれる。

 あぁ、やっぱり。



「大好きなんだ、ここ。 初めて見た時からずっと。 今でも」

「嬉しいデス。 私も結々ユユさんと同じ気持ちデスカラ」

 隣に目をやると雫ちゃんも感動し、涙を流していた。その顔は幼い子どものように無邪気で【好き】が溢れていて、画面の向こうの彼女と同じくらい眩しくて──。

「……あのね、雫ちゃん」

 私もそうありたい。彼女と同じように。

 今なら。ううん、今だからこそ向き合いたい。

 もう嘘の私はおしまい。ここからは本当の私で雫ちゃんと。

「実はね、私。 アイドルを目指してたんだ」



 *



 雫ちゃんと近くの公園へ行き、照明灯の下で。

『わくわくシマス!』

 今にもそんなセリフが聞こえてきそうな程、嬉しそうな顔でペンライトを握る唯一のお客さん。今からここで、私と雫ちゃんだけのステージで歌うんだ。

「始めるね」

 彼女にスマホを手渡し、私のお辞儀を合図に曲が流れる。私にとって特別な曲、夢をくれた『Shooting sonic.』が。

 本来なら二人で歌う曲だけど。一人でもやってみせる。

 そのつもりだったのに。

「っ‼︎」

 前奏が終わった時、歌ってくれた。雫ちゃんも一緒に。

 すごく心強い。あの二人も、こんな風に支えあって前へ──




 あの日、神姫命に本物アイドルとは何か思い知らされた。

 彼女のパフォーマンスは、今までのオーディションで見てきた誰よりもすごかった。けれど、それはあくまで表面的なもの。

 この歌声で。このダンスで。自身の魅力、輝き全てを賭して観客の心を縛りつけ、虜にする。そして、神姫命の存在を魂に刻みつけ、己が力を知らしめる。

 そんな力強い【自己表現】こそ彼女の強み。そして、アイドルを目指す者としての誇りそのもの。

 それは私の知らないアイドルでとても怖かった。でも、胸に火を灯されたみたいに鼓動が早くなって彼女のパフォーマンスに応えたいと思った。

 だけど、私には無理だった。

 彼女に比べれば私のパフォーマンスは、正確だけど心のない機械的な歌声。決められた動きしか出来ないマリオネットのようなダンスとしか思えなくて。

 まるで及ばなかった。

 それは技術だけじゃなくて、心構えも。

 ただアイドルが好き。歌ったり、踊ったりするのが楽しい。今までずっとそれだけでやってきた私は、彼女のように表現したい【自分】を持っていなかった。いや、考えたことすらなかった。


 ──そうか、私。スタートラインにすら立ってなかったんだ。


 自分のパフォーマンスを終えた後、波のように押し寄せてきた。

 なんで? 私は歌うの? 踊るの? 誰の為? 何の為?

 いくら考えても彼女と並べる程の理由はなくて、私は悲しいくらい空っぽだった。

 なのに、どうしてアイドルを目指しているのか?

 アイドルにならなくたって、

 誰でもメイクをして綺麗になれる。

 誰でもドレスを着て可愛くなれる。

 誰でも世界中に歌声を響かせれる。その気になれば、どこでだって踊れる。

 でも、あの輝くステージの上に立たないと【ただの自己満足】でしかない。

 それが嫌でがむしゃらに足掻いているだけ。

 そんなつもりはなくても、私にはそうとしか思えなくなった。

 怖い。

 気づいていなかっただけで隣の子も。あの子も。みんな、私とは違う。ここは【自分】のない半端者が居ていい世界ばしょじゃない。

 息が苦しい。

 どうしよう。どうすればいいのか。分からない。どうしたら、私は──。

 その結果、偽りの覚悟で区切りをつけるしかなかった。

 それから才能も・運もなかったと言い訳して。新しい自分が始まると嘘をついて。ステージじゃなくて客席から応援すると目を背けて、逃げた。

 けれど、神姫命に応えれなかった悔しさは捨てきれなくて。アイドルへの想いも、パフォーマンスをしたい気持ちも抑えられなくて。そして、あの日抱いた気持ちも変わっていなくて。


『歌ってくれマセンカ? 結々ユユさんの一番お好きな歌を!』


 胸の内を話し、一度諦めたことを知ってもくれたその言葉に、彼女に応えたい。私の【好き】を届けたい。

 私には【それ】しかなくても、この気持ちを伝えれるなら。




 楽しい。

 歌うのも、踊るのも。

 まるで幼い子どもに戻ったみたいに楽しい。

 この歌声は色鉛筆のよう。

 この指先で、足で。胸の鼓動さえも自由に使って。

 画用紙に、今この瞬間に。

 雫ちゃんと一つになって描き出す。

 私達の情熱と光で彩られたこの景色を。

 すっごく楽しい。

 いつまでもこの時間が続いてほしいって願ってる。

 これからも続けたい。この【好き】で、【私の全て】で。

 行きたい。この景色の先へ。あの場所へ。

 嬉しい。

 目の前で、こんなにも笑ってくれて。

 その眩しい笑顔で、私も笑顔にしてくれて──




「はぁ……はぁ……はぁ……。 あっ」

 歌い終えてすぐ、雫ちゃんは両手を握りしめてくれた。

 そして、そのまま『最高サイッコーデシタ!』と褒めてくれた。

「ありがとう、雫ちゃん」

「いえ、お礼を言うのは私デス! 素晴スバラシイパフォーマンスを見させていただきました! ありがとうございマス!」

「あのね」

 次はこちらから彼女の両手を握りしめて、伝える。

 雫ちゃんのおかげだよ、と。アイドルが大好きな雫ちゃんに出会えたから思い出せた、と。

 そして、

「私があのステージを目指したのは、こんなにもアイドルが大好きだから。 今もそこに行きたい、って」

結々ユユ、さん……」

「だから、ありがとうね」

 心からのお礼を伝えると、雫ちゃんは離れ涙混じりの声で。

「うぅ、推させてクダサイっ! お側でずっと、ずっと。 結々ユユさんを……推させてクダサイっ‼︎」

「ッ」

 きゅっと喉が締まる。

 それくらい嬉しくて、涙が溢れそうになって。

「私」

「貴方達、そんなところで何してるの!」

 返事をしようとしたその時。運悪く巡回中の婦警さんに見つかってしまった。

「わわ、私達、何も」

「逃げよっか」

「えっ。 えぇーっ‼︎⁉︎」

 慌てふためく雫ちゃんの手を取り、走り出す。

 別に逃げる理由なんてなかった。でも、二人の時間を邪魔されたくなかったから──




 "ね、雫ちゃん"

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